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マシン・ハート mith in heart  作者: とこよみあ
第一部 神話のサイカイ
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第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑮

「若いのに狡猾だよねぇ、あなた」

「そうか? ああ、それとも先生もまだまだ若いと言ってほしかったのか?」

「ちっ、口の減らない……!」


 離れたところからScar’s crownを撃とうと構える慧恋へ向かって駆け出す。それは、尽く針の弾幕で遮られるのだ。ならばプラズマ砲を放てばいいが、隙も多ければチャージが要るから発射間隔も長い。その間に針の筵(むしろ)にされる。そうでなくとも、義足に当たれば制御が持っていかれる可能性もある。斑の一撃は、ヒュームには温いが人間に当たれば致命傷になる分、なかなか距離を詰めさせてくれない。


「蠍……誘里だけだと思っていたから私まで戦うことはないと思っていたが……とんだ重労働……だっ!」

「それはこちらのセリフだ! 銃くらい持ってこればよかった……! というか、誘里だけ、だと。下の連中はどうした!」


 壁を背にしないように立ち回り、反撃を狙う。マガジンを交換している間が狙い目だとは思うが、いかんせん、無駄撃ちがない。だが粘れば勝機はあると踏んだ。


「下? ここまでエレベーター一本で来たが」

「なに……? ははっ、は。そうか、私たちが敵にしているのは二人だけじゃないってことか……そうだよな、地下で誘里が失敗したのも、そうだったからだ……!」


 何がおかしいのか、斑から覇気が薄れていた。ただ空虚に針を避けている。慧恋には分からぬことだが、斑には勝つ気がなくなったのだ。斑はただ無意識に、せめて負けないように、針を避け続けていたら、背中を壁にぶつけた。この向こうで妹は戦っている――今から二人で無事に帰ってしまいたい。

 その諦念は、慧恋の注目が自分から外れたことに気づいて、すぐに消える。針を補充していた。最大のピンチがチャンスになろうなどとは。壁を蹴って飛びかかるか、プラズマ砲を撃つか、どちらにしても、壁に体重をかけてから動作を始める――重心を後ろにして――


 その壁が、なかった。


「…………な、…………」



 誘里には何が起きたか分からなかった。アルトは高速で動き、自分はカウンターを狙うという流れができていた。誘里を中心にアルトが空間を飛び回るという動作が自然すぎて、なぜか突然、剣を構えて壁の方を向いたと思ったら、そこが開いて、姉がバランスを崩して倒れ込んできそうになっていることの意味が、分からず。


「―――――――――ッ!!」

「お姉ちゃん!!」


 叫びが交錯した。

 義足を根元から断たれ、電気信号が痛みとなってフィードバックして、斑の意識を揺らした。霞む視界が、最後に、妹の全身に針が突き立てられる光景を映す

 頭の高さから墜ちて、斑の意識は途切れた。


「まだ……、動くか」


 慧恋のプログラムはウイルスだから、効き方に差が出る。全身を思惟で動かせるヒュームともなれば、その抵抗は凄まじいものだった。縛られて、錆びついたように動けない状態なのに、ありったけの敵意を込めて、蒼を背負って、あるいは蒼に押されるように、吼えて。憎しみの津波が、襲い掛かる。

 すかさずアルトが剣を構える。


「アーツプログラム、『太刀風(タチカゼ)』」


 風が海を割った。


 その一閃は、敵意の表出たる無機質さだけを壊して、武器や鎧だったものの破片が零れ落ちる中、誘里は膝をついた。


「え……」


 あまりにも、一瞬のことで。それでもすぐに堰は切れてしまう。


「ごめんなさい、お姉ちゃん、…………ユウリさま、ぁ……、う、ぁああぁ―――」


 少女は泣いた。子供のように瞳を濡らして雫を溢して、声をあげて一粒ずつ、海を大きくしていく。


「……っ、慧恋さま!」


 慧恋が糸が切れたように崩れ落ちた。倒れる前に、肩を抱いて支える。


「……ま……だ……、やること、が……。あれを、…………、…………」


 腕の中の少女はすっかり衰弱していて、目の焦点も合わないでいた。やはり無理をしていたのだ。アルトを後悔が襲う。

 震える指がさすものは、壁に空いた穴。慧恋が指す一つだけじゃない。天井、壁、床、戦闘によって開かれた穴は、この空間と外の区別を曖昧にして、外の風雨は中へ、中の風雨は外へと流出していた。アルトの風はいい、問題なのは誘里の水だ。アルトの実感としてそれは危険ではないが、人間たちは距離をとり続けた。今、床を濡らし肌にまとわる水のどれだけが、そうなのか。かの水は死である。


 慧恋はその毒を受けながらも剣を渡すためにここへ来て、毒の拡散を止めなければならないと言っている。自己犠牲は美しいか。他人事ではないのだ。

 誰かが犠牲になってやるつもりなんてない。


 そのとき、アルトの奥で、何かが光った。


「…………。“慧恋”。お前のベッドにここは相応しくないが」


 カルンウェンハンを床に突き刺し、水を吹き飛ばしてできた結界に、眠ってしまった慧恋を横たわせる。

 立ち上がると、誰の視線もないことにうすら寒さを覚える。

 こんなものが勝利か。人と機械の想いが生んだ結末に、光がないなんて許すことはできない。


「誘里」

「アルト、くん……?」


 顔をもたげる。生き物は死に向かい、誘里も戦う力は残っていない。これ以上何をやれることがあるのか。


「見えるか?」

「……っ、ごめんなさい……です」


 涙は毒かもしれない。だがその意味に、差はない。


「この光が、だ」

「……?」

「このままでは終わらない。“私”たちの機能は、……役割は。まだやれることが、……やることがある」

「はい……」


 剣を掲げる。

 光が吹き荒れて、渦の中心を貫き、奔流を纏って、激しく、力の濃淡はその苛烈さを感じさせず、均等に、全身が包まれるようなあたたかさと柔らかさ。


「〈騎士王令(オペレーション)〉」


 一際おおきく瞬くと、そこには光の文様があった。幾何学的な図形を孕んだ円が、浮かんでいる。円の周りの歯車のように飛び出た部分の、数字のようにも見える模様が、二つ、強く輝いた。

 剣を指揮棒のように振るう。光陣が収縮して、誘里の頭上で安定した。

 うつむいていた誘里は、光を受け入れるように、首をあげて、目を閉じた。

 もう一度振るうと、光陣は、光の役目通りに誘里を照らし。通過していく。床まで降りると、光陣が、取り巻いていた光が、はじけ、澱んだ空を破ってピラーを覆う雨雲を吹き飛ばし。

 束の間のまぶしい光景は夢になった。


「雨(レイン)…………」


 ぽっかりと空いた雨雲を埋めるように、すぐに雲ができて、雨を降らせて海を濡らした。新しい雲と旧い雲の境界が混ざって消えて、全部が、その雨を降らせた。毒ではない、正常な水。活かすための、原初的な意味を突き詰めた液体。


「何をした……です」


 あたりに散らばる、デバイスの蒼い結晶が、ぼんやりと輝く。同じ光を持つ瞳に、不安げな色を混ぜて、アルトを見上げる。


「誘里」

「は、はいっ」


 何だか今のアルトは高圧的でそっけない。別人のようだ。自分の問いに答えてもらえなくても怒れず、しおらしく素直に返事をしてしまうのは敗者としての覚悟からなのか。全身がじっとりとしているような気さえする。

 アルトが片膝をついて誘里を正面から見据える。目の端から零れる雫を指の背でそっとぬぐってくれると、それがくすぐったい。何を考えているのか分からない瞳が、近い。


「アルトく、――ンっ!?」


 なんて甘い声を出すのだろう自分は――と思った矢先だった。濡れる息を吐く口が塞がれた。アルトの口で。

 そのまま、押し倒される。抵抗しても、無駄で、というか抵抗することもないかな、という感情で。触れられた場所が痺れるように熱い。唾液が溢れて、舌が侵入して、歯茎を口腔を、舌を、舐める。水に溺れることのない誘里が初めて溺れるものだった。


「――――なにをやっているんだ、あれらは…………」


 意識を取り戻した斑の視界には、妹が敵に凌辱されている姿がうつる。とはいえ深刻さなどなく、友人同士がすこし過激にじゃれあっている感じで、呆れたように溜息が自然に漏れる。

 口を吸われ続ける誘里がびくんと痙攣したように跳ねる。それでもアルトは終わらなかった。


「まったく。キスだけで……」


 脚(デバイス)は太腿から綺麗に切断されて、感覚も切ってしまってまともに体を起こせない。懐かしい不便だと思った。特に苦ではない。脚を失って妹を喪ったとき、体より心が痛くて。そのうちに慣れてしまった。


「何だったんだろう……何もかも。私たちの13年は……」


 アルトが立ち上がった。傍らに倒れる誘里は幸せそうな顔をして、意識は何処かへいっていた。可笑しさのあまり苦笑をしてしまいそうになる。


「…………誘里」


 声を潜めて、呼びかける。ヒュームには聞こえる声量だが、二人に背を向けるアルトには、聞かれていないという変な確信があった。今日は何かと名を呼ばれることの多いヒュームが、姉の声に、はっと目を覚ます。

 アルトは慧恋のそばにいくと、さっき誘里にしたのと同じように口をつけ、さっきとは逆に、液体を移す。のどを動かして受け入れてくれていた。


 ―――アルト―――


 すべてを飲ませ終えて、離れる。名残惜しむように糸がひいた。

 背後で、轟音。脅威は感じず、ゆっくりと振り返ると案の定壁に新しく大穴が空いていた。雨雲を背負って斑を抱えた誘里が立っていた。アルトと視線が合うのを待ったように身を翻して飛び降りた。


「アデュー」

「です」


 蒼光がぶわっと舞って間もなく気配が消えた。


 アルトは何事もなかったように慧恋に目を落とすと、ふっと安心して笑みがこぼれる。

 すると、突然、視界が霞んで、頭が揺さぶられる。倒れてしまう前に慧恋をそっと寝かせて、自分は受け身もせず、上下感を喪失して、固い床に体をぶつけ、アルトは動かなくなった。


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