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マシン・ハート mith in heart  作者: とこよみあ
第一部 神話のサイカイ
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第3話 吹き荒ぶ想いの剣と慟哭する毒の涙 ①

 白球が手から離れると、キャッチャーミットへと吸い込まれていく。マサカリ投法というものを実践したせいでスカートの中身が丸見えで、キャッチャーは歓声をあげ、みなくても表情が分かるくらいだ。女子の細い体から投げられた時速160kmの直球はコントロールは悪いが、ヒュームが相対機動をすれば無意識でも捕球できる。

 だがその前に、相対機動をしたバッターに打たれてしまうのだが。

 しかし、ぱしーん、と。小気味いい音をたてて、ボールはミットの中にあった。


「何で打たないのさ」

「いや、速すぎるでしょう。コツも掴めないんですから」

「かっ飛ばされても困るー、です!」


 見逃しをした打者はヒュームで、剣龍アルトだった。利き腕というのはどちらか分からなかったが、剣を持つのは右手なので右打ちだ。

 あきれ顔で返球をするのはシロンだ。弓をひくのは右手だが、左投げだ。

 剛速球を投げたのは戒童誘里で、一球ごとに投げ方を変えている。見た目に反して運動性能は良好なようだった。

 ナゴヤドームの跡地は、すべての建造物が排されて、野球場の広さをしただけの空地になっている。そんな広大な敷地に、三人しかいないのだから、ホームランを打たれたときの手間は計り知れない。

 誘里が数回首を横に振ってから強く頷き、投球フォームに入る。今度は地面すれすれを削ぐようなアンダースローだ。のびのあるシンカーがアルトのバットを避けてミットに入った。捕手の嬉しそうな雰囲気が背中から伝わる。

 重心の移動がはげしい投法のせいで誘里の大きな胸は振り回される状態だった。それによって逆に重心もずれる。かように豊満な胸部をもつ野球選手は歴史上存在しなかっただろうが、誘里は問題なく投手を務めている。


「ちょっと誘里、しばらく同じ球投げてくれませんか」

「えぇ~、アルトくんの頼みとあらばぁ、聞いてあげたいです、が。こ、ここは交換条件というのでどうです?私と一日親密に過ごすとか」

「駄目だよ!ふざけるな、そんなことはおれが許さないぞ、アルトぉ!」

「え、僕ですか?」

「ていうかさぁ、ちょっと反応速度あげたらいいんじゃないの。今のまま思い切りスイングしてヒットしようものなら、バットかボールか、あるいは両方がはじけるよ。ものが壊れるのはさぁ、同じものとして心痛まない?」

「ん……その……そうは言いますが……」

「私は何球でもつきあうーです!」

「そうだね、おれもつきあうよ。いや誘里とつきあえれば本望なんだけど」


 誘里の球の威力は落ちなかった。ときどき当たりはするようになったが、打ち上げるかゴロがせいぜいだ。

 あ、と誘里が声をあげるにつられて二人は後ろを振り返った。アルトだけが本当に今はじめて気付いたが、戒童斑がベンチのあたりに立っていた。


「お姉ちゃんです。こんなところまでどうしたんです」


 斑のまわりには全自動車のような移動用のデバイスやモジュールはなかった。ここまでは最寄り駅から徒歩で15分はかかる。しかし一帯は主要な区域ではないためリニアがあまり停まらない。旧地下鉄を利用した地下道を通ればまだストレスなくアクセスできるが、そうなれば徒歩で移動する時間が増えるだけだ。短くない時間歩いた彼女に疲れは見えなかった。

 初夏でも変わらず白衣をぴっちりしめた斑が言った。


「ごめん誘里、ちょーっと来て欲しい。二人とも、誘里借りてくけどいい?」

「借りるも何も、お義姉ねえさまのものじゃないか。借りてたのはおれたちのほうさ。遠慮することはないさ。な、アルト」

「え、あぁ。そうですね。…………“お義姉さま”?」


 誘里からみた斑の相対的立ち位置を表現した発言だと、アルトは結論付けた。発音されただけの言葉に文字はない。人並みの意思疎通の齟齬がここにあった。

 グローブはシロンに返して、誘里は斑のもとへ駆けていった。また遊ぼう、ととびきりの笑顔を見せて、姉妹は手を繋いで歩いていく。


「さて、おれたちは……まぁキャッチボールくらいしかできないけど」

「バットもあるしノックならできますけどね」

「どっちが打つか知らないけど悲惨なことになりそうだね」


 二人でできる無理のないほうを選んだ。ボールをとって、返すだけの作業。そこには何も生まれない。螺子を締めて緩めるを繰り返すようなもの。しかしその人間も、ヒュームの二人も、それだけしかできないものじゃない。過剰に広げられた汎用性が、感じる人間のいない沈黙を許さない。


「いい天気だねぇ」

「…………すっきりとしたサツキ晴れですね。最近はずっと部屋干しだったんで、この機にまとめて干してしまおうかな」

「そんなに感情って籠めなくできるものなの?」

「シロンの突然の話題振りにあっけにとられるのが癪なだけですよ」

「ははっ、そうかい。ひとつ聞いていい?」

「どうしました?」

「アルトの冗談って分かりにくいんだけど、……天日干ししたいってのはマジ?」

「趣味や道楽の範囲になるんじゃないでしょうか。そもそも洗濯らしい洗濯なんてあんまりしませんから。昔の創作物などにあるノスタルジックな風景を再現したいと思うこともあります」

「おれこそ人間のいるそっちの家庭より洗濯する頻度はぐんと低いけどさ、それでも面倒だからフルオートだよ。そもそも人型ロボットの黎明なんて、人間が面倒事を押し付けたかったからなのに、我ながらおれって怠惰だなぁ」


 本来ならば聞かせる相手としての人間がいないこの場で機械同士が意思疎通として、摩耗の多すぎる会話は不適だ。まるで無能な通訳者だ。人並みに孤立し、人のようにコミュニケーションをとらずにいられない。無論、機械的意思疎通の機能は備わっているので、使えばいいだけの話であるが、それは望まなかった。


「最近、慧恋さんとどう?」


 アルトの投げた球が大きく上へ逸れた。


「よ、っと」


 軽く跳んで、シャツが捲れてへそが見えるくらいに腕を伸ばして球を捕る。シロンはすぐに返さず、アルトをみる。視線は合わなかった。


「最近どう? なんて。話題がないときのお決まりですか」

「違うよ。おれはこれがききたかったんだ。大本命」


 今日の集いは、シロンが募ったものだった。


「下世話ですね……」

「ほらほらぁ、何でもこのおれに相談してみなよー」

「たまに先輩面しますけど、シロンは実際いくつなんですか」

「ははは、駄目だぜ、女性とヒュームには年齢を訊くな、って言うだろ」

「初耳です」

「で、どうなのさ」


 答える義理はない、と一蹴すればいいだけだ。だが易々と諦めてくれる男でないことは、短い付き合いでなんとなくわかった。そもそもこのシチュエーション自体がこのために仕組まれたものなのだ。誘里のように天然っぽく返せたらどれだけ楽だったかと思う。


「あの日以来……すこし気まずく……」


 何がきっかけだったか、決定打が何かは分からない。あるいはいろいろ積み重なった結果であるかもしれない。


「機士になってからというもの、話す時間が減りました。登下校は一緒にいられますが、あまり会話もなく……。家でも必要最低限のことしか」

「挨拶と食事とお風呂……とか?」


 アルトが力なく頷く。


「人間がいなかったら成立しないものだよ、そういう無駄なものって。おれたちは寝ないから『おはよう』『おやすみ』はない。食事もしない。というかそもそもこの次元の話でもないけどね。機械おれたちに言葉は不要だ。心無い理由で、ね」


 シロンは喋り続ける。


「ホントは無駄で不要なんだぜ。それでも正常に意思疎通するには、もう会話しないといけない。おれたちはどうしてこんな不便になってしまったのか。おれたちに言葉が必要な理由は?」

「……“心有る理由”で、とでも言いたいんですか」

「はっはっは、ユニークなことを言う。少なくとも会話がないことを悩みと捉えるきみには、分かっているみたいだ」


 アルトは押し黙る。シロンはその様子をしばらく横目で眺めた。


「減ったのは会話の時間だけ? きみたちって本当にずっと一緒にいたからさ、そんだけ長い間いるのに会話なかったら慧恋さんが耐えられないと思うんだけど」

「えっと……そもそも以前ほど物理的な距離も遠くなっていて。慧恋さまは放課後、機士としての部屋にいることが多くなりました。というか学園にいるあいだはほとんど……機士は授業受けなくてもいいとはいえ……」


 アルトの表情に後ろめたさと呆れなどを混ぜて総合した疲れが見えてシロンは静かに笑った。


「人間の機士はある程度働かないといけないからね」

「それもそうなんですが。家にいるときでも自室にこもっておられることが多く、無理はなさらないでいただきたいんですが……」

「寝てるんじゃないの?」

「寝室じゃないんです。もう一つ部屋があって、僕は入らないように言われているんです。……こんなプライベートなこと言って大丈夫でしょうか」

「あはー、大丈夫大丈夫。誰にも言わないしパス付きでロックかけておくからさ」


 アルトの何か言いたげな表情を、シロンは何食わぬ顔で受け止めた。そのまま目を伏せるのを確認すると、少し長く目蓋を下ろし、ボールを投げた。


「心の内を晒してくれるほど、まだ信頼は得られてないかな」


 ボールを受け止めたアルトが、きょとんとして首をかしげた。


「ヒュームが何ものかなんて全て記録されてるはずなのに、そして人間も、もうほとんど同じようなもんだ。分かりにくさも人間を真似てしまったのかな」


 返された球はもう投げられなかった。シロンが「そろそろ帰ろう」といった。真っ赤な景色に長い影が落ちていた。街の景色は面影を残すばかりで様変わりする。建物の形は機能的に、巨大になって、端末などは形を失った。人の文明の中で、影が変わらないものがまだ一つだけある。人自身だ。


「まぁ“おれたち”を只のヒュームと一緒くたにするのは違うさ。どれぐらい違うって、半直線上の二つの点、ヒュームを離れて、人間に向かう矢印。……いや、本当は――」


 グラウンドの中央で、空を見上げるアルト。夕陽を浴びているようだった。シロンは自分の影に語りかけるように言った。


「さてアルト、君はどっちかな」


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