第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑪
かなり自由に飛べるようにはなった。
壁や床に穴をあけることでフロアを暴力的に拡張すると同時に、瓦礫は障害物にもなる。高水圧攻撃にしろプラズマ砲にしろ、直接的にしか遠距離武装を持たないあちらに比べると、自在に飛ばせる飛翔剣を持つこちらは有利のはずだ。
だが隠れながら短剣を飛ばす程度では埒が明かない。二人はアルトを挟むように動いていた。誘里はさっきアルトがピラーに切り口をあけた側に、斑はその反対――雨だか毒だか分からない水に濡れない位置取りをしている。プラズマ砲を乱発し、動きを制限しようとする気分があった。
倒すには直接仕掛けるしかない。
「アクティベート、カルンウェンハン」
両手に掴む。死角から撃たれたプラズマ砲を躱し、壁を蹴って、そのまま天井を走り、誘里の直上を襲う。交差させるように、斬り下ろす――が、甲高い金属のぶつかる音がしてはじかれ、短剣は手を離れる。押し返され、体勢は崩された。しかしアルトはいまだ空にいて、体勢が崩れたのはあちらも同じだ。
目の前に短剣があった。アルトは前宙返りの要領でその場で回転し、短剣の柄の底を蹴って――足は離さず、そのまま押し込んだ。
「うおおおぉおおおおおぉぉぉおお――!」
「――う、く、ぁぁぁぁあああああ!」
踵落としの形ながら、倒れこむように力任せにカルンウェンハンの刃は右の鎖骨のあたりに深々と突き刺さった。柔い皮膚材を突き破って人工筋肉を裂き、骨格を破壊しようとしている。
痛みと恨みに顔を歪めた誘里が腕を振り回して、近くにいて自らを苛むアルトを捕えようとする。冷静さを失い、痛みを切ることも忘れ、服や皮膚を少し傷つけるくらいにしか掠らない。
ただがむしゃらだった。
だから、アルトの脚をつかめた偶然に、すぐにぶん投げるという行動をとったのは反射にすぎない。
脚が挟まれたまま千切られずに済んだという安堵とともに、アルトの体は壁に叩きつけられそうになる。手元にカルンウェンハンは一振りしかなく、少しだけ体をひねり、盾で裏拳をするように空気を圧縮してぶつけ、また翼でも同じようにして体全体を衝撃から守り、壁をぶち破って雨風荒れる外に放り出される。
「誘里っ」
「う……ぐうっ……」
斑が駆け付けたとき、誘里に刺さっていた短剣がひとりでに抜けて、漂っていたもう一基と一緒に、新しく壁に空いた穴から外へ出ていった。双方の攻撃により塔は蹂躙され、もはや屋内とはいえないくらいに風が吹き入っている。
誘里が肩を押さえながら膝をつく。傷口からはぼろぼろの内部構造が露出し、透明な液体が流れる。あたりには破片が散らばる。額には玉のような汗が浮き、息を荒げている。
斑は、近づけなかった。武装が満載された背中の向こうに見えるこの道具の表情は、間違いなく妹のものだからだ。
壁の穴の向こうに敵がいることを思い出す。斑は大仰な足取りで踏み出す。
「きははっ、また私のピラーに大穴をあけたな!」
「“私の”、ピラー?」
「そうだよ。これは戒童家が資本を持つピラーで、私と誘里の塔だ」
「へぇ……」
アルトは空中でよろめきながら、ピラーの中を覗いた。邪悪に笑う斑の後ろには傷ついた、さっき自分が傷つけた誘里がいる。
誘里と戦うことに迷いはない。倒して機能停止させても、死ぬわけではない。出血多量で死ぬことはないのだ。心臓はつまりアルカナムドライヴだが、この心臓はかなり丈夫で、血も無尽蔵に吐き出す。
二人は人間ではない戦いをしている。人間であっても機械方向に身体を拡張している斑は、かくも冷たい。斑と誘里を見ていると、無性に虚しくなり、また怒りに似た感情が湧くのだが、それを容易に言葉にするのは、誘里の決意を秘めた表情に阻まれる。
「――斑先生はどうして戦うんだ。あなたは何のために戦っているんだ」
アルトの疑問を簡潔に、かつ迂遠な言い回しにした言葉が、彼らの耳に入る。
いつの間にかエレベーターの前に、人がいた。ここにはいないはずの人だ。
儀礼的なクロークにも、扇情的なボンテージにも、好戦的な甲冑にも見える、部分的に機械的な装甲に覆われ、胸の、大きな傷を隠そうとしない漆黒の戦闘衣装を纏った、
「……あなたの妹の友人として。そしてあなたの妹と戦うものの主として、問う」
剣龍慧恋が、そこにいた。




