第2話 切り裂く翼に空高く光が奔る ⑤
シロンは眼前に展開された仮想ディスプレイを頬杖ついて眺めている。神妙な面持ちかと思えば突然ほくそ笑み、またつまらなさそうな表情をする。ヘッドフォンから流れるお気に入りのジャズ・ミュージックのリズムを指が刻んでいる。
アルトがいつものテラスに現れたのをみて、シロンはヘッドフォンを外して首にかけ、手をひらひら振る。シロンと誘里だけが利用していたテラスは、いまではアルトも常連だった。
「朝、電車で見かけないと思ったらおもしろいことやってたんだね。かなり話題になってる」
シロンがからかうように微笑を浮かべる。
「それは?」
シロンがみているものが気になった。上下に文字が流れているそれを見ているシロンの感情の機微がみてとれる。
「旧態依然としたSNSってやつ。アルトは見なくていいよ、楽しいことばかりではないからね」
「気遣ってくれてるみたいな言い方ですね、珍しい」
「……ふ」
その笑顔は。なにか影があるようで、また破滅的で。なにを伝えようとしているのか読み取れない。アルトは追及できなかった。
「誘里は? 来ていないのですか」
「お姉さんの仕事が忙しいみたいでね、手伝ってる。遅れてくるって」
「そうですか」
アルトが席に着く。錆びた椅子を引き摺る大きな音がしたあと、静寂が戻る。
「シロンのオーナーってどんな方なんですか?」
心ここにあらずといった目で、様変わりしない外を眺めていたシロン。沈黙に耐えかねたアルトがかねてから気になっていたことを尋ねた。
「オーナーかぁ……。おれにとってはどうってことない人だよ。自由にしてくれてることには感謝だけど。うん、ほんと、どーでも」
話すことは終わりのようだった。また外を眺める。
まだ世界を知らなすぎるアルトは、目が眩み、酔いそうになる。
「シロンは機士なのですよね、まともに働いていないようですが?」
「お、ストレートに言うじゃないの。おれくらい、さぼってても何とかなるんだよ機士団は。そういう意味ではアルトも別に機士になってもよかったかもしれないけど、人間側は細々としたお仕事があるからねぇ。責任は人間にあるのだから。自動車が悪いのではなく、運転する人が悪いんだ」
「乗り物を人に運転させるなんて、ありませんよね」
「ん、まーそうだね。大昔の話だ。なら包丁とかでいいよ、さっきの例え」
シロンは包丁を握る身振りをしてそれを振り回したり、突く動作をする。
「おれのオーナーも五つ星あるし、おれは機士という地位は欲しかったからなっただけ」
「真面目に働こうって気にはなりませんか」
「そうだねぇ、そんなことがあるとしたら――」
包丁を振り回す真似をやめ、今度は刀を持ち袈裟に構えるようにする。
「誘里がピンチになったとき、かな」
「オーナーではないんですね」
「優先順位二番目だから安心してくれオーナー想いのアルトくんよ」
「は~、遅れたです~」
困ったような笑みを浮かべて、誘里がやってきた。そのままいつもの席に座る。
「なんの話してたです?」
「おれには誘里が一番って話」
「結局そういう話になったってだけで本質は違いませんでしたか?」
「シロンの一番が私って、今更です? そんなの知ってるです」
「なっ……! 想いは、届いていた!」
「届いたからといってー、です」
「誘里ってシロンに結構きついですよね」
「私は毒のある女なのですよー」
「こうなったらおれは誘里にアナログハックしてやるぜ」
「ヒュームがヒュームに? すごい違和感ありません?」
「あ! そういえばアルトくん、朝のこと聞きましたよ。いいですよねぇー、私もやってほしいです」
「だったらおれが」
「飛行用デバイス持ってるです?」
「……見積もるか」
シロンは唸って顎に手をあてて真面目に思案しだした。
「でも恥ずかしいですよねー、嬉しいですけど。あぁでもでも、そんな世間体とか気にしない想いっていうんです、そういうの憧れるです。愛は盲目ーってやつです」
「愛……すごい力を発揮できるという、あの?」
アルトは最近登録された大切な言葉を思い出す。いま語られた愛と、齟齬があるような気がした。だから誘里の答えを待った。
愛の定義はそれぞれなのだとアルトは知らない。
「愛って、それ以外をすべて犠牲にできるっていうものです」
戒童誘里は目を細め、ここではないどこかを見た。胸に手を当て、秘めるように。彼女の愛は、ここにはなかった。ここの全ては、そのために犠牲にできるものにすぎない。




