EP 34
ゴミのない村
上水道が通り、水洗トイレが整い、太陽光発電によって夜間すら白昼のように照らされるようになったポポロ村。
三千人を超える人口を抱えるこの地は、もはや「農村」という枠組みを完全に脱ぎ捨て、マンルシア大陸の中央で最も急速に発展する新興都市へと成長を遂げていた。
だが、都市の規模が拡大すればするほど、かつての小さな村では決して顕在化しなかった「もう一つの影」が色濃く落ち始める。
「副村長、これ以上の受け入れは物理的に限界です! 敷地が埋まります!」
役場の執務室で、シルヴァンが頭を抱えながら悲鳴を上げた。
彼の差し出した報告書の表題には、赤インクで大きくこう書かれていた――『村内廃棄物集積場・容量飽和警報』。
「ゴミか……」
トオルは執務室の窓を開け、村の北東、防壁のすぐ外側へと視線を向けた。
そこには、すり鉢状に掘られた広大な窪地があった。以前はただの空き地だった場所だが、今やそこには数千人の住民が毎日吐き出す生活ゴミ、建築廃材、生ゴミ、そして規格外に育ちすぎたガーリッ君の硬い茎や葉が、小山のように積み上がっていた。
「水洗トイレで排泄物の問題は解決しました。ですが、人間が暮らす以上、ゴミは毎秒毎分生み出され続けます。前は空き地に穴を掘って埋めていましたが、あっという間に満杯になり、今や野積み状態です」
シルヴァンの顔は苦渋に満ちている。
「放置すれば夏場にはハエやウジの温床となり、腐敗ガスで火災が起きる恐れもあります。何より……あの悪臭に引き寄せられて、森の腐肉喰い(スカベンジャー)どもが防壁の周りをうろつき始めています」
「うろつくどころの話ではないぞ!」
バタン、と執務室のドアが勢いよく開き、自警団長のマンミアが駆け込んできた。彼女の蹄には、嫌な泥と煤がこびりついている。
「昨夜、ゴミ捨て場を漁りに来た死肉狼の小群と一戦交えたところだ。投光器の光があるとはいえ、餌の匂いに狂った魔獣は警戒心が薄れる。このままでは、あのゴミの山自体が魔獣を呼び寄せる巨大な撒き餌になってしまう!」
「野焼きにするわけにはいかないのかしら?」
お茶を運んできたキャルルが、首を傾げながら兎耳を揺らす。
「火をつけて燃やしちゃえば、灰になって小さくなるんじゃない?」
「それをやると、二次災害が起きます」
トオルは首を横に振った。
「開放空間での単純な野焼きは、不完全燃焼を起こして猛烈な黒煙と一酸化炭素、それに有害物質を大量に撒き散らします。風向き次第では村中が有毒な煙で燻製状態になりますし、火の粉が飛べば木造家屋に延焼しかねない。中世都市が何度も大火事で燃え落ちた原因の一つが、無秩序なゴミの野焼きなんです」
「じゃあ、埋めるのもダメ、燃やすのもダメ……一体どうすればいいの?」
キャルルが途方に暮れたように眉を寄せる。
「燃やすんです。ただし、徹底的に科学の力で管理された空間の中で」
トオルは迷わず立ち上がった。
「前世の行政において、清掃事業は公衆衛生の最後の砦でした。ゴミを溜め込まず、安全に消滅させ、なおかつ資源に変える。それこそが近代都市の証です」
***
トオルが向かったのは、村の北東、風下に位置する防壁沿いの開けた区画だった。
すでにシルヴァンによって立ち入り禁止の木杭が打たれ、周囲にはマンミア率いる自警団が警戒線を張っている。
「よし、ここにポポロ村の『終末処理場』を作る」
トオルは空中にステータス画面を展開した。
現在の残高は11,669pt。
第5段階『設備』カテゴリの中から、都市の衛生を完結させるための大型設備を検索する。
【小型産業用焼却炉(高効率二次燃焼・サイクロン集塵機付き/300pt)を具現化しますか?】
――YES!!
残高11,369pt。
ズウウウンッ!!
大地を揺るがす重低音とともに、銀色と鈍色の耐火鋼板で覆われた巨大な直方体の構造物が姿を現した。
高さ約四メートル。上部には太い二重煙突が天に向かって伸び、前面には頑丈な耐熱投入扉、側面には温度計や給気ブロワー(送風機)の配管が所狭しと組み込まれている。
「な、なんだこの鋼鉄の砦のような窯は……!?」
マンミアが目を丸くして後退る。
「『産業用焼却炉』です。ただゴミを燃やすだけの窯じゃありません」
トオルは焼却炉の構造図を頭に思い浮かべながら、集まった自警団や作業員たちに説明を始めた。
「内部は二つの部屋に分かれています。手前の一次燃焼室でゴミを燃やし、そこで発生した煙やガスを、奥の『二次燃焼室』に送り込んで八百度以上の超高温で焼き尽くすんです。有害物質や黒煙の元になるススは、この超高温の中で分子レベルで完全に熱分解されます」
「煙を、さらに燃やすだと……!?」
作業員の中から、思わず息を呑む声が漏れた。
「そうです。さらに、煙突の手前にある円錐形の筒――『サイクロン集塵機』の中で煙を竜巻のように高速回転させ、遠心力で微細な灰や粉塵をすべて叩き落とします。だから、煙突から空へと逃げていくのは、有害物質を含まないほぼ無色透明の気体だけです」
「信じられん……。ゴミを燃やしても、黒い煙もあの胸が詰まるような悪臭も出ないというのか?」
「ええ。しかも燃え残る灰の量は、元のゴミの体積の二十分の一以下にまで減容されます」
「おいおい、トオルの兄ちゃん! 面白そうな火遊びの匂いがするじゃねえか!」
聞き慣れた快活な声とともに、赤髪の青年ヒエンが愛用の鍛冶ハンマーを肩に担いでやってきた。
「ヒエンさん、ちょうどいいところに。この焼却炉、最初の火入れにあなたの神火を使わせてもらえませんか? 炉内を一気に八百度まで予熱したいんです」
「お安い御用だ! 神話の炎でゴミを焼くたぁ贅沢な話だが、俺の火なら一瞬で炉を真っ赤にしてやるぜ!」
ヒエンが投入口のバーナー孔に指先を突っ込み、紅蓮の神火を流し込んだ。
ゴオォォォォッ!!
耐火レンガの内張りが瞬時に赤熱し、炉内の温度計の針がグングンと跳ね上がっていく。ソーラー蓄電池から引いた電力でブロワーが回転を始め、轟音とともに強制給気が開始された。
「温度よし! ゴミの投入を開始してください!」
トオルの合図で、ネコ車に山盛りにされた可燃ゴミやガーリッ君の乾燥した茎が、次々と投入口から放り込まれ、頑丈なハッチが密閉された。
ゴオオオオオッ……!
重厚な鋼鉄の壁の向こうで、激しい燃焼の唸りが響く。
村人たちが固唾を呑んで見上げる中、長い二重煙突の頂点から排気が出始めた。
「……あ、あれ?」
キャルルが目をパチパチと瞬かせた。
「煙が……見えないよ? ゆらゆらと陽炎が揺れてるだけで、真っ黒な煙が全然出てこない!」
「匂いもないぞ! 鼻をつくような嫌な臭気が、これっぽっちもしない!」
自警団の男たちが鼻をくんくんと鳴らし、歓声を上げた。
あれほど異臭を放ち、周囲を腐敗の気配で満たしていたゴミの山が、音もなく、煙もなく、純粋な熱エネルギーへと分解されていく。
「すげぇ……本当に、ゴミが綺麗さっぱり消えちまった……!」
「消えただけではありませんよ」
トオルは炉の底部にある灰出し口を指差した。
「完全に燃え尽きた後の白い灰は、木や草のミネラルが濃縮されたアルカリ性の資材です。これを泥沼さんの畑に撒けば、土の酸性化を防ぎ、作物の育ちを良くする極上の『カリ肥料』になります。無駄なものは何一つありません」
ゴミを安全に消滅させ、公害をゼロにし、大地へと還元する完全循環システム。
ポポロ村の衛生環境は、ここに一つの極致を迎えたのだ。
***
「ちょっと、副村長。いい加減にしなさいよ」
冷ややかな、しかしどこか甘美な響きを持つ美声が、人混みを割って響いた。
作業ツナギを着崩し、銀色の長髪を揺らした絶世の美女――スアイが、腕を組んでトオルを睨みつけていた。
「スアイさん? 何か不手際でもありましたか?」
「不手際どころじゃないわよ。あんた、あんな莫大な熱を垂れ流して、煙突からただ空に捨てているつもり?」
スアイは細い指先で、ゆらゆらと陽炎を立ち上らせる焼却炉の煙突を指差した。
「私のサウナリゾートを舐めてるの? 山麓のテントサウナや温水施設のために、毎日どれだけの薪を割っていると思っているわけ? あんな上等な熱源、そのまま空気に冷まさせるなんて、熱に対する冒涜よ」
「……あ」
トオルは目から鱗が落ちる思いだった。
近代の清掃工場といえば、ゴミ焼却の排熱を利用した『温水プール』や『地域熱供給』が定番だ。あまりに炉の稼働に集中するあまり、排熱回収という当たり前の発想が抜け落ちていたのだ。
「失礼しました。おっしゃる通りです。……ヒエンさん、塩ビパイプではなく、耐熱の銅管か鉄パイプを使って、この煙突の外周に熱交換用の水管を巻き付けられますか?」
「できるぜ! 水を流せば、排熱で一瞬で沸騰する熱湯パイプラインの完成だな!」
「その温水を、山麓のスアイさんのサウナ施設と、村の共同浴場へ直通で送水します。これで薪を一本も使わずに、二十四時間いつでも熱々の風呂とサウナが維持できます」
トオルが即座に図面を引いて見せると、スアイは満足そうに口角を吊り上げた。
「ふふっ。話が早くて助かるわ。ゴミを燃やした熱で、極上のサウナと露天風呂を満喫する……。あんた、本当に変態的なまでに無駄を嫌う男ね」
「最高の褒め言葉として受け取っておきます」
その日の夕方。
ゴミ集積場からゴミの山は完全に姿を消し、周囲を漂っていた不快な匂いも霧散した。
餌場を失った森のスカベンジャー系の魔獣たちは、防壁の周囲から完全に姿を消し、自警団の夜間警備の負担は劇的に軽減された。
そしてポポロ山麓のサウナ施設では、焼却炉から送られてくる潤沢な温水により、湯気立ち上る巨大な大浴場が新たに産声を上げていた。
ピロンッ♪
【小型産業用焼却炉を稼働させ、村の廃棄物完全処理と公害ゼロを達成しました。】
【排熱回収によるエネルギー循環と、魔獣の誘引阻止により、貢献度ポイント +400pt を獲得しました。】
【現在の残高:11,769pt】
夕暮れの光の中、トオルは静かに煙突を見上げた。
誰もが安心して暮らせる場所。
それは城壁や兵器だけでなく、目に見えない日々の汚れやゴミを、誰の手も汚さずに清浄に保ち続けることによってこそ成り立つ。
だが、村の清潔さと利便性が極限まで高まり、人や荷車の行き交う速度が加速するにつれて、街にはまた新たな「近代特有の歪み」が生じようとしていた。
曲がり角での荷車の衝突事故、急増する人口に対する伝達手段の不足。
そして――この急成長を遂げる奇跡の村を、遠くから怪しく見つめる、羽ペンと魔導通信器を手にした「不審な少女」の影が、村の境界線に忍び寄っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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