102話 ゴーガン
町に入って2日目。
俺たちはいくつかの店を回っていた。
町に入って、買い出しに行かないのは不自然だからだ。よそ者全員を見張っているわけではないだろうが、できるだけ他人から不審に思われないように行動する方がよいだろう。
まず向かったのは魔道具の製作と販売を行っている店だ。
「ここで合っておるな」
「うわー、これは……」
「聞いていた通り、ボロボロですねぇ」
その店は、裏通りを一本入った路地に佇んでいるが、中々に入り辛い外見をしている。まず扉や壁に異常な数の補修跡があった。何かで叩き割られた箇所を木材で塞いでいるんだが、見ただけでも20ヶ所はあるだろう。
さらに看板や入り口には燃えた痕まであり、営業をしているとはとても思えなかった。野兎亭も営業しているかどうか不安な雰囲気だったが、こちらは人が住んでいるかどうかが不安になる外見である。
だが、ここが俺たちの目的地で間違いなかった。
「すいませーん。いらっしゃいますか?」
中に入ると、用途不明な様々な道具が目に入ってくる。しかし、店内は薄暗いうえに埃っぽく、とても営業中とは思えない。
もしかして定休日だったのだろうか? そう考えた俺に、店の奥から声がかかる。
「……らっしゃい」
「うぉ!」
自分で呼びかけておきながら、思わず変な声を上げてしまったぜ。
「あ、あの! ゴ。ゴーガンさんで……よろしい、ですか?」
「ああ? そうだが?」
「えっと、そのですね……」
カウンターに座っていたのは、白いモジャモジャの髭が特徴的な、ずんぐりむっくりとした男性だった。その眼光は鋭く、暗い店内と相まってメチャクチャ迫力がある。
愛想の悪い、迫力のあるドワーフ。トビアの言っていた魔道具職人ゴーガンで間違いないだろう。しかし、想像以上に怖そうだ。
「あ、その……」
「なんだテメーは? 用事があるのか? ねーのか? どっちだ?」
焦りが焦りを呼び、俺は完全に不審者と化してしまった。
ゴーガンも怪しい奴と思ったのだろう。さらに険しい表情だ。不機嫌そうな声色に、俺のなけなしの勇気は縮み上がってしまう。やばい、言葉が出ない!
そんな俺とゴーガンの間に、ゼド爺さんが割って入った。
「済まんな。彼は少々人見知りの気があるのだ。申し訳ない」
「ふん。それで、お前さんはどこのどちらさんだ? 初顔だが?」
「昨日この町に来たばかりなのでね」
よかった。不審者として追い出されることは回避できたらしい。エミルを振り返ると、慰めるように肩を叩いてくれた。
「私も、ああなると思いますよ」
「だよなぁ」
人見知りとか関係なく、ゴーガンは怖いよな?
「冒険者のトビアからここが信用できると紹介されてな」
「奴か。ふん、確かに。まともな仕事をする職人なんか、この町にはもう数えるほどしか残っちゃいねぇからな」
「いくつか買い取ってもらいたい素材があるのだが、どうか?」
「ほう? 魔獣素材か?」
「ああ。この町の冒険者ギルドは信用できんしな。困っていたら、酒場で知り合ったトビアがここの店は信頼できると太鼓判を押してくれたので、来てみたのだよ」
俺たちがこの店にやってきた目的は、樹海で集めていた魔獣の素材をある程度換金するためだ。
異世界転生系主人公の定番である時間が止まるアイテムボックスを俺が持っていれば、溜めこんでいても問題ないだろう。だが、そんな都合のよい能力は持っていない。
となると、いくつかの素材はそろそろ限界が訪れそうだった。特に、魔獣の内臓や血液などは、あと数日も経てば腐って売り物にならなくなるだろう。
普通、魔獣の素材を持ち込むなら冒険者ギルドだ。しかし、トビアに止めた方がいいと止められたのである。
「ふん。今の冒険者ギルドのマスターは正真正銘のクズだからな。下の方はともかく、奴は信用しない方がいい。以前も、町の外からきた冒険者に難癖をつけて、財産を没収したっていう話もある。俺のところに直で持ってきたのは、いい判断だろう」
「では買い取ってもらえるのか?」
「おう」
冒険者ギルドに良い素材を卸せばギルドマスターに目を付けられる。しかもギルマスは領主と繋がっているらしく、そこから俺たちの存在が相手に知られる恐れもあった。
そう言われてまで、素材を冒険者ギルドに持ち込む勇気はない。ただ、ワフを救出すれば高い確率で町を出ることになるだろうし、そうなるとしばらく素材を換金する余裕もなくなる。
今後の逃走資金を得るためにも、ここである程度の金は得ておきたかった。そこで、トビアが教えてくれたのがゴーガンである。
この町で店を営むには、役人への賄賂や付け届けが必須だ。それがなければ嫌がらせを受けるし、場合によっては襲撃すら受ける。
だが、ゴーガンは見れば分かる通りの頑固親父であり、曲がったことが大嫌いな男であった。要求された賄賂などを全て拒否し、結果として技師組合まで除名されてしまったのである。
それまでは大口の顧客などもいる凄腕の魔道具技師だったのだが、領主側と揉めた彼にあえて仕事を発注する者は多くはなかった。今ではこのボロボロの店舗で、地元民のために細々と営業を続けているだけである。
ゼド爺さんが軽く俺たちを振り返ると、一度頷く。直接その目で見て、信用できると思ったようだ。それは俺もエミルも同じである。
爺さんがいくつかの素材をカウンター横に出していく。鹿の角や、三眼虎の牙。あとは瓶に入れた魔獣の血液や、心臓などだ。
これらは、今後町に行くことがあった際に特に高く売れるだろうと、ワフが準備してくれていた素材だった。品質も問題ないはずだ。
「こういった物なのだが。どうだろう?」
「こいつは樹海の魔獣の素材だな! これだけの上物は久々に見たぜ。これなんか、籠った魔力が凄まじい……」
ゴーガンが驚いているのは、混沌憑きだった三眼虎の心臓である。やはり他の物よりも良い素材になるらしい。
「では、買い取ってもらえるか?」
「勿論だ。ただ……」
「ただ?」
「手持が少々心許ない。これを全部買い取るには数日待ってもらえんか。金を引き下ろしてくる」
「別に全部買い取ってもらわんでもいいが」
「馬鹿野郎! こんな最高の素材を前にして、つき返すなんてできるわけねーだろうが!」
どうやらゴーガンのお眼鏡に適ったらしいな。しかし、俺たちには数日待つ余裕などない。
そこで、ゼド爺さんが明日には町を出ると伝え、不足している金の代りにいくつかの魔道具を譲り受けることで話をまとめてくれた。
グレードが低いものの重さ軽減能力の付いた拡張袋。冷蔵の魔道具や、暖房用の魔道具。他にはワフが欲しがっていた調合用の魔道具に、携帯トイレなども入手できた。
「良い商売ができた。ありがとよ」
「こちらこそ助かった。では、失礼する」
その後、俺たちは食料品店や衣料品店。そして武具屋などを回り、必要だと思われるものを揃えたのだった。
「結構買ったつもりだったけど、思ったよりも残ったな」
手持にはまだ金貨が20枚以上残っている。
「素材が予想以上に高く売れましたからね」
「ゴーガンが色を付けてくれたのだろう」
「そっか。まあ、これで逃走時の資金を気にしなくてもよくなったのは良いことだよな」




