第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ⑨
「かの毒は神機録の毒である。解毒薬など作れん。……ま、死にはしないように抑えさせた。安心するといい」
今が日常の時間であるように、戒童斑はおどけてみせた。装いに変化もなく、白衣で体をほとんど隠している。先ほどの攻撃に見合うようなデバイスは携行しておらず、そばに置いているわけでもない。脅威は見えず恐怖だった。
「駄目じゃないか、誘里」
名前を呼ばれたヒュームがびくっと震えた。
「無駄話なんかしてる場合? さっさと倒して、アルカナムドライヴを頂戴しないと……ねっ!」
斑が腕時計に手をかざす。それだけでアルトには白衣の下が視えた。
白衣を勢いよく脱ぎ捨てる。突風に乗って何処かへと消えた。
斑のひきしまった体を包むのはライダースジャケットのような戦闘用服。動きやすさを念頭に置いて作られ、強化繊維で編まれた以外は装甲や武装の類はない。下は同じ意匠のかなり丈の短いローライズのホットパンツ。そこから下は僅かに太腿の肉が覗き、すぐに金属色の輝きが目を奪う。左右非対称のメカニカルなブーツ型デバイス。
ブーツ型であってブーツではない。斑の脚はブーツに通されていない。ブーツの中には機械が詰まるのみで、肉も骨もない。斑の脚は途切れていた。
「アーツプログラム『屠龍』アクティベート」
軽く地を蹴る。それだけの動作なのに、斑の体はロケットにでも乗せたような勢いでアルトに迫る。間合いが詰められ、左足を軸に勢いを乗せた蹴りが繰り出される。蹴りの速度は不自然に上がる。ふくらはぎのあたりからスリットバーニア状の加速装置が火を噴いていた。ムチか刃のようなプレッシャーを纏う回転蹴り。スネは鋭利になっていて、これが打撃武器ではなく西洋剣のようなモチーフであることを窺わせた。
「あなた、義体者だったんですね……!」
アルトは右脚の、刃のようであるがための平面部分に風を置いて紙一重でかわす。逆に、正面で受けることは、空気抵抗の少なさ的にやらないほうがいいと判断した。
眼前を超速で薙いでいく右脚を、離れる前に掴み上げる。斑は驚いたような顔をしただけで苦しむそぶりは見せなかった。それどころか不適に唇を吊り上げて笑ってみせた。
「ん? 機械の体が珍しいと?」
「……いや、そういう尋ね方されるとヒュームてきに困りますが……」
義体者は珍しい存在だ。再生医療は脳以外、条件さえ揃えば脳すらも再生させられるほどに発達した。だが遡ること二十二世紀にはワールドダウンの影響もあり、五体満足の人間でさえも身体を機械化する悪い流行りがあった。具合の悪い生身を融通の利く機械にしたのだ。今となっては生身の肉体であっても、不具合はすぐに直せるので義体者は少ない。
しかしそれは視野を狭めた場合だ。地域を移せば人口の一割を超えることもある。それはどういうところか。
戦場だ。
ケアを含めた再生施設が少ないだけではない。戦闘において有利だからだ。人のまま人を超えられるというのは。
「何も珍しいことはない。きみだってそうだろう。神機録を中に持っているというなら、尚更じゃあないか。私と、人間と、区別する必要はない。義体者は、拡張された存在なだけだ」
「そん、……くっ!」
誘里が、アルトの斑を捕える腕を挟もうと飛びかかる。正面から風を浴びせて動きを鈍らせたすきに斑の脚を放し、距離をとりながら三基になったカルンウェンハンを誘里へ突撃させる。防御に専念した誘里は封殺できたが、そこで斑が不審な挙動を見せる。その場で左腿を上げると、左脚デバイスが変形し、膝から下が大砲のようにアルトに向く。
翼が輝き、アルトは天井へ向かってと飛んだ。直後にアルトがさっきまでいたところを、左脚の大砲から撃たれた光が通過し、空気を焼いた。
「逃がすかよ、アーツ『白光』――」
左脚は変形させたまま、右脚に力をこめていた斑を風が襲った。大量の空気が顔に吹き、眼球から水分を奪った。大きな痛みではなかったが短く悲鳴を上げ、涙を流す姉に妹は駆け寄る。片足で踏ん張れない斑を、誘里はなるべく自分の水で濡らさないように器用に支えた。
「……同じなものか…………!」
アルトを中心に碧の光が広がる。それは圧縮され渦を巻き、直列に並んだカルンウェンハンを核にして巨大な刃となった。
勢いよく振り下ろされたアルトの腕と同じ動きをした風は、ピラーの上部を斜めに斬りおとした。




