第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑨
星嶺学園の機士団本部は重要拠点として他の建物とは一層の隔絶化が図られている。有事の際には作戦本部として、また常時も対侵攻に備えている。機士となるには星位が5以上である必要があり、それを満たせば誰でも機士団員となることができる。だからこそ星位5を認められるのは非常に困難であり、4と5の差は3と4の差の比ではない。
だが、星位というのは機士として如何に優秀かを示すものであって、こと学園においてはそれが生徒、ないし教師としての優秀さを数値化したものではない。たとえば斑は星位は5だが生徒からの人気も高く、教師としても、設計者としての評価も高い。星位6のシャーリィはその点、謎が多くて近寄りがたいというのが生徒の声だ。
「そういえば生徒会長さんって星位7ですっけ。どうしたら人間でそんなに高い星がとれるんですかね」
「ん、会長って人間だっけ。なんか7っていう印象が強すぎててっきり人間じゃないと思ってたよ」
シロンは椅子の背もたれに体重を預けきっただらけた姿勢で宙を払うような仕草で仮想ディスプレイを出現させ、生徒会長に関する校内の公的な記録をみて、納得を得る。
「そうだねェ、おれに言わせてもらうと、人間でも星位の高いのもいれば、ヒュームでも低いのもいるし。機士なんて所詮は、ワールドダウンが下火になった今では、きな臭い組織だしね」
ワールドダウンでヨーロッパとアメリカの都市部、日本を除く東南アジアがほとんど機能しなくなったのち、世界情勢は、著しい成長を見せる国でも資源国家でもなく、日本が中心となった。先見の明があった各国の優秀な科学者は、大戦中のアインシュタインが如く既に日本へ移っており、才能という最大の資源は失われなかった。ワールドダウンの処理と解決にヒュームやエームが生まれ、機士団の前身もそのころにできた。
「……むぅ、幽霊団員のシロンのことはいいですけど、お姉ちゃんがいる機士団をそんな風に言うのは、ちょっとムカつくです」
「はっはっは、幽霊団員とか余計なお世話だよ。別にさ、誘里。おれは総体としての機士団はろくでもないと思うけど、大きな組織であることを利用して何かを成そうとする野心は悪くないと思うんだ。賢い生き方だと思う」
「シロンもそうだってことですか?」
「…………ふ。さぁ、それはどうかね。……と、噂はしてないけど、あれ、慧恋さんだ」
シロンと誘里は共通教育棟の端の少し出張った、壁と天井がガラス張りのテラスのようなところにいる。正確にはガラスではなく、なぜかマジックミラーであるため、シロンが土砂降りの中、傘をささずに小走りの慧恋を見つけても、慧恋の方はシロンたちを見ることはできない。
「最近の天気予報は大昔みたいに正確じゃないよね」
「わざわざあそこに行かなくても、ここに来ればいいのに、です」
二人には慧恋がどこに向かって歩いているかは見当がついている。雨の日はほとんどそうだからだ。
衣服は今や室内で全自動化された洗濯機に任せたほうが天日干しよりずっと優れているから問題はないが、人間は体温が下がると風邪をひく。慧恋がいくら風邪をひきにくい技術を持っているとしても、雨の日にわざわざ外に出てそこに行く必要性はないと思えた。それは単に友人を心配する意図からである。
「彼女は雨だからこそ外に出る。屋上以外に落ち着ける場所はそこだけのようだし」
場所の意味は言葉通りの意味ではない。座標位置とか建物だとか、そんなものよりも環境という言葉がしっくりくるようであった。
「屋上で一人を求める慧恋ちゃんが、あそこで誰かと一緒に過ごす意味、ですか?」
「その誰かである必要があるというのは、この“人間にできることは全部できる”と言われるおれたちにはできないことの一つだ。欲求にまつわる感情に関して、ヒュームは根本から異なるからね」
ヒュームの欲とは即ち存在意義だ。「こう働きたい・役に立ちたい」という欲求は製作者の「こう働いてほしい・役に立ってほしい」にそのまま変換できるはずなのだ。
「それでもおれたちだって成長するしね。やりたいことくらい自分で見つけるさ。今はこうして誘里と話していたい」
「私はお姉ちゃんに必要とされたいです」
どこか、シロンがキャッチボールのつもりで投げたボールがフルスイングではじき返されたようだった。
「……ふ、いやまぁ、いいけどね。君が天然水並みに天然なのは知っているさ」
「天然水ってペットボトル加工されてるやつしか見たことないんですけど、それって天然ですか?」
「その発言だけでおれの中の天然問題は満足だよ」
テラスには二人の姿しかない。設備も整っておらず、場末にあるわけだから人間にとっては快適とはいえないかもしれない。基本的に二人は他のひとがここを利用しているのを見たことがない。ガラスの壁から見える景色も精彩を欠いており、人影といえば雨の日に慧恋の姿を見るくらいだった。
しかし彼らはもう一人の姿を見た。慧恋が歩き去ってしばらくしたあと、同じように傘もささずに、しかし平然と歩くひとを。
それが、シロンたちの方をちらっと見た。何てことはない、ちょっと物音がしたから気になって見たという程度だ。そんな表情だった。だが、そういう彼の顔は二人とも初めて見た。さっきと何が違うかは、二人の近くに慧恋がいないことだった。
「きみがそこを進むのは、どういう意味なのかな、愛の王様」
雨の中、服をまったくぬらすことなく、剣龍アルトは歩いていった。剣龍慧恋が通った道。そこを進んだ先には、機士団棟があるのみだ。




