第0話 心の在り処を知らない
寝室を出ると、廊下にひとが倒れていた。
「アルト…………?」
いまは深夜だが、家主である慧恋が動きはじめたことで廊下は自動で明るくなった。慧恋は、床に伏したまま動かないアルトに近づいていく。彼は見た目は同い年くらいの少年だが、同居人だ。
アルトのそばにしゃがんで、見慣れた背中に触れる。呼吸をしているような背中の動きに、一瞬、からだが硬直する。
アルトの体を強めに揺すってみても、目覚める気配はなかった。
アルトには完全に意識がない。
慧恋の思惑通りだった。
「さすがだな、あの人は」
言ってみて、自分の抜け目なさに嫌気がさした。恩師の実力を信じているとしながら、失敗している場合も考慮して、アルトを心配しているかのように声をかけたのだ。
慧恋が望んだとおりの状況になっているというのに。一つ、余計な状況が加えられてはいた。アルトが、まるで人間が寝ているかのような挙動をとっていることだ。
アルトは人間ではなく、人間を模した機械であるから、寝ることはない。そんな挙動を再現させるのは、道楽の域だ。
壁にもたれかかってうつぶせのアルトの姿をしばらく眺めていた慧恋は、薄い胸を押さえた。すぐに立ち上がり、床とアルトの間に腕を入れて、アルトを抱え上げようとした。
しかし外見に幾ばくかの機械的特徴が出ているアルトは、見かけより重い。慧恋も鍛えてはいるので、できなくはなさそうだと思ったが、その煩雑さを嫌がった。
慧恋はパジャマのボタンに手をかけて、前をあけていく。パジャマの上下に続いて、キャミソールも脱ぎ捨てて、身に着けるものはショーツだけになる。
「アルト、いま起きたら、あれだけ見たがっていたものがここにあるぞ……?」
慧恋は、自分はなにが欲しいのかはまだ決めきれていない。アルトが寝たふりをしているなら、オーナーが自らを持ち上げるという苦労をさせるはずがないのだから。抜け目がないだけじゃない、諦めも悪かった。
慧恋が身に着けているものはもう二つあった。指輪と、腕輪だ。慧恋は腕輪のデバイスを操作して、中から針を取り出す。慧恋はそれを自らの体に突き刺した。
「んんっ…………!」
体から数本の針を生やしたまま、慧恋は再びアルトに腕を回す。少し考え、一度アルトを仰向けになおす。アルトの寝顔は穏やかだった。
アルトはいま、無防備だ。血圧が上がった心地がした。
横抱きでアルトを抱え上げ、居間に向かう。足取りは早い。
アルトをソファに寝かせる。慧恋は、少し動いただけなのに、息が荒い。
長い髪が顔に張り付いていたのを、指で避ける。ほぼ全裸だというのに、汗ばんでいた。体にも汗がにじむ。
寝ているアルトの顔に、顔を近づける。熱っぽい息がアルトにかかっているのも気にせず、近いアルトの顔に、さらに顔を赤くしていく。
そしてそのまま、唇を重ねた。




