第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑩
ラボのあるファクトリー群までは飛んで一分もかからなかった。シャーリィは、レグルスという高性能ヒュームを自作しながらも、専門は武装デバイスだ。このラボにコルブランド装着用の施設はあるが、整備や生産などはここではしていない。
「今この学園に、何が起きているか知りたい?」
鋼の翼を下ろして身軽になって出てきたアルトを待ち受けていたのはシャーリィだった。眉をひそめ、深刻そうに見える。今日はじめて人に出会った。
返答を待たずに建物へ入っていくシャーリィの背中を追いかける。工場や研究所の様相を呈するフロアを抜け、これまでと質感の異なる部屋へと抜ける。
薄暗いなかに仮想・立体・平面など複数のモニターがぼんやりと光る。それは学園領の広大な見取り図であり、衛星映像であり、路線図であった。激しいノイズを映すものや、真っ暗なものもある。その中の一つ、路線図がアルトの目を奪った。
学園を囲むように環状線になっている部分が強調されていて、赤く明滅する点がいくつかある。その中で動いているものは列車を表しているのだろう。
始業時刻が迫っていた。シャーリィの授業があるはずだ。そういえば彼女は一人だ。アルトも一人だ。
「レグルスは家からリニアに乗ってるのよ。慧恋と一緒の車両だと思うわ。分かる? いま見てるやつ。高速で動いてるそれ」
愚問だった。移動している列車を示すものは、一つしかない。それはあらゆる駅を通過している。異常なのは、火を見るよりも明らかだ。
「何者かが――」
シャーリィの言葉がひどくまどろっこしく思えて苛立つ。それでも急かすこともせず、口を開けなかった。
「――リニアトレインをジャックしたわ。操縦系を司ってるヒュームを。暴走させられているだけじゃなくて、車両とレールに爆弾が仕掛けられみたいね。何らかの妨害装置もあるみたいで、詳しい状況は分かりかねるわ」
アルトはしばらく、そのまま黙っていた。
理解が追い付かない。
嘘だ。受け付けない、受け付けたくないだけだ。このスペックで理解できないようなことじゃない。
世界最高峰、中央日本の星嶺学園、その公共交通機関が乗っ取られて、爆弾。慧恋がそれに乗っている。
シャーリィの冗談か。そんなことはない。学園に人がいないのは、来れないからだ。シャーリィがこうしているのは、緊急事態だからだ。
「どこ行く気?」
「慧恋さまを助けに」
当然のことだとアルトは迷わない。シャーリィが引き留め、にらむのも当然だ。それは勝手な行動。独善的だ。規模が規模だけに目立つことは避けられない。相応にアルトも迂闊ではないつもりだった。
「アルトがそれをするのは許されないのよ」
言葉に違和感を覚えた。アルトの身勝手な行動を戒めているようには聞こえない。たとえば慧恋を助けたい他の人物ならば、問題はないようである。つまり違和感はない、のか。それでも何か引っかかる。結果として、アルトを引き留めようとするシャーリィの意図に従うことになった。
「この話をすれば助けに行こうとするのは分かってた。でも、自分でこの事態に気づいて私のいないところで飛ばれるよりは遥かにいいわ」
「僕が行くこと自体は悪くないみたいな言い方……どういうことですか」
「というよりはあなたが行く必要はないってことなのよ。機士団が動くわ。事件だもの。ピラーでのことと違ってその余裕があるんじゃない?」
「爆弾がいつ爆発するかもわからないのに?」
「そうね、あなたが私を押し切って飛び出した瞬間に爆発するかもしれないし、明日まで爆発しないかもしれない。そもそもブラフかも」
「それは方便みたいなものですよ」
「そうね。大人の悪い癖かも、目的のために意図をぼかすなんて。アルトが行くのは駄目、機士じゃないから、ってだけよ」
それは単純な理由。だからこそ付け入る隙がない――明確な一つ以外は。それもとても簡単だ。シャーリィがその誘いをしてくるという確信があった。
「アルトは毎朝、うまくやれてると思うわ。それでもたぶん、本気を出さないといけない。あなた自身の手で、慧恋を助けたいっていうなら、機士になりなさい」
機士にはならない――と決めた。契約のとき。慧恋が嫌そうにしていたからだ。そんな慧恋を見たくないから。もし機士になれば連帯責任で慧恋も機士になるのだ。彼女は機士になりたくない。
慧恋を助けにいきたいのも、嫌な思いをさせたくないのも、結局自分の欲望だ。どちらを選ぶのが最善手なのだろう。
そのとき、背後から軽薄な声が聞こえた。
「ひどいねぇ、シャーリィ先生。あなたがそんな女だとは――思ってたよ、おれは」
薄く笑みを浮かべて友人が、いつの間にか扉のそばの壁にもたれて立っていた。
「あら、シロンこそひどい言いようじゃないの」
「あーあー、そんなことはどうでもいいんだよ。無駄話じゃないか。今も列車は走り続けてるんだ」
「珍しいわね、あなたが出張ってくるなんて。……本当に、予想だにしなかった。この真夏に雪でも降らせるつもり?」
シャーリィは珍しく動揺しながらも、楽しんでいるように見えた。
「誘里だって今頃おびえているだろう。動きの遅い機士に代わっておれが動こうってんだ。本気を曝したっていいぜ。だから――」
シロンはシャーリィから意識を外す。拒絶の意思が伝わるように目を細めたあと急に顔を背ける。アルトの目の前に立つと、手を肩に置き、普段見せない真剣な表情で、言う。
「惑わされるなよ、アルト。きみが機士になることはきみが考える以上に大きなことだ。事件を終わらせるだけならおれが何とかできる。おれなら単機でそれができる」
「シロン……あなたは……」
追及するようなアルトの目から逃れるように、体をひねりながらそっと離れる。背を向けて、静かに呼びかける。
「ま、それでもアルトがどうしてもってんならおれは止めない」
「どうしてこんなことを?」
その言葉に驚くようにシロンはびくりとする。横目でシャーリィを見ると何故かにやにやしていて、うんざりした。
「柄にはないのは分かってるさ。ただ……不条理はつぶしておきたかったんだよね。“ものつかうもの”として。これは大規模な事件だけど、アルトが考えるのは慧恋さんとの関係だけでいい。おれが誘里のことだけ考えてるみたいに」
シロンの言葉は激しくないけど、確かな衝撃となってアルトの何処かに響いた。つっかえていたものが、揺らすことでスムーズに流れるようだった。
「行きます。機士になります。そうすれば僕が行ってもいいんですよね」
「えぇ、そうよ。入団歓迎します、剣龍アルト」
仰々しく応えると、シャーリィは指を素早く動かす。それでアルトには自分が正式に機士団に加入したことが理解できた。
つまり、慧恋もだ。
「早速飛んでもらうことになるわ。作戦を用意してあるの」
「ちょっと待って先生。……後悔はないんだね、アルト。機士のおれが言うのも何だけどさ」
「僕が助けたいから行くんです。今までだって慧恋さまに怒られてきましたし」
「そっか。そんじゃシャーリィ先生よ、おれもその作戦とやらに参加させてもらうけど。そのアルトありきの作戦っていつ考えたの?」
「……答える義理はないわ。とにかく手伝ってくれてありがとうね」
「ははは、おれは後方支援に徹するよ。……久しぶりにアレ、見せてあげるよ」
シロンは感情の読みにくい笑顔を浮かべて、授業終わりのような気楽さで去っていった。
「アルト、これを。新しいデバイスよ。これがあればスムーズに作業ができると思う」
再び二人になった部屋で、シャーリィがそれを差し出す。
「…………ナイフ?」
「短剣よ。名付けて『カルンウェンハン』」
大きさはおよそ一般的な包丁くらい。ただし両刃で左右対称、鍔は鳥が羽を広げたようなデザインとなっている。シャーリィが刃の先端をつまみ、指で表面をなぞると、鍔が変形し、刃の基部に露出していた結晶で彩られた模様を覆い隠し、柄もすっぽり挟み、凧形にまとまる。
「これが収納状態」
「収納? どこに」
「プライウェンⅡに。二基だけもう収納してあるから、コルブランドだけじゃなくて一緒に装備していって。二基は常備用ってことで。懐か袖にでも潜ませておきなさい」
「仕事人てきな何かですか」
シャーリィはコルブランドのあるコンテナへ向かっていった。アルトはカルンウェンハンを展開して碧色の結晶に触れる。
再び収納状態に。アルトはこのデバイスを既に理解した。二振りの短剣をどうしようか一瞬考えて、腰に差すことにした。抜身の短剣の刃は何も傷つけることはなかった。




