第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ③
慧恋は空にいる。誰もいないはずのそこに、自分以外の声が流れる。星嶺工科学園の制服に身を包んだ少年が、慧恋と同じ高さから答えた。どこか中性的な美しさを湛えるその少年の背中には大きすぎるくらい大きな翼状のデバイス。左腕を包む手甲と一体の盾。さらに身の丈程の幅広の両刃剣が宙を漂っている。慧恋はその剣を見て、自分が同じよう宙に浮いているのだと理解した。
「お前が……助けてくれたのか」
そう言って慧恋は自らの言葉に驚く。自分は助けられたと感じていたのだ。
「はい、そうです、慧恋さま」
そんな慧恋の複雑な心境を解する様子もなく少年は笑顔で応える。
「お前は、何ものだ?状況を説明してくれ」
「僕はヒュームです」
「それは、……分かる」
細い体で見るからに重いデバイスを装備して涼しい顔をしていることと、袖や襟の隙間から少し覗く機械的特徴が彼がヒュームであることを物語っている。モデルのように美しい外見と、機械的特徴があるということとデバイスから、彼の役割を察する。ヒュームには各々、在る意味がある。
彼は愛玩用、かつ戦闘用だ。
「名前と、そうだな……所属か識別コードか、型式番号でもいい」
「星嶺工科学園高等部所属、PNexA-M0602 『アルト』。アルトとお呼びください」
「…………で、これは何だ? 君はともかく私はどうして浮いているのだ」
「このシールドデバイス『プライウェンⅡ』で風を起こして揚力を発生させているだけです。ピンポン玉と送風機の実験のようなものですよ」
「私はピンポン玉かよ……」
慧恋は頭はいいので簡単な説明でも理解はできた。アルトがしていることが簡単でないことが、容易に理解できた。ピンポン玉は下から風を送って浮かす。アルトは離れたところから生物である慧恋を安全に浮かしている。
「どうかされましたか、慧恋さま」
「アルト……、といったか。アルトよ、なぜ私を『さま』付けで呼ぶのだ?そもそも私を知っているというのはどういうことだ」
そのとき、目を開けていられないほどの風が吹き、続いて何かがぶつかった。目を開けると近くにアルトの顔があった。さっきまでと違って真剣な、何か切迫した表情だ。
「お、お前! いきなり何だ、オーナーを教えろ、訴える!」
慧恋の体はアルトと密着していた。左手で頭支えて右手を膝の下に入れて、横抱き、いわゆるお姫様抱っこという形になっている。ヒュームだと分かっていても見た目は同い年くらいの美男子。引き締まった体と端正な顔立ちを実感として感じてしまう。
「警告なしの対処、ご容赦を。……ピラーの外壁をご覧になってください」
アルトの肩、背中の巨大なデバイス越しに後ろを見る。空を飛ぶアルトの後ろから大剣が意思を持つように付いてくる。さらに後方、アルトの言うとおりにそれはいた。屋上にいたのと同じ型のヒューム。それもたくさん。飛行能力はないのか、飛んでくることはないが、あのままピラーの近くにいたら襲われていた。慧恋はまたアルトに助けられていた。
甲虫ヒュームの照準が定まらず、慧恋を守れる速度を保ち、放たれた弾丸は避けずに盾で弾く。
「あいつらは長距離狙撃もできる。このまま振り切れるか?」
「はい。しかしその場合、慧恋さまが無事である保障がありません。よってその行動を僕は絶対にしません。全機撃墜します」
「それで私が無事である保証はあるのか?」
慧恋は助かりたいと思っているわけではなかった。ただ、何を根拠に発言しているのか試しただけだ。
アルトは慧恋の問いに意外そうな顔をした後、困ったように笑ってまた力強く笑った。
「……では訂正します。逃げるのは格好悪いので慧恋さまを守りながら颯爽とこの危機を脱出してみます。僕の意地に懸けて慧恋さまに危害は及ばせません」
呆れた。まるで根拠などないではないか。しかし慧恋には不思議と彼の言葉に信頼が置ける気がした。単にアルトのスペックが高そうであるからではない。アルトの自信が慧恋にも伝播するようだった。
「助かるつもりはなかったが、助けられてしまった以上、助からねばお前の面目も立つまい。やってみろ」
アルトは何も言わず、行動で意思を示す。アルトは急上昇を行う。ピラーの二倍以上の高さ、そこで停止する。
「慧恋さま、目と口を塞いでください」
「は? ……えっ」
そこでアルトは慧恋から手を離す。重力に引っ張られて海へ落ちていく。
慧恋はアルトの言葉を律儀に守って目を閉じているから何も見えない。ただ感覚で、落ちていることは分かった。
「ウィングデバイス『コルブランド』アクティベート」
そしてアルトは、落下する慧恋よりもはやく下へ飛ぶ。すれ違いざまに大剣を引っつかみ、外壁のエームに突っ込もうかという勢いで向かう。左腕の盾でエームの胴体を裏拳の要領で殴る。エームの装甲はあっけなく破れ、沈黙した。後を見ることなく次の目標へ。今度は大剣で、少し距離を見誤ったかピラーの外壁のわずか表面ごと、エームを真っ二つにする。こうして外壁に樹に掴まる虫のようにしていたエーム七機全てを破壊する。ここまで二十秒弱。大剣を再び手放し、海面すれすれで落下してきた慧恋を風で速度を緩めながらキャッチする。
破壊したエームの残骸が水柱を立てる。さっきと同じ安心感が戻ったことがわかって慧恋は目をあける。
「さ、さすがに今のは怖かった」
声が震える。落ちるのと落とされるのでは責任の所在によって覚悟が全然違う。助けると言われて危ない目に遭うとは思いもしない。
慧恋の腕は自然にアルトにしがみついていた。




