第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑪
午後の講義は『ヒトと機械の協力 ~義体者の歴史~』の一つだけだった。さも当たり前のようにアルトも一緒にいたわけだが――そう、二人は一緒にいたのだ。機士団棟を並んで出たときには雨もすっかり上がっていた。
ぐったりした慧恋の隣には相変わらずなアルトが並んで、講義を終えた二人は斑の研究室へ向かっていた。機士として与えられた部屋ではなく、普通に教導者としての研究室だ。
自動扉の横に備えられたパネルに触れる。慧恋の端末は指にあるので、端末認証も同時に済む。まもなく扉が開く。
「あ、慧恋ちゃん。どうしたんです」
部屋には斑の他に、彼女の妹な誘里もいた。妹な誘里だが、そこは斑をオーナーとするヒュームとしても、授業がない時間は身の回りの世話などをしている。今はポットを持ってティータイムの準備中だった。制服の上からエプロンドレスを着て、甲斐甲斐しく奉仕である。
「あ、あなたはアルトくんです!?」
誘里の意識はすぐに慧恋のあとに入ってきたアルトに向けられる。見るからに動揺した誘里は衣服を正し、髪を整えて向き直る。
「え、えっと、どうしたんです?」
尋ねることは一緒なのに声音がかなり変わった。慧恋は腰に手をあてじとっと友人を見、斑は背中を向けながらしっかり肩をすくめた。
「僕は慧恋さまについてきただけですよ、誘里」
「ぉ、おっ、名前を、覚えて……っ」
アルトはヒュームなので名乗られたら覚えているのは当然だ。記憶ではなく記録している。それでもヒュームな誘里は名前を覚えてもらっている感動を味わっている。
「ていうか、慧恋さま、って……」
「あぁ、こいつな、剣龍アルト。私のヒュームだ。私のものだって分かったのがついさっきなんだよ」
「へぇー、慧恋さんだったのか。編入生ってことで気になってたんだ。苗字が同じだなーとは思ったけどね」
はじめてのアルトの講義を担当した斑が回転椅子を回して慧恋たちに向き直る。
「アルトくんは慧恋ちゃんのものなんですか、残念です」
「その言い方はなんというか……」
とても顔が熱かった。雨に濡れたからに違いなかった。言葉だけ見ればしっかりとしたひととものの関係なのだが、少し違うような感じがしてしまうのだ。
「あー、いいか誘里。慧恋さんを呼んだのは私なんだぞ。お前ばかり話してどうする」
「お姉ちゃん! アルトくんが来る予定だったなら言っておいてくださいです! 部屋片付けたかったし、お茶の用意もできたのです」
「えー、別にいいだろう私の用事だしすぐ終わるし」
「私がよくないんです!」
家事などを任されるヒュームは、マスターの身の回りの状況情報を収集し、適切な行動をとることができる。当日の気温湿度、マスターの疲労度に集中力、直前の栄養摂取からの経過時間などから軽食を用意することなどお手の物だ。言動の変化や電子メッセージのやり取りを察すれば、誰か来るということまで導きだせるだろう。だから言葉はなくても最適な行動をすることができるのだ。
ただそれは、あくまで可能だという話であり、斑は誘里にそこまでさせるようにしていない。ヒュームに可能なことを全てさせた場合、それはどうしてもひとから離れたものと感じさせる。いかにかたちが同じでも。斑は誘里に、ひとを求めているのだ。
慧恋は勿論そんなことは分かっている。そのうえで親しく関係を持っている。そして今の慧恋にはアルトがいる。慧恋は昨日までは、斑と誘里、シャーリィとレグルス、こういう関係をどこか達観して見れていると思ってきた。だがいざ当事者になり、アルトの隣にいると、考えることが億劫になる。
ただ熱に浮かされた高揚感があった。
「まずはこれを渡しておく」
妹の注意を無視した姉が近くの資料の山から一枚を取り出して慧恋へ手渡す。斑を中心とした机や床の山は紙や有機ELなどで煩雑に構成されているが、迷いなく探し当てた。この部屋の誰にも理解できないことだが、散らかっているようでも何処に何があるか分かるし逆に片付けられると困る、という伝統的な状態らしい。
慧恋が受け取ったA4サイズの紙状端末、有機ELにはエームの設計図が映し出されていた。所々にあるリンクアイコンに触れると関連情報が展開する。内蔵武装のブレードやライフルの詳細も事細かだった。
すぐにそれが、昨日ピラーで襲われて残らず破壊した甲虫型エームだと分かった。
「私の講義の、補足プリントみたいなもの。慧恋さんのレベルなら私の最新機の設計図くらいが順当かなーって判断したんだ。私よりずっと優秀だろう」
「やめてください斑先生。というか、これで何をすれば?」
「素直な感想とか改良点とか、実際の運用コストとかも考慮して簡単なレポートにしてみて。時間とれなかったら箇条書きとかでもいいし。もちろん成績評価の参考にするけど、加算はあっても減算はないから、安心してくれ」
それだけ言い終えた斑の顔には、どこか影があった。それを怪訝な目で見ていた慧恋に気付いた斑は、自身なさげに言葉を紡いでいく。
「こういうことしてみようかな、って思ったのは先週くらいだ。誘里の友達の慧恋さんは私にとっても特別だし、私の自信作見てどういうのが返ってくるか気になった。でも、ね……。誘里から聞いたかな、私が蒼の第二ピラーに提供してた13機全部、何者かに破壊されたんだ。どうやら私の落ち度ってことにはならないし、補充用も売れて万々歳なんだが。自信作だったのに、自信なくすよ」
斑は妹と生徒の前で、つとめて明るく振舞う。
この斑先生を見て、慧恋は昨日のことを話してしまいたいと思った。ただアルトやシャーリィに関わることで、迷惑はかけられない。誤解がないように順序だてて話さなければならない。エームを壊してしまったのは自分たちだが、それでも被害者なのだ。戒童姉妹なら信じてくれるとは思うが、理論立てて、疑問になりそうな点を埋めていかないといけない。
どうしてピラーにいたのか。シャーリィ先生の助手として。ピラーの不具合を修復しに行った。具体的には知らない。
どうして屋上に行ったのか。それは――
――なぜ屋上にいけたのか。シャーリィ先生にコードをもらったからだ。屋上は明らかに生身の人間が赴くべき場所ではなかった。そんな場所への通行証など、どう発行したのだろうか。
エームが暴走していたことに関しては、データベースを漁れば証拠も出るだろう。あれに追い込まれて、命を落としかけたのだ。
そこへアルトがアーツ『破魔風』ですくい上げてくれたのだ。それからは少し乱暴ながら敵を切り伏せていったのだ。一部は見ていないけれど、見とれるほど華麗な戦いだった。
アルトは、なにで斬ったのか。あのデバイスの外装が剥がれ落ちるのを見て、疑問に思ったはずだ。昨日のことについて。アルトについて、まだ知らないことが多いのに、説明しきれるはずがないのではないか。
「あ、もうこんな時間か」
斑の声が思考を遮る。壁と一体になったモニタの、時計の表示している部分を見ると、実感以上の時間が経過していた。アルトも時計を見ていた。
「悪い、長々と引き留めて。もう帰っていいよ」
斑が、左手首の腕時計でも時間を確認して、慧恋たちに帰宅を促す。
「はい、それでは失礼します」
アルトが返事をする。そのまま慧恋の手をつかんで部屋を出る。誘里の「また来てくださいです」という言葉には生返事しかできない。二人だけになった部屋からは、言葉までは分からないが部屋の整理について言い争っている声が賑やかに感じ取れた。




