第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ②
地球人口がある点を境に線対照のように減少するにつれて、穴を埋めるようにロボットは増えていった。ワールドダウンという事故が発生したあたりからヒュームと呼ばれ始めたそれらは、今では文字通りの市民権を獲得しうるまでに高度に自律化したものまで現れている。慧恋の知り合いにも、ヒュームがいる。そういうヒュームは人間と何ら変わりなく日々を過ごす。人のために必ずしも動かない。さっきの青年型のような安物とは比べ物にならないのだ。自律しているのはもちろんのこと、自我があるようにさえ感じられる。またハード面でも高度経済成長の数万倍もの進歩を遂げている。完全な人型の外見の再現もさることながら、平和的でない側面でも。
文明の進歩は闘争と隣りあわせだった。人間に及ぶ自我を持つ機械と、強力な脅威となる兵器としての機械。悪用するのが人間でもヒュームでも、対処しなければならない。そのための、人間とヒュームが組織する機士団なのだ。
それでも、機士団養成学校に所属する生徒であっても、非日常は自分と縁遠いことだと思うものは多いのが事実だった。
ピラーの屋上は見事にフラットだった。エレベーターブロックも床に収まる構造となっている。ピラーは円筒状なため、どの階も同じ広さだが、屋上でやっとこの広大さが実感できる。
慧恋にとってはピラーの巨大さは注目に値しない。この高さから眺める何色もの、あお色。移り変わる光の反射。今、紛れも無く空にいるのだ。
しかし、この感動を邪魔するものもいくつかあった。まず、この屋上には柵がない。空からの物資運搬の邪魔になる上、人間が訪れることを想定していないからだろう。そして、慧恋以外に動くものがいる。
甲虫型のエーム。エームはつまりは非人間型の機械だ。屋上にいた甲虫型エームの大きさは人間くらいで、金属の装甲から、甲冑を纏った虫という感じで、生物らしさは皆無だが、蠢く様は実に不気味だ。兵装を積んだ警備用、兼、戦闘用といったところだろう。銃口と刃を隠そうともしていないから非常に威圧感がある。
――それだけではない。潮風にまぎれる嫌な風が纏わりつく。それこそ虫が体を這いずり回るような不気味さ。ここにいる甲虫型エーム、挙動がおかしい。
何が起きているのか判断しかねていると、一体のエームが動いた。小口径の砲口が慧恋に向けられた。そして何の意外性もなく、銃弾が放たれる。慧恋はそれを弾かれるように飛び退いて避ける。
「なっ、止めろ! 私はコードを持っているぞ!」
エームが威嚇もなしに発砲をした。他の機体も次々に武器を構える。向ける対象は一人しかいない。正常な事態ではない。恐怖が逆に思考を鮮明にする。
いかにこの状況を突破するか。さっきからデバイスを通してアクセスを何度も試みているがエレベーターは何故か開かない。何故かって、この状況に関係しているに決まっているのだ。短絡的だが、迎撃しかないと結論づける。逃げ場はどこにもない。囲まれていないことは幸いで、屋上から落下する危険はあるが距離をとる。
「数は六か。重要施設のエーム相手に気は引けるが、正当防衛ということでここは一つ」
言い訳をしながら、敵の攻撃に細心の注意を払いつつ、右腕を伸ばし一番近くの一体に狙いを定める。手首には幅広の腕輪型のデバイス。そこから瞬間に五本の針状の装置を飛ばす。真っ直ぐ飛んだ針はエームの装甲に付着する。
「乗っ取る暇はない、動きを阻害できればいい。アーツ『デビルワクチン』、アクティベート!」
戦闘状況に備え予め仕組んだアーツプログラムに従って、エームの制御系をクラッキングしていく。エームに付着した針は、慧恋の指輪のメインデバイスからの信号をリレーする役割を果たす。間髪いれずに他の機体にも慧恋はアーツを見舞う。しかし期待したほどの成果は上がらない。銃弾が飛んでくることはなくなったが、こちらへ向かう動きが止まらない。このままだとエームごと押し出されるだろう。眼下をちらと見てしまったことを後悔した。風に煽られてはたまったものではない。そう思って姿勢を低くしたときだった。
激しい爆発音とともに世界が揺れた。重力を背中に感じて、無機質の床が視界から外れて真っ青な空で目がくらむ。崩れたピラーの外壁とそこから吐き出る白煙を見上げて、一つだけ理解できた。床が崩れて、重力に引っ張られるまま落ちているのだ。
この高さなら、水面に激突して内臓破裂か粉砕骨折か。そもそも浮島部分に落ちるだろうし、それなら普通に地面と変わらない。
あのエームが誘導したのだろうか。こうなってしまっては結局なにも分からないが、事件なら機士団が解決してくれる。シャーリィが責任を負ってしまうかもしれない。彼女も機士だから。
こんなときでも慌てふためいたりしなかった。無駄だと分かっているからとかではない。眩しさと埃を嫌がって目をつぶる。
目蓋の裏には獣のように唸り襲い掛かる真っ赤な炎が映る。なのに不思議なつめたさがあったのを覚えている。怒りと恐怖の叫びが耳から離れなかった。
もうどちらが上か下かも分からない。むしろそんなこと気にしている暇があるのも驚きだった。これが走馬灯なのだろうか。
おそるおそる目を開く。その余裕すらあった。景色がまったく変わっていない。屋上から少し落ちた辺りで浮いている。埃や瓦礫だけが自分を避けるように落ちていた。不思議な風を感じる。守られているような落ち着きがある。
「何だこれは」
「アーツプログラム『破魔風』です、慧恋さま」




