第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑫
剣龍慧恋は、いつもよりはやく流れる景色をぼんやりと眺めていた。正面には戒童誘里が、慧恋をやさしく抱きしめている。
「だいじょうぶ、だいじょうぶですよー……」
慧恋は座っているが誘里は立っているので、かがむようになる。そろそろ同じ景色が巡ってくる。生徒たちは落ち着いていたが疲労はたまる。ヒュームに座る場所はなかった。
伝統的に独特の特徴を付与された車掌の声のまま犯行予告がされたときは、騒然となった。悪い冗談かという声は、あらゆる通信が外部と遮断されることで静まった。すぐに恐怖の声にかわっていた。だがそこは機士団養成学校の生徒たちというもので、冷静になるのも早かった。
告げられたのはヒュームがハッキングをうけたこと、複数の爆弾が仕掛けられたことだけ。爆弾が本当にあるか確かめる術もない。知るときがあれば、それは爆発したときということになる。
外部と連絡もできないからには、助けを呼ぶことも出来ない。客観的に状況を確認することも出来ない。ただ待つしかできなかった。
犯人の目的も分からず、迂闊に動くことも出来ない。人間の命を無差別に狙うとされるテロリスト集団<マシン・ハーツ>によるものなら、最悪だ。
依然、車内は静かだった。現状を打破することもできず、もっとも無難な手をとるしかない。それは黙っていること。最悪の想像を垂れ流さないようにするためだ。
ゆえに誘里の、友人を元気づける言葉は、そうしなければならないほどに事態が深刻であることを、否応にも再確認させるものでもある。しかし状況は状況であり、少女たちの不可侵さを秘めた領域を糾弾するものはいなかった。
慧恋はずっと、罪悪感に苛まれている。誘里に気を遣わせてしまっていた。消沈しているのは、この事件に怯えているからじゃない。今日はずっと、こんな調子だ。誘里のことは見えているのに、そのことに構っていられない。
言わなければ思いは通じないのか。慧恋の友達の誘里は、言わないと分からないような娘ではないはずだった。
他でもない、誘里自身が不安なのだ。友人を励まさないといけないという思いで、不安を紛らわせているのだ。シロンも姉もいない。誘里は慧恋以上に、誰かと一緒だった。強がっているのが伝わっていた。彼女の言葉は自身にも向けられている。
扉の近くにはレグルスがいた。うなだれて、泣くのを堪えるような表情で、それでも眼には強い光があった。何かを戒めるような、悲しむような。窓にうつる自分の顔を睨み付けているようにも見えた。
慧恋は考えていた。心は昨日に囚われている。ひどく辛そうな顔をした彼の姿が焼き付いてしまって離れない。あのときは普通に、互いにふざけあったつもりだったのだ。あのまま打ち解けて、説得しきれればシャーリィに頼る必要もなかった。結局頼ることになっても、お仕置きということで軽く流して学校で再会して、からかってやるつもりだった。
計算が狂ったのは、アルトに何かあったんだ。登下校に疲れていても態度に出すまいと耐えていたように、彼も何か、外に出ないものがあった。
お前はヒュームだ、という言葉が深く突き刺さってしまうようなものとは。あのとき、アルトには逃げられてしまった。引き留めることはできなかった。引き留めて、何を言えばいいというのか。アルトがヒュームであることは、事実じゃないか。
いつの間にか途切れていた誘里の励ます声を失って、ひとの動く音しかしていなかった車内に、新しい音が流れる。それはスピーカーからの一瞬のノイズだった。音らしい音は聞こえてこないが、スピーカーがアクティブのときの低く薄い音が皆を黙らせる。犯行宣言以来、沈黙を守り続けていたものだ。沈黙は慢性的な不安だったが、状況が変わっていないということでもあった。何もない限り、身の危険はないと。全員が固唾をのんでスピーカーを注視する。聞こえてきた声は大勢にとって聞き慣れないものだった。




