第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑥
星嶺工科学園は大きく『ヒューム・エーム』、『デバイス』、『エネルギー』の分野で三学科に分かれ、生徒と教員は人間やヒューム問わずいずれかに属している。機能的には――特に高等部は――旧体制の大学のようなシステムとなっている。授業や講義は自らの目的と責任で選択していくのだ。
「それでですね、昨日、お姉ちゃんがピラーに提供してた子たちが、全部壊されてたらしいのです。その後処理とかで今朝は忙しそうにしていたです」
「お姉ちゃん……斑先生のエームが? ……それって甲虫型だったりするのか?」
「うん? そうですけど、どうかしたんですか慧恋ちゃん」
「いや、何というかだな、誘里……」
180人収容可能の講堂の窓側の後ろのほうの席に、女子生徒二人が向かい合って話している。一人は剣龍慧恋。その話し相手は慧恋よりも幼い容姿をしているが同級生の、名前を戒童誘里という。胸に3つの星を輝かせるヒュームだ。
「斑先生の才能は凄いと思ってな。あんなゲテモ、じゃなくて威圧感のある亜人型から誘里のような美少女まで作れるのだから」
慧恋はもちろん誘里の話題に聞き覚えがあった。身を以って体験したから当然で、思わず言葉を詰まらせてしまった。
昨日はシャーリィに呼び出されたあと、アルトの件を手早く伝えるだけ伝え、シャーリィにボートで待っているよう言われ、疲れからかすぐに眠ってしまった。目を覚ましたときには夜で、自分の部屋のベッドにいた。シャーリィとは直接連絡がつかず、その場にいたレグルスから、起こすのがはばかられるからそのまま運んだ、と状況から推測できる程度のことを伝えられたのみで、事件の顛末については、アルトのことも、一切情報がないまま普通に学校に来て友達と話している。
「っ、はははは、ありがとうですっ。慧恋ちゃんも、すっごーい可愛いですよっ。モデルさんみたいです」
結果だけみれば。13機ものエームが何ものかに破壊された事件であり、ピラーという場所の重要性から考えても、被害者であると自分は思っても、今は関わっていたことを言うのははばかられた。親友の誘里に隠し事をするのは心が痛んむ。被害が彼女の姉にも及んでいると知っては尚更だった。
「まっ、どっちも背中みたいなスタイルしてますけどねっ」
「おい待て、ちょっと人が思い悩んでいるときに何か暴言を吐かれたのか? ……いやね、胸なんかあっても邪魔だし、あれだろ、重いし肩凝るんだろう? いらないいらない」
「え、別に凝らないですけど」
「ヒュームはそうだろう! 誰だよ誘里を童顔巨乳の美少女にした人!」
「女の子がそんなこと言うものではないし、私のこと変態みたいに言わない」
「あ、お姉ちゃんです」
いつの間にか、教壇に人が立っていた。背が高く、細い印象を与え、顔立ちは均整がとれている。裾の長い白衣は前をすべて閉じてしまって、靴すら見えないくらいになっている。真面目さを体現したようで、生徒からの人気も軒並み高いこの女性が誘里のオーナーの戒童斑だ。
「誘里、いいか。学校では先生と呼びなさい何度も言っているだろう」
「はいです、お姉ちゃん先生っ」
取り合うのは無駄だと頭を押さえ、斑は授業の準備に入る。誘里が言っていたように忙しかったのだろう、顔と仕草に疲れが見えた。それでも休講にしなかったのは立派に思えた。授業開始まではしばらくある。
教壇と慧恋たちの席はかなり離れていたのでやりとりは少なからず他の生徒から注目されていた。でも日常茶飯事だ。慧恋はこの姉妹ほど視線を集めない。斑を見つけると誘里が嬉しそうに騒ぐ。それを姉がたしなめ、やりとりはいつもあのように終わる。
誘里がヒュームである以上、このやりとりは全て斑の自作自演であるという声もある。自己のキャラ付け、人気作りの一助としているのだと。誘里のような高位のヒュームは独立して行動している。とはいえ根幹のプログラムは人工物である。それを誰が作ったかは知らないが、オーナーの望みが反映される。あまりに“賢い” ヒュームの場合、反抗期のような状況が発生することもあるが、誘里はかつて慧恋に「私ってあまり頭よくないですから」と語ったことがあった。それが関係しないにせよ、ヒュームがオーナーや設計者の意図を映すものであることは間違いなかった。
慧恋は、そういうことを理解したうえで誘里の友人だ。何かの意図や影響を受けずに生活しない人間はいない。ヒュームだってそうなら、何も気にすることはない。誘里はよく表情を変えて身振りも可愛い。さっき言ったことでさえ、ヒュームの友人用の常套ジョークである。姉妹は揃ってシリアスに受け止めるわけでもない。斑が誘里を必要とした意味は知らないが、どうせ作るならば周囲から愛されるものであってほしい、そうでなくとも自分が愛するようかたち作るのは自然なことだ。それはおよそ自分の子のように。
それでも。斑が、“妹”を欲した理由を慧恋は知らなかった。
「ね、ねぇっ、あれ、あの人を見るのですっ、変顔なんかしてないで」
斑が授業を準備している光景をぼうっと見ながら難しいことを思案していた慧恋の肩を叩いて、何か、いや誰かを見るよう促す。慧恋は最初、ものを考えてるときの自分の顔ってそんな変かと結構な不安に陥った。
「イケメンっ、すっごいイケメンですよっ…! ヒュームですよね、ていうかあんな人いなかったですよね?」
どういう経緯でそうなったかは知らないし興味もなかったが、誘里は面食いだった。慧恋には人工物であるヒュームなら全て美形だと慧恋は思うのだが、誘里にはこだわりがあるようで、誘里のお眼鏡に適うヒュームとはどんなものか、少し興味が出て、伸ばされた指の先の席に座っている生徒を見る。
「履修申告期間は終わってるですし、……もしかして転校生ってやつですかっ!? わはー、貴重です、レッドデータです!」
「私はこの授業受けてる学生の顔を把握しているわけじゃないが……。転校生? ありえるか? この時代に? なんか怪しくないか」
その男子生徒の後姿に、いやに肌がざわつく感覚に陥る。
「なんて言うんでしたっけ……。そう、モグリ、です!?」
賢くない誘里が検索して出てきたのであろう言葉を嬉しそうに言う。ヒュームは人間の脳にあたる部分をネットに繋げられるからこういうことは造作ない。
「仮にも国の重要機関のはずだがな、この学園。不法侵入者を許すはずが……」
事実、誘里以外に彼を非日常として意識しているものはいない。誘里はヒュームだから記憶力はいい。だから初めて見る顔ならそうと認識できる。
誘里の騒ぎすぎだ。そう思い込めるはずなのに、その背中から目が離せなかった。
慧恋をよそに、誘里がその男子生徒のもとへ駆け寄っていく。何事か言葉を交わす中で、その男子生徒がこちらを見た。
「うそだろ……」
微笑が、慧恋に向けられていた。そのヒュームと慧恋の世界が、他から遠い。
戻ってきた誘里に名前を教えてもらった。
彼は剣龍アルトというらしい。




