第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑩
「……派手にやってるわねぇ」
地響きか、ここは水上なので正しい表現とはいえないだろうが、どちらにせよ尋常ではない揺れだった。地震大国、海洋国であるこの国の重要建築物をかくもおびやかすとは、最終的にここが壊されやしないかと、シャーリィは肝を冷やす。隣にいるレグルスは涼しい顔だ。今は知る由もないことだが、ピラーの一部が滑り落ちてくるときの空気の振動と、メガフロート部へ落下したことによる爆発的衝撃、一部が海に落ちたことによる波が併さり、また波状的に襲った出来事だった。
「私たちは私たちで派手にいきましょ。上の連中には及ばないけれどね」
「にゃー」
二人は第二蒼柱の一階にいる。エレベーターホールではなく、裏方の、パイプやらが剥き出しの、機械の中のような薄暗い空間。戸口に立った二人は、奥の方や物陰に何かがいるのに気付いた。人のシルエットをしているだけのヒュームだ。それぞれが長銃や大剣、槍などを携えている。レグルスはこのフロアには五機いることを確認した。
「戦闘用……んなわけないか。作業用やら護衛用を魔改造したのかしら」
重機や、このピラー付きの人型や甲虫型だった名残があった。
「ま、雑魚でしょ」
暗がりから二刀を構えるヒュームが飛びかかる。レグルスが流れるような動きでそれを受け止める。レグルスは制服の上からデバイスを装着していた。とげとげしい黒い甲冑のようなブーツと、同じようなガントレット。ガントレットには大きさの違う箱のようなものが取り付けられていた。右腕はあくまでガントレットを少し大きくしたようで、アルトの盾に似ている。左腕は意匠こそ揃えられど、異常に巨大だ。
シャーリィは白衣の裏からナイフを二本取り出す。
「『システム・雲井雁』」
同時に投げ、真っ直ぐにレグルスとヒュームの脇を抜けていく。
「アクティベート」
ナイフを投擲して伸びた腕のまま、鍵盤を弾くように指を動かす。飛んでいった二本のナイフは途中で方向転換をし、鍔迫り合いをするヒュームへ飛翔する。交差する一瞬、ビームが短く刃の形状で固定され、敵ヒュームの首を斬りおとした。既に道具としては終わっていたが、レグルスが、特に圧倒的な質量を備える左腕で一殴りすると、完全なスクラップと化した。
「レグルス、あとは任せた」
「にゃ、にゃー……。分かった」
「1フロア一分くらいで制圧ね」
「にゃぁ……母さまがやれというなら……」
「ま、二分くらいにしましょうか」
「にゃー……」
二体のヒュームが躍り出た。それぞれが大剣と槍を構える。後方からは残る二体が銃口を向けていた。
レグルスが右腕のガントレットに内蔵された二連装バルカンを後衛に浴びせる。歪さを増しながら踊るように沈む。
それに一つの動揺も見せない前衛のヒュームが、それぞれの得物で子猫を襲う。
「Spread-Link System→Algieba-Ⅱ」
右腕のガントレットの上部装甲がポップアップし、内部から光を煌かせながら刃が四つ現れる。
「がおー」
それは肉食獣の鋭い爪のようであり、レグルスもそれを意識しているように『アルギエバⅡ』を目標に振るい、肉のようにまとめて引き裂いた。
「うん、スピーディスピーディ。次行きましょ」
二人はエレベーターを使わずにピラーを上る。ピラーはフロア数は少ないが、そもそもがかなりの高さがある。
「『システム・浮舟』、アクティベート」
さっき使ったのと細部が異なるナイフを二振り、空中に置いた。シャーリィはそれぞれに足をのせる。シャーリィの体が浮いた。長い非常用階段を、小柄なレグルスはダッシュで、シャーリィは滑るように移動していく。
次のフロアも同じような様相だ。敵の数は同じで、武器が違うくらい。
「そういえば、これ。さっき渡すの忘れてた」
シャーリィが胸ポケットから取り出したのはシガレットケース。銘柄は『Mist Colony 359』と打たれている。一本を取って箱はしまう。それを幼い娘に咥えさせる。
ひとりでに先端に火が付く。その煙草――煙草型デバイス『Mist Colony 359』から出る煙は紫煙ではなく紅い霧のようだ。吸い込み、吐き出し。また勝手に流れ。すこしずつ紅い光が広がっていく。
いつの間にか後方へ逃げているシャーリィに置いて行かれたレグルスの周囲を、ヒュームが囲っている。レグルスの冷たくも強く煌めく視線が、正面の機体を射抜く。すると構えていた散弾銃の弾倉が赤く膨れ上がり爆発し、腕と胸部を吹き飛ばした。これで銃火器を持った機体はいなくなる。
ヒュームが手に手に刀剣を構えて四方から同時に攻め寄せる。レグルスは右前方へ飛びあがる。重いデバイスを感じさせない、猫科の動物じみた身軽さだ。飛び越えるとき、踵から射出した刃が頭部を踏み貫く。それが倒れるよりはやく着地し、しゃがんだまま後ろ蹴りで飛ばし、真後ろの機体にぶつけた。同じ質量のものを高加速で受けて、静かに機能停止する。
挟撃は止まらない。
「Spread-Link System→Zosma-Ⅱ」
少女の胴体と同じほどの大きさを持つそのデバイスが展開していく。装甲が動き、機構を垣間見せながら音を立てて瞬く間に姿を変える。そしてすっぽりとレグルスのちいさな手を収めるように変形を終了した。
獅子の顎門。それは肉食獣の王の威容を思わせた。装甲部分はまるでそこが闇であるように暗く、牙は紅色の結晶が色濃く輝いていた。
レグルスは背を向けたまま二機がリーチに入ったことを理解する。左腕を伸ばし時計回りに足を踏み出す。一機を掴み、そのまま勢いは死なず、二機目も、払いのけるようにまとめて掴んだ。
紅さが増して、まるで燃えているようだ。
悲鳴のような、泣き声のような甲高さで震える。二機のヒュームは、デバイスに触れている部分から順に、その機体を崩壊させていった。
あとに残ったのは、もはや何が何個あったかも分からない、ただのスクラップ。動くものは異邦者のみだ。
1カットの出来事だった。それを為したものの軌道は、儚い紅い軌跡として、すでに消えかかっている。




