第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑦
「しかし苗字が同じってのはどういうことなんだろうねぇ」
「……私が訊きたいくらいだ」
明確にクラス分けがなされて、授業や行事で名前が呼ばれる学校は違うだろうが、この学園では友好関係は基本的に自発的にだ。慧恋と謎の男子生徒の苗字が同じだということに、当然に誘里は気付いたが、「慧恋ちゃんと同じ苗字です」という気付きだけ終わっていた。
今はシャーリィが担当する講義の最中である。『基礎デバイス学論』では人間とヒュームの運用するデバイスの構造と用途を比べながら解説し、アーツプログラムなどの付随する分野も学べる。最終的には受講者に何か設計図を引かせて、単位認定の材料にする。稀にいるのだが、設計図を引かず直感的にデバイスを組む者にも、実物を提出することで代わりとするという措置がある。
「剣龍なんて苗字、おれは慧恋さん以外に聞いたこともなかったけど。もしかして結構ありふれてたりすんのかな」
「止めてくれ。私はその名が嫌いなんだ。普段なら滅多に耳にすることはないはずなのに、アルトのせいでとばっちりだ」
「なんで嫌いなの?」
「人の繊細な部分にずかずか入ってくるものだな……。……字面と語感だよ。仰々しすぎる」
講堂は円形になっていて、席はドーナツのように並んでいる。空洞には教壇があり、その脇の椅子に片手剣型のデバイスを持ったシャーリィが座っている。<Vivid Brade>というデバイスだ。頭上には球状の仮想ディスプレイが展開していて、そのデバイスの運用実験シミュレータの起動映像が流れる。シャーリィを模したCGがデバイスを振り回して仮想敵を倒している。今日はデバイスの能力数値の測定と応用の授業だった。
慧恋とシャーリィは入口の近くに座っていて、中段あたりにアルトの姿があった。
「そんなことを言ったらだが、シロンの苗字って何なんだ?」
シャーリィの死角であることをいいことに会話を続ける慧恋と友人のヒュームであるシロン。アルトのように微笑が印象的な美青年だが、シロンの笑顔はどこか意味深で、見るひとによっては不安を抱く。目を細めて愉快そうに笑うことも多い。モノでありながらヒトに負を与える。
わざとらしく考えるような仕草をして、始めから決めていたあろう答えを言う。胸の五つ星を煌めかせながら。
「ずけずけと入り込むものだねェ」
その言い分に慧恋はむっとすると、シロンは軽い笑みを見せる。
「ま、いいじゃんそんなこと、どうでもさ。苗字なんて大した意味ないよ。昔だったら結婚したら変わっちゃうようなもんだったんだしね」
夫婦別姓が認められて長くなるが、苗字というものは市民権を得たヒュームにとっても重要である。誰の所有物であるかがわかりやすく、ヒューム側とっても自らの居場所がわかりやすいからだ。ほとんど人間と同じ扱いをうける、こういうヒュームにとって、“フルネーム”というものが違和感ないものという時代になった。ただ日本の苗字と合わないといった趣味的な考えで故意にないものとして扱う場合もあるらしいが。
「だったら、アルトと私の苗字が同じだということに、深い意味はないということだな。ふ、それはいい」
思えばシロンは、同じく苗字を知らないレグルスと違い、オーナーの存在すらも知らない。そういう話を聞いたことさえない。モノが存在理由を示す名も所有者も持たずに、学園で、本来必要のないはずの講義を受けている。
「おれがそっけないからって自分のこと棚に上げて不機嫌になるのかい」
片肘をついて手の甲に頬を乗せて、小悪魔的な笑みを向ける。
「何を棚に上げているだと?」
まるで自分が分かりやすい子供だと言われているようで、慧恋はいっそう不機嫌になる。そんな自分の分かりやすさに気づいて、それにも不機嫌になった。
「いや、ね……。ずいぶんと親近感が出ているようじゃないかな、その“アルト”と。……いや、苗字で呼びたくないから、下の名で呼んでるのかな。……呼び捨て、で」
仮想ディスプレイの映像再生が終わり、講堂に静寂が戻る。だから二人の会話はそこで途切れて、次に口を開いたときにはその話題ではなかった。
慧恋は、こういうときにシロンというヒュームを再確認する。かくも長く交友を続けているのはどうしてか。ヒュームなのにデリカシーはない。人が気にしていることも結構はっきり指摘してくる。だが結局彼は何か情報を得ようとしているのではなく、慧恋が気付かない落ち度やミスを、遠回しに気付かせているのだ。
そういうことができるのは本当に、ヒュームというものなんだろうと実感するし、なぜ、自分にそんなことをするのかという疑問の再確認をするのだ。




