EP 4
ゴミと悪臭の解決
「フン。野蛮な獣の匂いと、下水のような悪臭が漂う限界集落だこと」
ポポロ村の広場に降り立ったのは、シルクハットにケープを纏った細身の男だった。
男の背後には、護衛らしき屈強な男たちと、小瓶が大量に積まれた豪奢な馬車が控えている。
「私はムーンキャピタルのゲル伯爵様が使い、香水商のバティストである! この村の薄汚い悪臭を誤魔化すための『特級香水』を売りに来てやったのだ。さあ、ありがたく銀貨を支払いなさい!」
バティストが鼻をつまみながら見下すように言い放つ。
だが、トオルの鼻を強烈に突いたのは、村の土の匂いなどではなかった。バティスト自身から放たれる、甘ったるい香水と排泄物が混ざり合ったような『致死性の悪臭』だった。
「……うっ。なんだこの匂い、目が痛いぞ」
トオルが思わず顔をしかめると、隣でキャルルが長い兎耳をへにょりと垂らした。
「ムーンキャピタルの商人さんだよ。あそこの街、すごく綺麗なんだけど下水が整備されてなくてね……。臭いを消すために、香水を浴びるように使う文化があるんだって。正直、獣人の鼻にはキツいんだけど、この村にも別の『悪臭問題』があるから、みんな我慢して買ってるの」
「別の悪臭問題?」
トオルが首を傾げたその時、背後から「ギャァアアア!」という村人の悲鳴が上がった。
「ねぇねぇオジサン! 昨日、酒場で『俺の嫁が世界一だ』って泣きながら語ってたらしいじゃん! でもオジサンの奥さん、さっき隣の畑の若い兄ちゃんとすごく楽しそうに話してたよ? ねぇ聞いてる? ワシの話聞いてるぅ〜〜!?」
農家の男性が抱えた麻袋から、声が聞こえた。
見れば、拳骨大のニンニクに手足が生えたような奇妙な植物が、男性の腕に必死に絡みついている。
「出たな、ガーリッ君!」
マンミアが即座にシールド『アグニ』を構えた。
「村の平穏を乱す騒音と悪臭! このマンミアが、パイルバンカーで木っ端微塵に粉砕してくれる!」
「待ってください! 農作物ですよね!? 粉砕しちゃ駄目でしょ!」
トオルは慌ててマンミアの前に立ち塞がった。
ガーリッ君。
それはポポロ山の特級霊土が生み出した、強烈な自意識とウザ絡み癖を持つ特産香味野菜だった。
何より最悪なのは、その口から撒き散らされる『銀河系最悪レベルの口臭』である。生ゴミと腐敗したマナを濃縮したような絶望的な悪臭が、広場一帯に充満し始めた。
「うげぇっ……! な、なんだこの匂いは!」
香水商のバティストも、たまらず顔を覆う。
「ほら見ろ! このような汚らしい村には、我が伯爵様の特級香水が不可欠なのだ! さあ、臭いを消したければこの香水を銀貨5枚で買うがいい!」
バティストが勝ち誇ったように小瓶を掲げる。
だが、元・地方公務員のトオルの目には、その光景はただの『悪徳商法とインフラ未整備の悲劇』にしか映らなかった。
「……臭いを強い香水で上書きしたら、余計に悪臭になるだけです。根本的な衛生管理が全くなっていない」
「なんだと? 平民風情が、伯爵様のビジネスに口出しするか!」
「口出ししますよ。俺は一応、この村でインフラ整備を任された……ええと、自称副村長ですから」
トオルはそう宣言すると、空中の『公共事業』スキルウィンドウを展開した。
現在の残高は132pt。日用品カテゴリから二つのアイテムを素早く選択する。
【ゴミ袋45L・10枚セット(2pt)を具現化しますか?】
【固形石鹸・3個パック(3pt)を具現化しますか?】
トオルの手に、黒いビニール袋の束と、紙箱に入った白い石鹸が現れた。残高は127pt。
「おじさん、そのガーリッ君をこっちへ」
トオルは黒いゴミ袋を広げ、農家の男性からガーリッ君を受け取ると、袋の中にすっぽりと入れて口を固く縛った。
『ちょっとオジサン! 暗いよ! 息苦しいよ! てかワシの話まだ終わってな――』
声はくぐもって聞こえるものの、広場に充満していた絶望的な悪臭が、ピタリと止んだ。
「お、おおっ……!? 臭いが消えたぞ!」
「なんだあの薄い黒い袋は! ニンニクの呪いを完全に封じ込めたというのか!?」
「ただのポリエチレン製のゴミ袋です。水も臭いも漏らさないので、生ゴミの処理には最適なんですよ。こうやって密閉して、決まった集積所に集めるようにすれば、村の悪臭の半分は解決します」
トオルは淡々と説明しながら、今度は広場の隅で泥だらけになって遊んでいた子供たちを手招きした。
「君たち、ちょっとこっちへおいで」
トオルは井戸水で子供たちの手を濡らすと、箱から取り出した固形石鹸をこすりつけた。
「いいかい、こうやってしっかり泡立てて、指の間まで洗うんだ。ついでに顔と体も洗っておいで」
子供たちが水と石鹸で体を洗い流すと、泥汚れが綺麗に落ちただけでなく、広場に『フローラルな清浄の香り』がふわりと漂った。
「な、なんだこの清浄な香りの塊は……!?」
村人たちが目を丸くして石鹸を覗き込む。
「泥汚れもすっかり落ちてるし、何よりこのスッキリした匂い……! 貴族の香水みたいにキツくない、すごく自然な香りだ!」
「これがあれば、あのクソ高い香水なんて買わなくても、体も村も綺麗になるじゃねえか!」
村人たちの視線が、一斉に香水商のバティストへ向けられた。
「ば、馬鹿な! そんな白い石ころ一つで、我が特級香水の価値が落ちるなどと……!」
バティストは青ざめ、後ずさりした。彼が持ち込んだ香水は、悪臭を誤魔化すための強烈なものであり、清潔な環境ではただの「キツすぎる匂い」でしかない。
「お引き取りください。ポポロ村はこれから、ゴミの分別と石鹸による衛生管理を徹底します。臭いを誤魔化す香水は、もう必要ありません」
トオルが毅然と言い放つと、マンミアがシールド『アグニ』をドンッと地面に叩きつけて威嚇した。
「ひぃっ……! こ、この屈辱、ゲル伯爵様が黙ってはいないぞ! 覚えておけっ!」
バティストは捨て台詞を吐き、護衛たちと共に馬車へ逃げ込むと、逃げるように村を去っていった。
広場は歓声に包まれた。
「やったー! ぼったくり香水を買わなくて済むぞ!」
「トオル君、あんたすごいじゃないか! ただのヒョロガリだと思ってて悪かったよ!」
村人たちが次々とトオルの肩を叩き、感謝の言葉を口にする。
ピロンッ♪
【村の悪臭被害を解決し、衛生環境を劇的に改善しました。】
【貢献度ポイント +100pt を獲得しました。】
【現在の残高:227pt】
「よし。これで当面のインフラ整備の資金は確保できたな」
トオルはホッと胸を撫で下ろした。
「トオル君!」
キャルルが跳ねるように近づいてきて、満面の笑みでトオルの手を握った。
「ありがとう! トオル君が来てから、村の問題がどんどん解決していくよ。もう、私の特別な副村長に任命しちゃおうかな!」
「ふふっ、光栄です。でも、衛生管理は日々の積み重ねですからね。気を抜いてはいけませんよ」
トオルは優しく微笑み返した。
***
その日の夜。
村長邸の客間で、夕食を終えたトオルは、キャルルとマンミアを前に真剣な顔で語りかけていた。
「いいですか、二人とも。健康で清潔な生活を送るためには、体や村を綺麗にするだけじゃダメなんです」
トオルはステータス画面を操作し、残高から3ptを消費して『歯ブラシ・歯磨き粉セット』を具現化した。
「歯磨き……?」
「そうです。食後に歯を磨いて口内を清潔に保たないと、虫歯になります。虫歯は激痛を伴いますし、最悪の場合は命に関わる病気の原因にもなるんです」
トオルは二人に歯ブラシを手渡し、正しいブラッシングの方法をレクチャーした。
彼はまだ知らない。
この『歯ブラシによる虫歯予防』という些細な公衆衛生の指導が、のちに村を訪れるハイエルフの令嬢――世界樹の怒りによる大陸滅亡の危機を未然に防ぐ、極めて重要な国家防衛策となることを。
そして同時に、香水利権を潰されたゲル伯爵が、ポポロ村に対する容赦ない経済制裁の準備を進めていることにも、トオルはまだ気づいていなかった。
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