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マシン・ハート mith in heart  作者: とこよみあ
第一部 神話のサイカイ
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第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑯

 海は夕日で紅く染まっている。静まり返って誰もいないようだが、遠く、目を細めると見えるのは、人の動きのせわしなさだ。機士団やら学園やらの艇が、ピラーと学園を繋ぐレールに群れるように取り付いていた。日が沈めば、その人員はすべてヒュームになるのだ。

 ここからでは建物の隙間から垣間見える程度だが、トンネルやレールにあいた穴は既にすべて塞がれていた。当日の応急処置として、継ぎはぎしたようにではあるが。これでとにかく今日は全線運行停止だが明日には再開できるとのことだ。しかし、環境や設備が戻っても、むしろ害を被る前より数値上や見かけは強固になっているのに、利用するひとは減るだろう。同じに見えるものでも変わった結果が出るのは、対象物の細かいものや中身が変わったからというわけだけではない。観測する側が変わったのだ。そのせいで、同じものに同じ意味を見いだせなくなる。ひとが内包する乱数ともいうべきもののせいだ。安心安全かは、ものの中にはない、誰かが決める中身だった。


 風が吹いて髪をかき乱す。擦れて、はためいて、木の葉のさざめきや川がせせらぐみたいだ。かわいた瞳を癒そうと、まぶたをおろすと雫が落ちた。


 慧恋は、いつかだれかに聞いた話を思い出していた。

 ひとの、何か大切なもの、その在り処。それが何だったか、何処にあるのか、彼女は思い出さなかった。

 ここからなら空に手が届きそうで――。でも伸ばした手は空を掴むしかない。

 もっと近くへ向かおうと、歩き出すしても。

 すぐに柵にぶつかるのだ。遮る柵。空はこんなにも近いのに、さらなる高さへと行きたいのに、行かなくてはならないのに、いかないと許されないのに。

 でも、最後の我儘として、高いところで終わろうとすると、空の力で終わらせてもらおうとすると。

 落ちるだけだ。

 落ちて終わる。いちばん低いところで終わってしまう。

 綺麗に終わることも許されない。

 ここを越えて、もっと高くへ、そこで終わりたい。

 もし願うなら。願いが叶うなら。

 なにが欲しい。

 終わらせてくれる。翼が。

 翼――刃のような、あの翼。

 それを背中に背負った――。

 柵に手をかけたまま、呼吸のたびに体が動くくらいで、止まってしまったかのように。目を閉じる。そのときに見えるものが変わっていることに気づく。熱さが、その場所が違った。

 目をゆっくりとあけて、確かな確信を持って言葉を待った。空を仰いだまま。


「慧恋さま」



 主である少女の背中に、アルトは声をかけるのをためらった。直前まで、気付かれないようにひとの気配を出さずに動いた。どうしてそんなことをしたのかだろうか。

 振り向いた慧恋の顔を見て、なんとなくその答えは得られたような気がした。


「どうしたんだ、わざわざこんなところまで」


 何も答えずいると、慧恋は合点がいったとばかりに、あっけからんとして言った。


「私か? はは、私は……そうだなぁ、高いところが……高いところにのぼりたがるんだよ、私は。そういえばお前に初めて出会ったのも高いところだった。ここよりもピラーのほうが高いか……。……最初のころはただ、純粋な感情だったと思う。だがそうして続けるうちに――好きだからやっているんだと、思い込むようになったのかもしれない。なぜこんなことを続けるのか、と問われたときに、本当のことを言うと、思い返してしまうのが……。……でも私は逃げてないと、空を求め続けることで、そう言い聞かせて……。……所詮、自己満足だ」


 真っ直ぐに。ただ真正面からぶつけられた言葉のほとんどは、理解できない。ただとても、痛い。痛みを堪え、口元だけでも笑おうとしている少女の姿が絶望的なものがみえた。胸を抉られる痛みが、共感として襲う。


「……ごめん、アルト。本当は最初に、今朝のことを謝らないといけなかった。ずっと、そう思ってた。ごめんなさい」


 手を前でそろえて、深く頭をさげる。健気に礼儀正しい姿に、すこし熱があがった。だけど、駄目だ。所有物として、こんなことをさせるのは。


「僕の方こそ、何度も無礼なことを、」

「アルトはいいんだ。そのことについて、少しだけ決心がついてるから……」

「それって――」


 慧恋の顔が晴れていたような気がした。赤くなっているのも、夕日の加減のせいだけではないはずだ。だがそれも一瞬だった。すぐに自嘲と自蔑の目になる。幻覚だったかのようだ。


「――――浮かれすぎかな。そんな権利なんて――」

 胸が苦しいときにそうするように、慧恋は制服を握りしめた。


 言葉の続きは飲み込まれた。頭で浮かべていた言葉が、その部分だけ間違って出てしまったみたいに。


「僕に、聞きたいことがあるんじゃないですか」

「お前は私に、言いたいことがあるんだろう?」

「…………えぇ、そうです」

 たった一つの欲求のはずだ。ヒューム側の欲求は、オーナー側の被欲求。だがそれぞれ、本当はしたくないかのような言い方となり、相手の欲求として押し付けるようになっていた。


「私はたぶん、もう気づいてるから、気兼ねなく話してくれていい」

「……そうですか」

 思い返せば、少女は時折、こんな風に辛そうな顔をすることがあった。機士となり、“力”を晒したいまが、伝えるときだった。


「僕は、神機録(レコード)のアルカナムドライヴを搭載した機体です。神機録搭載型(プレーヤー)と呼ぶことも、あるでしょうか」

「そうか。……そうだよな」

「……神機録は、およそ百年前に実用が始まりました。その前後より――原因は依然として不明ですが――、ワールドダウン以来、使用不能となってしまった原子力、核動力にかわり、半永久機関として、公には秘匿されたまま研究が続いています。神機録は、アルカナムドライヴをはじめとして、全てが人間の心臓ほどの大きさでありながら、絶大なエネルギーを生み出します。そして、その数は限られています。ゆえに、狙われることも多い」


 ヒュームが長時間に渡り空を飛ぶとき、無線給電が期待できない。ヒューム本体は軽量化のため、エネルギー関連にペイロードは割かないし、スパコン並みのコンピュータを各部位に分散させている。だから飛行には専用のデバイス、それを含めた重量を飛ばせるだけのエネルギーを、蓄えるか生み出すものが必要だ。


「……超加速度的に科学が発展していく昨今だ、超常のものをみても不思議に思えど疑問は抱かない。知識あるものが見れば分かるがな」

 慧恋は、その知識あるものだったのだ。


「AFSw1X-2……ピラーで使った大剣や、翼のコルブランドは、秘匿のためのカバーをつけた状態で運用していました。先ほどのコルブランドが本当の姿で……どれだけのものに察されたか、分かりません。機士団の活動として、情報は制限してもらっていますが……」

「いいんだ、そんなの」

「……なぜ僕を責めないんですか。あなたは僕のオーナーです、誰かが僕のアルカナムドライヴを狙って、貴女まで危険な目に遭うかもしれないってことなんですよ。僕はあなたを守るための機体だというのに!」


 息も切れず、苦しみを感じなくていいはずなのに、体は自動的に、それっぽく見えるように再現する。人間である慧恋は、まったく動じていないのに。

 慧恋が背を向ける。背を向ける、というよりは、空をみようと振り返ったような自然さがあった。アルトもつられるように視線をあげる。


「……私にも、言いたいことがあるんだ」


 風に乗って聞こえてくる一言一言が、鮮明に聞こえる。ヒュームだから。耳はよかった。


「私にとっての空の意味はね、変わってしまったよ」


 表情は見えない。傾いた陽が輪郭を曖昧にする。そこで気付く。慧恋が見ている空が、高すぎる。見ているものが同じかと思ったら、違う。背を向けられてしまって、心を見せてもくれない。


 ――お前のせいだ。


 その呪いのような言葉は、本当に聞こえていたのだろうか。夢だったんじゃないだろうか。


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