第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑯
星嶺学園管理下のリニアトレインはおよそ旧名鉄と旧国鉄を網羅するくらいの規模だ。そのほとんどが地上に高架を新造して設置されたのは、150年くらい前、黎明期に由来した。従来の鉄道事業と並列されたため、既に穴だらけの地下よりも地上に足していった方が合理的だからなのと、歴史的価値のある遺跡の存在が示唆され続けていたからだ。今となって地上にある有利性は、地下に機士団をはじめとした重要施設をおく余裕ができる点とピラーへ線路を繋げることが容易だった点がよくあげられる。
列車が地上を走るとはいっても、露出しているわけではない。透明なパイプのような中を走っている。高速で移動する巨大な物体である以上、気圧と騒音という問題はどうしてもついてくる。駅は乗降時のみゲートが開く形式になっている。これらの副産物として、列車にまつわる交通事故はゼロになった。二世紀前には人身事故でダイヤが乱れるということが多々あったということをいまの人々は信じられない。
「えっ、そうなんですか……。知りませんでした」
「まぁ、私としてはあれも大いに結構なのだが。一応好みだけは伝えておこうと思った。隠すようで気持ちが悪いからな」
「ふむ……となると、どうしましょう。まったく教わらなかったので……」
「……な、何だったら私が教えよう。何もかも任せるのは嫌、だからな」
二人は車両の壁際にいた。慧恋は腕組みをして背中を預け、アルトはその正面に立っていた。揺れもせず振動のない車内は快適だ。座席は中央に固められ、混雑時は収納ができる仕様になっている。
次の駅に近づいていることを車掌ヒュームが告げる。車両が慣性を綺麗に殺して停まった。ホームで誰かが手をふっているのが見えた。扉が開き、それらが入ってくる。
「慧恋ちゃん、おはようございますです!」
「おはよう、慧恋さん」
誘里とシロンだ。誘里はぶつかる勢いで慧恋に駆け寄る。
「やあ、アルト。初めまして、でいいよね。おれはシロン。どう見てもヒュームだ。慧恋さんの友達やってる」
誘里が間に入ったことで自然に距離があいた。それを埋めようと慧恋の隣に行こうとした。シロンはそう考えたアルトの前に立ちふさがった。
「ところで、だけどさ、慧恋さん」
シロンはアルトに背を向け――つまり慧恋の方を向いた。アルトの返事を待つ気があるようには見えなかった。
「アルトって慧恋さんのヒュームだったんだねー。おれ、驚いちゃったよ。苗字が同じなのも納得ってわけだ。さしずめ慧恋さんにとってもサプライズってところだったのかな」
「まったくだ。サプライズ尽くめだよ、こいつはな」
「私もサプライズでいい男が欲しいです」
「何言ってるんだい誘里。いい男ならここに――」
「な、いい男って!たた、確かにアルトはヒュームとしてはグッド――つまり、いいぞ。素晴らしい。そういう言い方は誤解を生む。けしからん」
シロンが何かを言ったが、顔を赤くした慧恋の悲鳴でかき消される。
「慧恋さんはもっと言葉を素直に受け取るべきだよ。純朴な少女であれば深く意味を考えないはずだ。その方が何かと得だろう」
「どうせ私は純朴じゃないし……」
「え、純潔?」
「言ってない! 純潔じゃなくて純朴っ、私は純潔だけども! なにを言わせるんだ公の場で!」
「いいよね、純潔。おれは好きだ」
「多少混じりっ気がある方が面白いです。シロンは私のこと天然だの清純だの言うですが、私は刺激的なオンナなのです」
誘里の言葉に、シロンは冷静を取り繕いながら慌てて言葉を付け足した。
「ふふ、今のはあくまで傾向の話をしただけで、いざ実践的なものとなると違うよ。例外というか、それらを超越したというか」
「シロンはちょっと気まますぎやしないか? 私をダシにして何言ってるんだ」
「ははは、何だい何だい、人聞きの……もといヒューム聞きの悪いことを。おれはただ自分の役目に忠実に稼働してるだけさ」
アルトには、三人は輪に見えた。自分を含まない輪。アルトが現れる前からある輪。
自分はあの輪に入りたがっているような気がした。この欲望は役目とイコールになっているだろうか。眺めているだけのヒュームの役目は見つけ難かった。
ふと目を逸らすと、星嶺学園正門前駅の表示が見えた。あっという間に目的地に到着していたのだ。
車内の殆どは学生だ。扉の前に人が集まる。車掌ヒュームの独特な声によるアナウンスが響く。開いた扉から堰をきったように人々が流れ出る。
アルトは動かず、ただ見ていた。関係ないみたいに眺めていた。不審なことはない。正門で降りるのが基本的に便利というだけで、先にも駅はある。ここで動かないヒュームを不審な目で見るものは誰もいない。
「アルト」
手に握られる感触。遠慮がちに優しく、包むような温もりが伝わる。
「どうした、ここで降りるぞ」
引かれるままにホームに降りる。扉と安全ゲートが閉まり、リニアが滑るように走り出し、遠ざかる。
「ほらっ、行くですよシロン! 無粋すぎるです」
「分かった分かった。でもこのまま引っ張ってってくれ。手をはなさずに」
誘里に引きずられてシロンの姿は見えなくなった。誘里がウインクを送っていた。
ホームには二人だけが残った。
「慧恋……さま」
「なんだ? 私に無視されていると思って寂しくなったか?」
手は握ったまま。正面に立つ。真っ直ぐ見据える。見つめ返してくれて少し安心した。
「置いていかれると思った?」
上目遣いでマスターは、悪戯っぽく笑い、でも恥ずかしそうに頬を染めている。
「お返しだよ」
慧恋にはこの青年が、機械に見えなかった。それは誘里やシロンに対しても同じ印象ではあるのだが。それをしっかり、意識した。
頼りがいがあるのかないのか、よくわからない。ある意味では自分より人間らしい。
掴んだ手や覗く瞳を意識してしまう。意識したうえで、逃げることはしない。
「……お、お前は私のものだからな」
手に力が入るのを感じる。瞳が少し濡れているように見える。この少女のこの仕草に反応してCPUに凄まじい負荷がかかる。動力炉が熱い。分析結果は待たなかった。もしかしたらこの反応の名前を既に知っている。
「はい、僕はあなたのものです」
出会ってまだ間もないけれど、アルトを大切に思えるのは彼が人間ではないからであり、人間のかたちをしているからだ。所有者と道具という関係は、想いあう人間同士よりも簡単にできあがる。簡単に成ってしまった関係なのに、不思議で複雑だった。誘里と仲良くなったときは普通に人間同士の過程を経たのに。
23世紀、人とヒュームの境界は曖昧だ。はっきりしているのは体の構成の違いで、こころのありかは確認できない。こころはどこにある。
慧恋はアルトを通して、それを想う。




