第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑪
「爆弾なんてこっからでも確認できないんだけどなぁ…………まぁどーでもいいけど」
大気が震えて、千切れた木の葉が舞い上がって鳥たちが逃げていく。突風の元凶が無人の工場群の間を縫うように飛び去っていく。それは肉眼では視認できない。肉の眼ではない眼をもつヒュームは、翼を背負ったアルトを見下ろして、嗤った。
線路は透明な障壁で覆われているため、駅からしか進入できないもどかしさがひしひしと伝わってきて、どうしようもなくおかしかったのだ。
ふと、あることに気づいて眉をひそめる。だがそれもすぐに深い笑みにかわる。
「……形が違う。が、やっぱり“おれたち”の武器はあんぐらいカッこいいデザインじゃないとな」
薄く鋭く触れれば切れてしまいそうな四枚の翼はまるで刃だった。
「くくく、無骨でださかったもんね、重そうだったもんねぇ」
さぞや楽しいのだろう。学園が一望できる高みから、たった一人をみている。
アルトが線路へ入っていった。碧の光を曳いて。
「いいねぇ、興奮する」
唇の端を吊り上げて、シロンは眺めるのをやめて物陰へと姿を消す。
アルトが飛び去ってすっかり静寂が戻ったラボで、シャーリィはひとりイスに体を預けてすっかりくつろいでいた。来客が近づいている報せをみて、緊急事態に応じる人間らしい畏まった態度をつくる。
扉が開いて姿を見せた人物に、柔和な笑みを浮かべて軽く会釈をする。
「あら、戒童先生。どうしたのかしら」
斑は息をあげながらも疲れを見せない足取りでシャーリィに詰め寄る。シャーリィが立ち上がる。
「……いやっ、<マシン・ハーツ>によるリニアトレインジャック事件の指揮を担当されたと聞いてね。機士として、状況をみておこうかと思ったんだ」
「機士として、ねぇ」
薄暗い中で表情は窺いにくい。呟くような言葉に、斑は確かに反応した。それを空気で感じたシャーリィが言葉をつづける。
「姉として、ではなく?」
隠そうとした本心が暴かれたとき、無駄と分かっても反論をしがちだ。斑はその点、冷静だった。悩みはしたがそれは一瞬。顔をしかめて叫んだ。
「あぁ、そうだよ。私情を挟むなっていうのか。妹の心配をして何が悪い! あなただって娘が乗っているんじゃないのかっ!」
「そうね」
「くっ……! 私も出る。問題はある?」
埒が明かない、といったふうにシャーリィに背を向けて腕時計型デバイスを見る。展開した仮想モニターを操作しながら、空いた手は上下ぴっちり閉じた白衣にかけられた。
「問題……ならあるけど。あなたの方に。戒童先生って実行派の機士ではないでしょうに」
言葉は背中からかけられたが、まるで正面に立たれているようだ。苦虫を噛み潰したような顔をして、斑は全ての動作をやめて向き直る。シャーリィは想像通り、余裕綽々とした態度でいた。
「なら……先生はどうなんだ。相応の戦闘力があるよね」
「作戦指揮、任されちゃったし」
列車周辺は電波障害が激しいため、現場と連絡をとりあうことは難しい。アルトにデバイスと作戦を託したあとは周囲と情報をやりあうくらいだ。
「もどかしくはないの」
「心配してないもの。機士の剣龍アルトが事件解決のために動いている」
シャーリィは涼しい顔をしていた。正直であることは強いかもしれない。言葉はすべて真実だ。並べられた言葉の前後に、つながりがないとしても。
「アルトくんが機士に? ということは慧恋さんが……」
口に手を当てて、短く唸る。さっきまで声を荒げていたのが嘘みたいに静かだった。
「すまない、取り乱してしまって」
「いえいえいいのよ。私はアルトを信じ切ってるから冷静だけど、それがなかったら私も焦る。大事な子たちのためなら何だって厭わない。……で、お詫びついでに頼みたいことがあるのだけど」
「なにかしら」
「ちょっと用事があってここを離れるから、しばらくモニタリング、してくれる?」
「……ああ、……って、ちょっと?」
返事をきかず、シャーリィは逃げるように去っていく。有無を言わさぬ笑顔だ。ここは機士団公認の情報管轄システムがあるとはいえ彼女のラボ直通だ。責任者は彼女だ。
「お願いね」
斑の右手が虚しく空を掴んだ。勝手も分からず、留守にするわけにもいかないので、一番大きなモニターが見える席に座る。
剣龍アルトを追跡する映像だ。余計な情報のない、ただありのままを映した映像。目視できる以上のものは妨害装置のせいで計測できない。
斑が初めて見るデバイスばかり装備していた。
左腕の手甲のような盾は動きを妨げない、小さい防具だ。
背中には、翼が。飛行機の、というよりは生物的ともとれる翼だ。天使の翼ともいえる。
斑は、曳く淡く光る粒子をみて目を細めて、呟く。
「……レコード」




