第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑮
爆弾除去は、危なげなく終わった。慧恋のサポートなしでの作業が悪天候でホールインワンを決めるようなものとして、サポートさえあれば無風下でのパターのようなものだった。現状の被害は、切り外した爆弾を屋外へ飛ばすためにトンネルにあけたいくつかの穴と、最初の失敗による爆発によるものだけ。トンネルやレールに設置されていたものも、既に他の機士団員によって処理されていた。
しかし脅威は去っていなかった。むしろ混乱は増している。阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「くっそぉおっ! 無理だっ!」
大鎌型のデバイスを構えた男子生徒が叫んでいた。歯ぎしりしながら睨み付けるのは壁だ。彼がいるのは先頭車両。壁の向こうには運転手ヒュームがいる。
「慧恋はどうだっ!?」
「…………こちらも同じだ」
仮想スクリーンを最大展開している慧恋が悔しそうに言った。壁の四隅にはScar’s crownが刺さっている。
「私たちでどうにかできたら、つまり私たちもジャックが可能というわけだからな、強固なのも仕方ないことではある」
「言ってる場合かよっ!」
爆弾の脅威は去った。それは運転室という最重要拠点に物理的、電子的に攻撃しても、何も起きていないことからも明らかだ。
それでも車両は止まってくれなかった。暴走を続け、環状線から離れて、今は一般では立ち入れない線を走っている。新造のピラー、第二蒼柱へ向かっているのだ。そこは行き止まりだ。このままでは激突してしまう。
運転手ヒュームは車両を暴走させているだけでなく、暴走を邪魔させないように働いている。そうでなければ、安全装置が働いて勝手に止まるはずだ。だから、どうにか物理的にでも電子的にでもいいからヒュームに干渉できれば何とかなる。
「聞こえるか、アルトっ。私たちでは駄目だ、頼む!」
アルトは依然として、車両後方にいた。ひとの波は、さっきまでと反対に、後方に向かう動きになっている。真っ先に衝突する前方車両から逃げるためだ。暴走を止めるためには、慧恋をはじめとする、車内の機士が対処に当たっている。
アルトは後方に控えているように命じたのは慧恋だった。車両にぱっくりとあいた穴。後ろへ後ろへという意識で、そこから落ちないように押さためだ。また、そこからなら逃げられると考えるものも出ることも想定していた。そんなことをしたら大怪我だ。全員を守らないといけない。
「――分かりました。誘里、ここは任せます。どうか誰も外に出さないように」
穴へ至る前線はヒュームで固めている。比較的冷静であるのと、物理的な力があるのを考慮してだ。
「あっ、はい。分かったです。気を付けて、です」
アルトが穴の縁に手をかけて、翼を広げて飛ぼうとした、そのときだった。
『ちょっと待ちなよ』
その声は、アルトと誘里だけでなく、離れた慧恋の耳にも届いた。
『アルトがそこから飛ぶとなると、またトンネルに穴あけちゃうだろ。おれに任せなさいって』
「その声……助力うんぬん言ってたのに音沙汰なかったシロン?」
『いやいやいや、音沙汰なかったのは仕方ないじゃないか、通信状況最悪だったんだし。ようやく手伝いどきが来たってだけだぜ。何かを決めつけるなら、エンドロールを迎えてからにしてくれ』
「シロン、待ってくれ。手伝ってくれるとはいうが、どこにいるんだ?」
風が凪いだ。初夏のじわりとした暑さのせいか、汗がにじむ。
「ここからなら全部が見渡せるね――」
シロンは動かなかった。アルトの活躍を、暴走する列車をずっと見下ろしていたのだ。ただ、容貌は変わっていた。彼が笑い、姿勢をかえる度に金属のこすれる音が、誰にも聞かれることなく空へ消えた。
アルトの愚痴を流し、誘里への決め台詞もほどほどにして、慧恋との会話を最後に通話は切ってしまう。少し姿勢をずらして、リニアを正面に見据える。空港の浮島を抜けて、それは離れるように、ピラーに吸い込まれるように走っている。たしかに高速なのに、肉眼にしたら離れすぎているせいでほとんど動いていないように見える。雲のようなものだ。そういう距離に、シロンはいた。
「――いくよフェイルノート。……アクティベート」
シロンの左手には、――正確に表現するならば胴と右腕に装備された防具も含め――彼がフェイルノートと呼んだものがあった。構えるは西洋の弓、ボウを模したデバイス。そこからは数本、ケーブルが伸びてシロンの背後に置かれた大の大人二人は入りそうな箱型のジェネレーターに繋がっている。全てにおいてシロンに相応しくないくらいに仰々しく機械的で、拘束具のようでもあった。
左腕を掲げる。すると弓の両端から光――プラズマの束が放射され弦を形作る。光の弦をシロンが掴むと、光の矢が生まれる。
「情報連結……座標位置、移動速度、――などなど、確認。反応予測とかも、了解。さっすが慧恋さんだ」
雲を射抜く大仕事を前に、シロンは変わらず余裕だ。波立たぬ水面のようでもあり、もう凍っているようでもあった。
「アーツプログラム『当然必中の光矢』、アクティベート」
眼前に展開されたホログラムスコープを覗きながら、矢を引き、放つ。眩い無色の光が空を奔っていった。
「うんっ、いい仕事したなー、おれ」
光の先を見届けることなく、シロンは弓を下ろして背を向けた。
機士団のデータベースには、少ないながら、今の攻撃を発動した記録がある。
その命中率は十割。統計学的数字ではなく、絶対という事実を示す記録。
放たれた光矢は、さながら流れ星のように輝いた。目を奪われているまに、運転手ヒュームを、頭頂から体の真ん中を串刺すように穿った。股を突き抜けるかというところでプラズマは消え、床に穴をあけず、ヒュームだけを機能停止に持ち込む最小限の被害に留めたのだ。
すぐに車両に急制動がかかり、完全に停止した。
どこからともなく歓声が、無事を喜ぶ声が、あがっていた。




