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EP 5

止められた物流

 秋風が急激に冷たさを増し、ポポロ山の頂にうっすらと雪化粧が見え始めた頃。

 ポポロ村の広場には、不安げな表情を浮かべる村人たちが集まっていた。

「今日も来ないのかい……」

「ああ。隣町からの定期便も、行商人の馬車も、すっかり姿を見せなくなっちまった」

 村人たちの会話を聞きながら、トオルは厳しい顔つきで腕を組んだ。

 この数日、ポポロ村へ入るはずの物資が一切届いていない。特に深刻なのは、冬を越すための暖房燃料である『魔導炭』や、塩などの生活必需品だ。

「ゲル伯爵の嫌がらせだよ、絶対に!」

 キャルルが長い兎耳をピンと立て、怒りに顔を赤くして叫んだ。

「あの香水商人バティストが追い出された腹いせに、周辺の街道を封鎖して、うちの村に商人が立ち寄れないように圧力をかけてるんだわ!」

 ムーンキャピタルのゲル伯爵。

 彼が握る香水利権は莫大であり、周辺地域の物流網にも大きな影響力を持っているらしい。村の衛生環境を改善し、香水を不要にしたトオルの施策が、彼らの逆鱗に触れたのだ。

「フンッ。軟弱な貴族どもの姑息な嫌がらせなど、自警団の盾で粉砕してくれるわ!」

 マンミアが鼻息を荒くして、巨大なシールド『アグニ』を構えた。

「とはいえ、この冷え込みは老体や子供には厳しい。村長! 私がこのアグニを地面に高速で擦り付け、摩擦熱で広場全体を温めましょう!」

「やめてください! そんなことをしたら火花が散って村が火事になりますよ!」

 トオルは慌ててケンタウロスの突進を止めた。

(どうしてこの村の武闘派は、すぐに力技で解決しようとするんだ……)

 とはいえ、事態は深刻だ。広場の隅では、魔導炭を買えなかったお年寄りや子供たちが、薄い上着を身を寄せ合って寒さに震えている。

 トオルは小さく息を吐き、空中のステータス画面を展開した。

 現在の残高は224pt。

 トオルは日用品・野外カテゴリの中から、一つのアイテムを連続して選択した。

【携帯用カイロ(10個パック/5pt)を4つ具現化しますか?】

 ――YES。

 残高が204ptに減り、トオルの足元にダンボール箱が現れた。

 中には、ビニールで個包装された長方形の薄い袋が大量に入っている。

「トオル君、それは……?」

「携帯用の熱源炉みたいなものです。ちょっと貸してください」

 トオルは震えているお年寄りの元へ歩み寄り、袋を開封して中の白い不織布のパックを取り出した。それを数回軽く振り、お年寄りの上着のポケットに入れてやる。

「え……? なんだい、これ。ただの柔らかい袋に見えるが……おやっ!?」

 数分後、お年寄りの顔に驚きの色が広がった。

「あ、温かい……! 燃えているわけでもないのに、ポカポカと熱を出しているぞ!」

「本当だ! 火の魔石も使っていないのに!」

「鉄粉が空気に触れて酸化する熱を利用してるんです。半日くらいはじわじわと温かさが続きますよ」

 トオルは次々とカイロを開封し、村人たちに配って回った。さらに裏面がシールになった『貼るタイプ』のカイロを、服の上から腰や背中に貼ってやる。

「おおお……背中から芯まで温まる……。これなら魔導炭がなくても、夜を越せるぞ!」

「すごい、すごいよトオル君! 火を使わないから子供に持たせても安全だし!」

 寒さに震えていた村人たちの顔に、次々と安堵の笑みが戻っていく。

 それを見たキャルルは、感極まったようにトオルの背中にギュッと抱きついてきた。

「トオル君って本当に魔法使いみたい! ねぇねぇ、私も寒いの! トオル君の体温で温めて……っ」

「はい、キャルルさんにも貼るカイロ。腰に貼っておきますね」

「ううっ、温かいけど……物理的な温かさより、心(トオル君)の温もりが欲しいのにぃ……!」

 ヤンデレ気味に頬を膨らませるキャルルを適当にいなしつつ、トオルは空を仰いだ。

(ゲル伯爵には悪いが、日用品の力を見くびらないことだ。物流を止められたくらいで、村は凍えさせない)

 ピロンッ♪

【村人の凍死危機を防ぎ、寒冷対策に貢献しました。】

【貢献度ポイント +80pt を獲得しました。】

【現在の残高:284pt】

 無事にポイントも還元され、トオルが胸を撫で下ろした時だった。

 村の外周を見回っていたマンミアが、厳しい顔つきで広場へ戻ってきた。

「村長、トオル。……少し厄介なことになった」

「どうしたんですか、マンミアさん」

「村の東側を流れる川の上流から、妙に淀んだ水が流れてきている。念のため汲んできたが……これを見てくれ」

 マンミアが差し出した木桶の中には、黒ずんだ水が入っていた。悪臭はないが、明らかに不自然な濁り方をしている。

「……これは、ただの泥水じゃないな」

「ああ。森の奥深くから、何らかの『死の瘴気』が流れ込んでいる気配がする。このままでは、村の備蓄水にも影響が出かねん」

 トオルは顔をしかめた。

 第3話で出した『携帯浄水フィルター』は、泥や細菌を物理的に濾過するには優れているが、未知の瘴気や微小なウイルスまで完全に無効化できる保証はない。大量の水を一度に浄化するには手間もかかる。

「水は命の要です。もし汚染が広がれば、村は一晩で壊滅する」

 トオルは再びスキル画面を開き、医療・衛生カテゴリを検索した。

【ヨウ素剤(浄水タブレット/50錠入り・3pt)を具現化しますか?】

 ――YES。残高281pt。

 現れたのは、小さなガラス瓶に入った錠剤だった。

「トオル君、また新しいお薬?」

「水の中の見えないバイ菌や、悪い成分を殺すための薬です。これを貯水樽に入れて、少し時間を置けば安全な飲み水になります」

 トオルは村の共同貯水樽にタブレットを投入した。

 タブレットが溶けると、水はわずかにヨード特有の茶色みを帯びたが、不気味な黒ずみはスゥッと消え去った。

「これなら、多少の汚染水でも安全に飲めます。ただ、川の上流で何が起きているのか、原因を突き止めないと根本的な解決にはなりませんね」

「うむ。私の勘が正しければ、森の奥で『ただならぬ魔獣』の群れが動いている」

 マンミアの言葉に、村人たちの間に緊張が走った。

 香水商の嫌がらせによる物流停止は乗り切ったが、ポポロ村にはより直接的な危機が迫りつつあるようだった。

***

 その日の深夜。

 村長邸に割り当てられたトオルの客間で、トオルは一日の疲れを癒すべく、ベッドに横たわっていた。足元ではメルちゃんが丸くなって寝ている。

(物流の件はなんとかなったが、森の異変が気になるな……。防衛用のアイテムもリストアップしておかないと……)

 ウトウトと眠りに落ちかけた、その瞬間。

『やっほー! トオル、起きてるー?』

 脳内に直接、あの絶望的に軽い声が響き渡った。

「……ルチアナ、か?」

『そっそ! アナステシアの最高神にして永遠の17歳、ルチアナちゃんだよ! いやぁ、最近トオルがいい感じに村を助けてポイント稼いでるの、こっちのモニターで見てたんだよねー!』

 トオルのこめかみに青筋が浮かぶ。

「見ている暇があるなら、物流を止められている村を神の奇跡で助けたらどうなんだ」

『えー、そういう俗世のいざこざに直接介入すると、ガオガオンのAIに怒られちゃうんだよねー。それよりさ、トオル! 今日ポイント結構稼いだし、ちょっとでいいからこっちに送ってくんない? 今やってるソシャゲのガチャ、どうしても天井まで回したくてさー!』

「…………」

『ねえねえ、ちょっとくらい良いっしょ? 導きの女神からのささやかなお願――』

 トオルは無言で、脳内の通信インターフェースを物理的に『切断(着信拒否)』した。

 プツッ、という音と共にルチアナの騒がしい声が消え、静寂が戻る。

「……神様がスパチャを要求してくる世界なんて、狂ってる」

 トオルは深くため息をつき、布団を被った。

 しかし、その静寂はポポロ村の中だけのものだった。

 村から数キロ離れた、深く暗い森の奥。

 木々の間を縫うようにして、漆黒の甲殻を持つ巨大な蟻型の魔獣――『死蟲機(ネクロアント)』の群れが、カサカサと不気味な足音を立てながら、確実にポポロ村の方向へと這い進んでいた。

 彼らの放つ酸の匂いと腐敗した瘴気が、夜の冷気に混ざって村へと流れ込み始めていることに、トオルはまだ気づいていなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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