第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ①
傾く陽の光を受けて煌く海の上を高速で移動する物体があった。ボブスレーのような流線型をした小さなボートには星嶺工科学園の所有であることを示す校章が付いている。タンデム式の戦闘機のコックピットのような広さに二人を収め、水上を滑るように移動していた。
免震装置が作用する快適な揺れのなか、剣龍慧恋は目を覚ます。透過させた天板からの日差しと海面の照り返しが強い。慧恋は、目を細めながら指輪型の携帯端末を操作する。
眼前に展開した立体映像のスクリーン上を撫でるように指を動かす。それに気づいた前方の操縦席の影が動く。
「あら、おはよう慧恋。到着まで寝てていいのよ」
「シャーリィ先生こそ、自動操縦にして寝てればいいのに。お疲れだろう」
出発してからずっと操縦していただろうに疲れをみせない声に、寝ていただけの慧恋は欠伸交じりの返事をする。
「疲れないわ、まだ若いし。それに何でも自動化というのはよくないわよ。……というよりは自分で運転するのが楽しいから、だけど」
天坂と壁に軽くスモークがかかる。そうして慧恋は、今自分たちが向かっている場所を直視することが出来た。
第二蒼柱。伊勢湾海上に刺さるようににそびえる巨大な柱状の施設。世界規模で展開するピラー計画によって建造された一柱。その威容は二世紀前のかつての首都のタワーやスカイツリーを想起させるが、それらと違って観光目的を含まない。海洋環境の研究・改善、エネルギー生成、海底資源の開発など、海を立地とすることに利点がある多様な先進的事業の拠点となるべく建てられたが、本格的に稼働するのはこれからだ。
学園の方角からリニアトレインのレールが延びているが、それはあくまで物資の運搬用だが、校営のレールと一部共有しているため、それを利用していずれ学生が研修にくることがあるかもしれないが、少なくとも今は関係者以外立ち入り禁止になっている。
天辺まで見えていた柱がかなり大きくなっていた。ボートは減速しながら小型船舶の着き場へ侵入する。船着場を含む周囲の構造物は円盤状の浮島になっていて、それを柱が貫くように、柱自体はさらに海底に刺さっている。
部屋のようになっている船着場はボートをおさめると扉が閉まり、水位を調節する。
慧恋がハッチを開けるとすでにシャーリィが外にいた。それはシャーリィがボートの安全機構を解除して先に外に出て、尚かつ外部操作で周辺装置とボートの操縦をしていたことになる。いまピラーには二人以外に人はいない。
シャーリィは手を差し伸べていた。慧恋はそれを無視して外に出る。
「そっけないのね」
シャーリィ・L・クリングラヴァーは星嶺工科学園の教師である。高等部二年生の慧恋の教務担任でもある。出で立ちはスーツの上に学園指定の白衣を羽織った簡単なもの。左胸のワッペンには星が六つ輝いている。
「こんなの趣味みたいなものよ。機士であることも、六つ星の星位であることも関係ないわ」
慧恋の視線を感じたシャーリィは行き場を失った右手をひらひらさせて応える。その五指にはすべて指輪が填められている。これらもデバイスだ。ポケットに突っ込んだ左手も同様に。ただし左手薬指のものだけは少し色が違う。
シャーリィは機士団という組織に属している。機士の活躍の舞台は世界各地、国を問わない。機士、及び機士養成学校の生徒にはランク付けがなされる。星の数が多いほど実力が認められたこととなり、相応しい権限も与えられる。学校であれば、教師も生徒も。
星嶺工科学園の学術的側面からの名称は中央日本機士団養成学校。その生徒である慧恋ももちろんランクを持っている。だが彼女のブレザーに星を示すものは何も無かった。
「疑問だったのだが、何故私を同伴に選んだんだ。レグルスでも連れて来ればいいだろう」
「ここまで来て言うことかしら。二つ返事だったじゃないの。楽しみにしてるの分かってるのよ」
普段、学園ではクールで通している慧恋である。本心を言い当てられて恥ずかしさとある意味の苛立ちが慧恋を黙らせた。
船着場のフロアを出るとすぐにエレベーターホールだった。シャーリィは扉の近くに立っていた青年に近づく。
「ここには誰もいないと聞いていたが……、彼はヒュームか」
ヒューム。今どきのヒューマノイドのことを広義でそう名称されている。自律型、クラウド制御型などを構わず含む、包括的な呼称である。
この青年型ヒュームは外見は完全に人間だ、機械的特徴は見受けられない。つまりは愛玩用と作業用に分類される。作業用である以上ピラーの統合クラウドに支配されている。自律しているように見えるだけだ。エレベーターの扉が閉まるときに見えた笑顔は中も外も人工物だ。
慧恋は、シャーリィがここで仕事をするから、手伝ってほしいというだけでピラーに連れてこられて、くわしく何をさせられるのかを知らなかった。ここに来られるというだけで、詳しい内容を訊くこともしなかった。ここへの道中、どんな無慈悲な仕事をさせられるのかと少し後悔もしていたが、蓋を開けてみれば、事前に知らされるまでもないような力仕事だった。シャーリィが管制システムに介入して対人侵入者用システムを凍結させる間に別フロアの慧恋が物理的に装置を動かす。不具合で自動修復が働かないらしい。こんな雑用なら超上級ヒュームであるレグルスとまでは言わないが、他のヒュームを持ってこればいいのに、と一瞬慧恋は考えて文句でも言おうかと思ったがまた簡単に言い返されるだろうと、おとなしく仕事をこなした。
仕事を終えて、最初に入ってきたものとは別の、より広いエレベーターホールに慧恋が入ったとき、シャーリィは壁にもたれかかりながら手をのばしていた。
「屋上まで直通のエレベーターの通行許可コードよ。欲しいでしょ?」
慧恋の返事を待たず、慧恋のデバイスに言ったとおりの通行許可コードが転送される。
それを認めて少し呆けて、思い出したように礼をしようと思ったときにはシャーリィの姿はなかった。端末にはいつの間にかメッセージが届いている。しばらく自由にしていい、ということだ。慧恋はさっそく言葉に甘えることにした。




