第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑩
星嶺機士団棟は目立つが、出入り口がどこにあるかは非常にわかりにくい。分かってもそもそも機士しか普通は入れない。機士にはそれぞれ個室が与えられるので、それぞれの主が許可すればその部屋だけは立ち入ることはできるようになっている。その道中で問題が起きた場合、責任は許可を出した機士に負わされる。ただ、所有するヒュームなどは割と自由に入れたりする。
「……レグルスーッ!!」
シャーリィの研究室の扉が突然開き、何かが飛び込んできて部屋の主であるシャーリィの隣にいたものに抱きついてそのまま近くのベッドに押し倒した。
「レグルス……昨晩ぶり……っ、相変わらず可愛いな……!」
「ぁの、どいて、慧恋さん」
「もうーっ、つれない感じも可愛いわー!」
「助けて、母さま……」
慧恋に、さながら抱き枕のように扱われて頬ずりされているヒュームはシャーリィをオーナーとするレグルスだ。一応高等部に属しているが外見設定は初等部程度で、幼い女の子そのものだ。オーナーと同じ髪色で、頭頂部には猫耳を模した高感度センサーが備えられていることもあり、押しの弱そうな表情からも子猫のような印象を受けた。しかし性能は秀でたものがあり、星位5を与えられている。つまり機士団に所属しているのだが、シャーリィが積極的に働きかけて、活動を消極的にさせている。そういうこともあり、あまりレグルスが戦うところを見たことがあるものはいなかった。
「うーん、どうしようかしらねぇ。慧恋に私のレグルス好き勝手されるのも癪だけど困ってるレグルスも可愛いし。どうするべきかしら」
「にゃー……」
レスポンスに困った時にレグルスは鳴く。レグルスを困らせられる人間は少ないが、それができる人間はやりたがる傾向がある。なぜなら可愛いからだと口をそろえて言う。
「断然私が好き勝手する方だろうシャーリィ先生」
「そうねぇ……18歳になってからかしら」
「にゃー……」
レグルスが己の貞操の危機を二方向から感じた憂いにみちた声をあげたとき、また扉が開いた。今度はゆっくりと、それは扉の前で礼をして中に入る。
「失礼します、シャーリィさま、慧恋さま。……レグルスも」
「あら、いらっしゃいアルト。その辺で楽にしててね」
「……にゃ、あなたも来たの、アルト」
慧恋の意識が逸れたのを見逃さず、レグルスはするりと慧恋の魔の手を逃れてシャーリィの背中に隠れて、来訪者を睨んだ。
「アルト……!? な、何でお前がここまでっ、シャーリィ先生こいつだ! こいつが昨日のピラーで!」
慧恋が、シャーリィの言葉通りに部屋の隅のスペースに向かうアルトを指差しながら言った。シャーリィは慧恋の言葉を聞いても眉ひとつ動かすことなく腕を組んだまま壁にもたれている。レグルスは見るからに不機嫌そうな視線でアルトを見つめているが、当の本人は慧恋が今日までずっと見てきても慣れない微笑を浮かべている。
「ピラーでどうかしたの? 危害でも加えられた?」
「え、いや、そんなことは、なかった。一回高いところから落とされたけど、むしろ」
「助けてもらったんでしょう」
なんでそれを、と思ったところで自分はあの事件の全容を結局はまだ知らないことに気づく。自分が眠っているあいだにシャーリィはアルトに会って、彼自身の謎な部分――オーナーが誰であるかとか――が問題なかったからこうして学園にいるんじゃないだろうか。自分はシャーリィの部屋に入ってきたらまずレグルスを襲うんじゃなくて、いろいろ訊くべきだったのだ。常識人として。
「心配しなくても、アルトは合法なヒュームだから。ここにいるのが何よりの証拠よ」
「……やっぱり、そうか。ならば何の問題もない、な」
慧恋はアルトに助けてもらったことを再び意識してから、なぜかまともに顔を見れなくなっていた。アルトの方はずっとこちらを見てくる。なんだか顔も熱いので、帰ったらさっさとシャワーでも浴びるのがいいだろう。すぐに乾くので忘れがちだがそういえば雨の中歩いてきたのだった。
レグルスの憐れむような視線が気になる。そして一向にシャーリィの後ろから出る気配もない。
「斑先生のエームが異常行動をしたことについては調査中よ。ただ行動管理クラウドに不正アクセスの痕跡はあったから、誰かの意図的なものね。あのエーム達をアルトが破壊しちゃったのはとりあえず隠ぺいしておいたから安心してね」
「それ大丈夫なのか? 正当防衛ってことでいいのではないか? ……あれだけやって正当防衛で済むかは疑問だが」
「雑な目で見ればピラー防衛エームが破壊された事件だけどね、ピラーのネットワークに介入された事件と捉えたほうがことは重大なのよ。火の粉はなるべく払っておくべきだわ」
理にはかなっている。が、慧恋はそれが、結局アルトが事件に関係したと分かると面倒臭いことになるから、というシャーリィの方便であると分かる。
「マシン・ハーツの犯行ではないのか?」
「あり得なくはないけど、その線は薄そうね」
目まぐるしい状況から抜け出し落ち着いて外から見てみると、疑問が次々出てきた。
「アルトのオーナーって先生なのか? そうなるとあの場にいたこととか私を助けたこととか、その、面倒を回避しようとする姿勢とかに納得いくのだが」
その問いに対して、シャーリィは満面の笑みを浮かべる。その場にいる誰もが間合いをはかるかのような静けさがしばらく続いた。そしてシャーリィが口を開く。
「誕生日おめでとう、慧恋」
「え、あ、ああ。ありがとう。どうした藪から棒に。レグルスをくれるのは来年だろう?」
「いや来年になってもレグルスはあげないけどね……。プレゼントがあるのは事実でーす。レグルスじゃないけど……ヒュームよ、私が作った、ね」
「まさか……」
普通ならヒュームをプレゼントされるというところに驚くべきだった。ものにもよるが車を買うことと比較されていた時期もあったくらいで、つまり単純に値が張るのだ。裕福な人間が多く通うこの学園でもそんなことはまずない。あるとすれば家族からのプレゼントだったりはする。学園生活を通して自ら設計・製作することの方が多いくらいだ。
「そう、そのまさかよ……ふふふ」
アルトを見、指差し震える慧恋のリアクションにあわせるように悪そうな含み笑いを交えるシャーリィ。アルトは依然と笑顔で、レグルスは呆れ顔だ。
慧恋は事態を察した。この部屋には二人の人間と二機のヒュームがいた。
「私がアルトのオーナーってことか……!」
「そういうことよ」
慧恋が固まった。ただし思考はできた。昨日のピラーでの出来事。アルトが慧恋を助けたのは誰かの命令で、とかではなくて単純にオーナーを守ったから。いろいろはぐらかされたのはアルトが慧恋の誕生日プレゼントだから。
「いや、そういうことなのは分かったが……私ごときにこんな高級機、身に余るというか。おいそれとは頂戴できない」
「私が慧恋のこと好きだからっていうのじゃダメかしら」
「いやいやそんなこと上目遣いに言われてもだな……」
「僕は別に怪しいモノじゃないですよ?」
「それは是非他人に言ってもらってくれ!」
慧恋は内心気づいていた。こういう場では日本人として何となく――そういう「何とからしく」とかいまどき流行らないけど――ひとまず断ってしまう。アルトが欲しいか、と問われれば、返答に困る。
「僕が要りませんか、慧恋さま」
と問われてしまえば。
「いらないわけではない、と、思う……が」
と答える。そしてやっぱりこういう質問はせめて他の人にしてもらいたかった。慧恋を守る役割を設定されたヒュームに、こんなことを言われて冷たくあしらえるほど彼女はヒュームを道具として見ていない。つまりそれはこの学園のスタンダードでもある。
「はい、じゃぁサクサク細々したこと進めちゃおうかしら。まずはオーナー・マスター登録なんだけど、これはもう終わってます」
「え、勝手にやったのか!?」
「だからこそアルトはオーナーとして慧恋を認識してくれてたのよ? あ、安心して、登録はちゃんと今日付けにしてあるから」
「そういう問題じゃない」
「細々とした事務手続きがいるじゃない、あれ……。サクッとやっておいたわ、ほら、六つ星パワーで」
「さっきからいろいろ大丈夫か……」
「で、星章を渡さないといけないのよねー」
ずっと手を突っ込んでいた白衣のポケットから取り出したのはワッペンだ。個人の星位を表すためのもの。慧恋はつけてないけど持っているので、アルトのものということになる。シャーリィはそれを慧恋にも見えるように持つ。
六つの星が輝いている。超優秀な機士のシャーリィが六つ星で、誘里の姉の斑が五つ星であることから、かなり上位のヒュームであると、評価委員会に認められていることになる。
人間の星位の評価は実績などで判断するので長期にわたり、本人の成長次第でランクが上がることもよくあるが、ヒュームの場合はスペック、能力などを計測し、数値化したうえで判断することができる。つまり瞬間的に。ランクを上げるには改装するなりすればいい。
剣龍アルトは六つ星のヒューム。昨日のピラーでの動きを見ていれば妥当だと慧恋は思ったから驚きはなかった。まぁそんなものかな、と。星位は戦闘だけじゃなく裏方、つまりデバイス開発や実戦時の作戦指揮能力などで総合的に判断される。だから強さ=星位ではない。六つ星は確かに凄いが、日常では何の意味もなさない。
アルトは星章を受け取ると、慧恋の胸に何もないのを改めて確認すると、そのままポケットにしまう。制服につけておくのが規則だが、別に怒られたりしないのでいいにはいい。ただ式典などがあると厳しいからつけ、外すまでしてアウトローを演出することないだろうというのが生徒の大半だった。ちなみに教師はつけていないと偉い人に怒られる。
その前に慧恋はアウトローではない。アルトも違うはずだ。
「アルトは五つ星を超えている。だから機士団へ加入できるのだけど、どうする? 手続きはすぐに済むわよ」
「それは認めない」
即答した。迷う余地など一辺もなかった。慧恋はこういう場面に遭ったら拒絶すると決めているのだ。
「僕は機士団に入りません」
シャーリィが口を開こうとしたところを、アルトが言葉を発した。
アルトのその言葉の意図に気付いて、慧恋は慄然とする。シャーリィは、アルトが機士団に入るかどうかを訊いたのだ。他ならぬアルト自身に。
それを慧恋は、半ば無意識に代わって否定してしまっていた。人間と超高度ヒュームは対等に接せると考えながら、意識の底では、アルトを所有して権利を処分しようとした。
アルトが慧恋に近づいて、背中を見せる。かばうような背中だった。
「所有のヒュームが機士になったら、オーナーは責任として機士にならないといけませんからね」
首をかしげて、優しくはにかんで振り向いた。意図は見透かされていた。
「そう、分かったわ」
シャーリィはあっさりと答えた。どこか満足そうな顔をしていた。
「アルトは、いいの、それで」
レグルスが問いかける。彼女は眠たそうで感情表現が薄いという設定が優先なので、特に様子は変わらない。だがここで発言する意味はあるのだ。
「機士って特権階級みたいなもの。人間にもヒュームにもいいことづくめ。そもそもこの学園に通う目的はなに? 確かにいろいろ職務とかあるけど。慧恋さんが嫌そうだからとか、そんな浅い思考で答えてない……?」
饒舌なレグルスに親であるシャーリィも驚いているのを見て取れた。慎重に答えることを強いられる状況のようだった。
「慧恋さまが嫌なのは嫌だ、という僕の意思です」
だからその単純すぎる言い分に、深度の違いはあれど、全員が驚く。
「いい答えね、それ。気に入ったわ」
それをシャーリィが認めてしまったものだから、その言葉の迂闊さを非難できない。だが、アルトの言葉に、深く考えることが馬鹿らしいと感じたのだ。
「じゃあ、お昼食べましょうか、慧恋。お腹空いているのかもね、私たち」
シャーリィも同じことを考えていたのかもしれないと慧恋は思った。しかし空腹を感じないヒューム二人はそれが原因ではないだろうな。とは思ったが少なくとも人間の慧恋の体は食事を求めていることが今は大事だった。




