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マシン・ハート mith in heart  作者: とこよみあ
第一部 神話のサイカイ
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第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑫

「無茶しちゃ駄目よ」


 そのとき慧恋は背を向けていた。寝たふりもできず、上手な答え方が思いつかなかった。


 誰もいなくなった病室の前の廊下に、再び足音が響く。看護用ヒュームだった。来訪を報せるために人の音を鳴らしたのだ。「どうかなさいましたか、剣龍さん」と本体からの発音と、病室のスピーカーからも同様の声を出す。

 慧恋は、自らが呼び出したヒュームが訪れたことを知ると、中へ入るよう促す。看護用ヒュームは、過剰すぎない表情で、何も話さずベッドに横たわる慧恋を見る。


 慧恋は布団をまくりあげる。大きく翻ったそれがヒュームの視界を奪った。観察対象を失ったヒュームがしばらくエラーに陥る。布団が落ちきったときには、患者は腕を伸ばし、Scar’s crownを射出し、それが命中しすると、ヒュームはすぐに意識を失った(シャットダウンした)。


「アーツプログラム『デビルワクチン39』」


 ヒュームはすぐに再起動する。

 彼女(ヒューム)は周囲をきょろきょろと確認し終えると、病室から出ていった。

慧恋は、ヒュームを通して病院内のシステムすべてに干渉できるプログラムを打ち込んだ。人のいないこの施設では慧恋は透明になったのだ。

 しかし慧恋には、ここでうだうだやっているつもりはなかった。アルトはもう行ってしまった。慧恋も行かなくてはならない。


「ぅ…………。……はぁ、はぁ……」


 一瞬のこととはいえ、激しく動き、息はあがり汗が噴き出す。服が乱れるのも汗が滴るのもいとわずに這いつくばるように動く。

 慧恋はミニテーブルに置いてある手のひらサイズの薄い箱状の弾倉(マガジン)を手にとる。それを操作すると、中からばらばらとScar’s crownが大量にこぼれ出る。それを土をならすような手付きで綺麗に並べる。

 病院服の上下を脱ぎ捨てる。高機能繊維が患者の面倒を自動化するタイプのものならその機能は下着のかたちをとるが、慧恋は人が面倒をしやすいように下着をつけていない。脱ぎやすいことが煩雑さを避けたい今は有難かった。体が冷えて気持ちいい。

 一糸纏わぬままベッドに腰掛ける。少し落ち着いたまま、迷いが生じないうちに握りしめた針を慎重に、かつ思い切り腰の下あたりに突き刺した。


「く、う…………んっ……!」


 嬌声にも似た短い悲鳴が途切れぬ間に、次々と体にScar's crownを立てていく。一つ一つの痛みに集中しないように、震える手で間違えないように。


「はぁっ……」


 すべてを刺し終えたあと、少し気絶してしまっただろうか、慧恋はしばらく仰向けで無心になっていた。“プログラム”を起動させると、一瞬全身がぴりっと痺れる。馴染んだことを感覚し、慧恋は勢いよく飛び起きて、脱ぎっぱなしの服を羽織る。濡れたものを履くのは嫌だったので、はしたないとは思いつつ、下は履かずこのまま部屋を出る。顔色は悪いが足取りは軽い。体が随意的に動く。


 機士団棟へ向かう。慧恋の部屋はシャーリィの部屋より入り組んだ奥にある。また、様相は同じだが一回りほど広い。

 クローゼットを開けると、中には一着だけがある。豪奢なボンテージ風の漆黒の戦闘衣装だ。取り出して、布面積の少なさにあきれる。機士団公式の特注品で、デザインも自分でやったものではあるのだが。

 慧恋は再び裸になり、今度は針を抜いていく。全身にあいた穴から血が垂れていくのは、軽く布で拭き取って、戦闘衣装を着る。その後、装甲の隙間の、あらかじめこういう用途を想定していた隙間にまた針を刺す。傷口に誤差なく刺しなおす行為の痛みは尋常ならざるものだ。だがプログラムを作動させてしまえば、体はいつも以上によく動く。戦闘衣装には針を固定する作用もある。外見上も目立たない。


 部屋の奥の扉の向こう、作業場へ。

 作業台の上には工具や金属片、碧色の結晶などが載っている。だがその中で最も目を惹くのは、光を放つかのように美しい剣。

 慧恋はそれに繋げられたコンピュータを操作する。

 これはもうほとんど完成しているのだ。あとは僅かな微調整と、大事な一つの作業だけ。登録上、このデバイスの名称は『ERD-A01』であることが確認できた。慧恋が初めて、誰かのために作る兵器(デバイス)。

 見かけは何も変わらずとも、着実に完成を迎える。そして剣は、最後の作業を待つ。


「エクスカリバー……? …………いや」


 彼のための剣として、これ以上の名前はない。そう確信をこえたものがあった。さながら決まっているかのようにだ。だからこそ、まだそれでは駄目だ。久しぶりの自分の、兵器を作るという本職に、自信がないわけではない。ただ、まだ先はある……そう思った。


「……ならばカリヴァルヌスだ」


 その名も頭に浮かんでいた。いつ聞いたものか分からない。夢のように希薄だった。

 慧恋は『カリヴァルヌス』を布でくるむ。鞘もないのだから、やはりエクスカリバーには早い。

 カリヴァルヌスは重くはないが、それでも普通の太刀ぐらいはある。慧恋は抱きかかえるようにして、先を急いだ。


 機士団の車庫。全自動車をはじめ、装甲車や無人戦闘バイクなどが格納されている。役割から長い間放置されて、死んだようだった。慧恋はリニアトレインに寄りかかった。

 仮想スクリーンを展開して、システムに呼びかける。


「学園鉄道のダイヤを…………よし、この地点から最速で、ダイヤに影響を与えないルートを作成」


 ダイヤ図に新しく赤い線がひかれる。慧恋の望みを最適化し、視覚化した。


「……さて、と」


 Scar’s crownを無造作に引き抜き、適当な隙間に挿し込む。低く辺りに鈍く響く起動音とともに、一枚だけ開いた扉から車両に入る。


「まぁ、学園のリニア程度なら、本気を出さずともジャックは容易いのだがな」


 その言葉は、トレインジャック事件のときの自分に向けられていた。あのときは周りにたくさん人もいたし、何より、頼れるものがいた。


「そろそろかな」


 運行表示が「点検」になり、外装デザインが黄色くなって車両が動き出す。あとは寝ていても自動で仕事をこなしてくれる。


 眠ってしまおうかと思ったが、頭がぐるぐるして、喉の奥に何かつめたような圧迫感が邪魔をする。椅子ではなく床にへたりこむ。プログラムは切った。


「はぁ、はぁ……ぁ……ん……っ」


 外の景色を消して、まっさらになった壁に現在の状況を映す。変動する数値やグラフを眺めていると落ち着いてくる。すぐに、景色も動かず揺れもない、動いていないのではないかという不安がきて、少しだけ透過させた。ちょうど海へ出るところだった。灰色の空から雨が横殴りに叩き付けられている。


「アルト…………………………」


 体を侵す毒のせいか弱気になっているかもしれない。汗や涙や涎が、油断していると垂れ流れてあたりに染みを作る。身をよじらせて、よがるように剣を抱く。

 フォルトナ事故以来、自らを責め続けた。自分の行いが多くの人を傷つけ、恨まれもした。だから自分の幸せなどは二の次だと。責任と一緒に権利も捨てた。望みも何もなく、空だけを望んで生きた。でも、そう、周りが言うように、悪いのは自分だけじゃない。だったら快楽に溺れてもいいはずだ。自らを慰めたくなる。


「確かに、私はもう許してもいいのかもしれない。それでも、あと一つ、私はやらないといけないことがある……」


 停車のアナウンスが聞こえた。慣性を殺して車両がとまる。唯一開いた扉が、外の景色を切り取る。へたりこんでいた慧恋の瞳に強い光が宿る。

 プログラムを起動し、何の飾りもない第二蒼柱駅のホームへ降り立つ。

 以前訪れたときとは違う入り方になるが、要はエレベーターを登ればいいだけだ。透過した天井からピラーを見上げる。悪天候の中、雲に突き刺さっているように見える。戦いはあの中だ。

 エレベーターに乗り、上を目指す。


 ある程度進む中、実感は上昇する数字だけだったが、慧恋は強い光を見た。一つはアルトの暖かいものだ。そしてもう一つ、色の違う悲しい光がある。


「そうか……、……誘、里…………」


 エレベーターの扉が開いたそこはまるで屋外だった。うずくまる誘里と、傍らに斑が目に入って、二色の光が、混じって眩しくて、自分の中にも入ってきたようで、それは思わず出た言葉だった。


「斑先生はどうして戦うんだ。あなたは何のために戦っているんだ。……あなたの妹の友人として。そして妹と戦うものの主として、問う」


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