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106話 魔法陣


 見張りを倒して侵入した地下通路は、想像以上に暗かった。灯もなく、先を全く見通すことができない。


 だが、先導する蔦鼠やゼド爺さんたちは問題ないらしい。気配を察知するだけではなく、音の反響や空気の動きを感じているのだろう。


 大剣士が手を引いてくれなかったら、すぐに迷子になっていたはずだ。

 

 人間業じゃないな。だが、驚いたのはエミルだ。なんと、補助なしでもゼド爺さんたちについていっている。


 森の精霊の加護による身体能力の強化は感覚的な部分にも及ぶと分かっていたが、これほどの恩恵があるとは思わなかった。つい先日までは素人の娘だったのだ。それが、一端の密偵や冒険者みたいなことをしている。


 もう、肉体的な部分ではエミルに勝てないだろう。


「チュ」

「……!」


 地下を進んでいくと、蔦鼠が微かに声を上げて足を止める。ゼド爺さんもほぼ同時に足を止め、その場で息を潜めた。


 何も言われずとも分かる。


 見張りの気配がするのだろう。俺にはまだ分からないが、この先から人の気配がするらしい。正直、この場所で気付かれずに敵を排除するのはかなり難しい。


 地下道という性質上、どれだけゆっくり足音を消して歩いても、微かに音が反響してしまう。俺はゼド爺さんの耳に口を寄せ、極限まで小さい声で尋ねた。


「爺さんでも、無理か?」

「うむ」


 狭い通路では、擬態を使おうが気配を消そうが、物理的に見張りの視界に入ってしまうということだろう。


 気配を消してギリギリまで近づいて、気付かれる瞬間に一気に襲いかかるという方法もありそうだが、リスクが大きすぎる。まだ発見されたくはなかった。


 となると、先程却下した蔦鼠での拘束か、チェシャ猫の行動不能能力しかないだろう。


「……チェシャ猫でいく」


 俺の囁きに、ゼド爺さんがコクリと頷いた。俺はブーツを脱ぐと、抜き足差し足でゆっくりと通路を進む。そして、曲がり角の先をそっと窺った。


 20メートルほど先にある扉の前に、兵士が1人立っていた。松明が焚かれ、気付かれずに接近するのは不可能だ。


 身振りでチェシャ猫を呼んで、兵士の姿を視界に収めさせる。


 その状態で、俺は能力を発動した。いや、発動しようとして、失敗した。魔力が減っていない。つまり、距離があり過ぎてあの兵士を対象にできなかったのだろう。


 舌打ちしたくなるのを押さえて、俺はチェシャ猫に身振りで指示を出した。チェシャ猫が影に身を潜めながら、少しずつ兵士に近づいていく。


 まだ能力は発動できない。だが、気づかれてはいない。チャンスはまだある。


 そうやってチェシャ猫が歩を進めていくと、不意に見張りの兵士が首を傾げた。何かに気付いたか? どうする? チェシャ猫に一気に飛び出すように指示を出すか?


 冷や汗で背中がジットリと濡れる。だが、次の瞬間、チェシャ猫の能力が発動していた。兵士がピッタリと動きを止めたのが分かる。どうやら10~12メートルくらいが射程圏内であるようだ。


「爺さん!」

「うむ」


 俺の短い言葉でも、状況を理解してくれたのだろう。ゼド爺さんが一気に駆け出すと、角から飛び出していく。


 ゼド爺さんはそのままの勢いで兵士との距離を詰めると、その首をヘッドロックのように掴み、躊躇なくへし折った。


 兵士の目から生気が失われ、その場に崩れ落ちる。死体となると、行動不能の効果は解けてしまうらしい。


「不味いな。拡張袋が半分は埋まった」

「もう? それなりに高い袋だったろう?」

「人間の死体は意外と大きいからな。仕方ない」

「まじか」


 どこか、死体を隠しておける場所があればいいが。


「今は魔法陣の破壊を優先した方がいいんじゃないですか?」

「そうだな。兵士が見回りに来ないとも限らないし」


 当たり前なんだが、魔法陣のある部屋には鍵がかけられていた。まあ、兵士の死体が鍵を持っていたので問題なかったが。


 警備体制がザルで助かった。


「これが警報魔術を制御する魔法陣か?」


 俺がイメージしていた物とはだいぶ違うな。俺の想像する魔法陣は、カードから魔獣を召喚する時に出現する、光る図形のような物だった。


 いや、図形ではあるんだが、光っていない。朱色のペンキのような物で、大理石のようなツルツルの石に直接描かれていた。サイズは、ちょっと大きめのマンホールくらいだろう。


「これをぶっ壊せばいいのか?」

「うむ。完全に破壊せずとも、魔力を使って攻撃し、魔法陣の4分の1程度を削ってしまえば良い。魔術でも気功でも構わん」

「ああ、意外と力技なんだな」

「言うは易いが、強力な魔法陣ほど、破壊するために必要な魔力も多くなる。正直、今の儂でなければ無理だったぞ?」

「え? そうなの?」

「魔法陣を守るための障壁の術式が、この魔法陣そのものに組みこまれておる。より高度な魔法陣であれば、障壁も強固になるということだな」


 つまり、ここの魔法陣はそれなりに強力ということらしい。


「小さなネズミも感知するほどの精度だからな。むしろ、これを破壊されるわけがないと高を括っているせいで、警備が疎かだったのかもしれん」


 だとしたら俺たちにとってはラッキーだったな。


「では、やるぞ!」

「頼む」


 ゼド爺さんが、剣を大上段に構えた。そして、深い呼吸を繰り返す。三眼虎の混沌憑きを倒した時と、同じだ。


 直後に繰り出された光景も、同じものであった。ゼド爺さんが振り下ろした剣から緑色のオーラが放たれ、床の魔法陣を直撃する。


 しかし、混沌憑きを一撃で倒す威力があったはずの攻撃なのに、床が僅かに抉れただけである。もっと大きな穴でも開くかと思ったんだが。


 守るための障壁がというのが、俺の想像以上に強力だったのだろう。


「あと1、2発必要そうだな……」


 肩で息をするゼド爺さんが、悔しげにつぶやく。全力で放つ気功は、相当体力を必要とするらしい。


 だが、魔法陣の破壊作業ができるのはゼド爺さんだけだ。ここは頑張ってもらわないといけなかった。



次回は2/5更新予定です。

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