第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑭
盾を前に構えて、駆ける。先んじて短剣が飛翔して、誘里の右半身に集中して攻撃を加える。アルトの意図に反し、誘里の右腕の反応は良く、尻尾も使われて簡単にいなされる。
そうしている間にアルトはカリヴァルヌスの間合いに入り、右上から斜めに斬りつける。誘里は刃の腹を鋏で受け流し、返しの刃が来る前に尻尾と、腹部装甲の蠍の肢状のサブアームでもって抑え込み、半歩後ずさり、両鋏で頸部を狙う。
乱気流に乗った異常な加速で、カリヴァルヌスが、伸ばした腕の下から振り上げられるのに気付き、体ごと後ろに倒れて咄嗟に腕をひっこめる。節足と尻尾で曲芸のようにくるくる回り、距離をとって、すぐにアシッドランスを放つが、真正面から真っ二つに両断される。
アルトは水流を斬りながら翼を輝かせて前進する。力比べでは負けると察し、誘里は水を出すのをやめてアルトの突撃を受けようとする。剣を両手で握り、脇に構え、弧を描くように斬りあげるのだ。タイミングを見極め、外に払いのける――ここだ、と動いた左腕が何かに押され、あらぬ方へ動く。慎重でいた分、余計に大きく。遥か後方にいたはずの短剣が、瞬時に距離をつめて懐に入り込んでいたのだ。左腕はただの的になって、斬られた。しかし完全に斬られたのは鋏だけで、誘里本体は手や腕の節出たところを削がれたのみだ。
誘里は仕返しとばかりに右の鋏で盾をがっちりと掴み逃れられないようにし、節足と尻尾を鋭い槍として、頭を、腹を、足を、突き刺そうとする。アルトは盾を外し、自由になった体を浮かせた。行き場を失った敵意の牙は盾を噛み砕く。アルトが遠くにふわりと降り立つ。
「よく、そこまで上手く扱えるです。本当に初めて触ったものです?」
「ええ。ですが、こんな剣があればいいな、と常日頃思っていました。何度もシミュレーションして、……まさに僕の望み通りの剣ですよ。想像通りに戦える」
「それはまた……通じ合ってるってことですか、妬けますね」
カリヴァルヌスは薄く繊細で芸術品のようなのに、激しい剣戟において傷一つついていない。それは常に風の刃を纏っているからであり、またそれだけの密度を許すほどに、調整が完璧であるということである。故に誘里は、切っ先で剣を受けることはできなかった。
二人はすぐには動きださない。息もつかせぬ攻防の果て、疲労しているのだ、互いに。回線が焼き切れるほどに一瞬一瞬で次の手を繰り出す。それでも戦いは中断さえしておらず、今も静かに続いている。
誘里の右肩の傷、ぱっくり開いた中に光を見た。水か蒼い粒子か、それらが流れて壊れた機能を補っているのだろう。ただ相当に消耗するはず。
アルトのデバイスはカリヴァルヌスを除いてぼろぼろだった。盾は失われ、短剣も数は半分、翼もバランスの悪い欠け方をしている。精密な攻撃はできない。
「今ね、少しだけ楽しいんです」
それは姉の重圧からの解放感だろうか。
「野球をしたときと同じでしょう。全力で競い合うというのは、人間にとってもヒュームにとっても喜びなんだと思います」
「きははっ、あのときのアルトくん、全力じゃなかったじゃないですか。機能を抑えてて」
「ふ、そうですね。だから僕も今、少しだけ、ね」
また遊ぼう、といったのがこんな形になるとは思っていなかった。
戦いだけに集中し、二人は本気で勝とうとしている。




