EP 33
夜を照らす太陽
大型貯水タンクと手押し井戸ポンプの開通により、水汲みという過酷な労働から完全に解放されたポポロ村。
水洗トイレ、プレハブ診療所、舗装道路。村の生活は日ごとに豊かさを増していたが、日が沈むと同時に、村には別の「制約」が重くのしかかっていた。
「うーん……これ以上の夜間治療は、明かりが足りないよ」
プレハブ診療所の中で、キャルルが困り果てた顔をしていた。
診察用ベッドの周りには数本のロウソクとランタンが置かれているが、手元を照らすにはあまりに暗く、揺れる炎が患部に不気味な影を落としていた。
「昼間に農地開拓で足を深く切っちゃった人が運ばれてきたんだけど、縫合の手術をしようにも暗くて針先が見えないの。火を近づけすぎると火傷させちゃうし、アルコール消毒液に引火したら危ないし……」
「そうですね。医療現場での裸火は厳禁です」
視察に来たトオルは、深く頷いた。
広場には以前設置した独立型のLED街灯が数本あり、防犯や通行には絶大な威力を発揮している。しかし、屋内――特に診療所のような施設内部や、夜間にも交代で作業を進めたい重要拠点には、安定して使える「配電システム」が存在していなかった。
「トオルはん、診療所だけやないで」
診療所の引き戸を開けて入ってきたニャングルが、火のついていないキセルを指で回しながら言った。
「防壁の夜間工事や見張りの詰め所もや。松明の煙で目は痛いし、燃料の油代もバカにならん。ドンガン地下帝国の連中みたいに魔導石を大量に買い込んでマナランプを灯す手もあるが、あんなもん高すぎて村中の施設に配ったらゴルド商会でも破産してまうわ」
「魔導石による発電ですか……。確かにこの世界の主流ですが、エネルギーの原材料を他国からの輸入に頼るのは、インフラとして極めて脆弱です。魔導石の流通を止められた瞬間に、村の機能が麻痺してしまいますからね」
トオルは前世の公務員時代、エネルギー政策や地域防災計画の策定に関わった記憶を呼び起こした。
「目指すべきは、他国の資源にも、個人の魔力にも一切依存しない『完全独立型のクリーンエネルギー』です」
「完全独立型? 薪も油も魔石も使わんと、どないして夜を照らすんや?」
不思議そうに耳をピクつかせるニャングルに、トオルは不敵に笑って答えた。
「空を見上げれば、無尽蔵のエネルギーが毎日降り注いでいますよ」
***
トオルは診療所の裏手にある日当たりの良い空き地へ向かい、空中にステータス画面を展開した。
現在の残高は11,469pt。第5段階『設備』カテゴリのリストをスクロールし、都市の電力基盤となる機材を選択する。
【ソーラー発電パネル(単結晶高効率タイプ・大型10枚セット/100pt)を具現化しますか?】
【業務用リチウムイオン蓄電池ユニット(大容量・インバーター内蔵/150pt)を具現化しますか?】
【屋内用LED直管蛍光灯・配線キット一式(50pt)を具現化しますか?】
――YES!!
合計300ptを消費。残高は11,169pt。
ズズズンッ……!!
地面に鈍い重低音が響き、濃紺に輝く滑らかなガラス状の巨大パネル十枚と、頑丈な金属筐体に収められた大型冷蔵庫ほどのサイズの蓄電池ユニットが出現した。さらに、配線ケーブルやスイッチ、白く細長いLED蛍光灯が山積みになる。
「な、なんやこの真っ黒い板は……!?」
ニャングルが目を丸くして駆け寄る。
「表面がツルツルしとる……鏡か? いや、薄い魔導基板のようにも見えるが……」
「これは『ソーラーパネル』。太陽の光を直接、目に見えないエネルギー――『電気』に変換する板です」
トオルは説明しながら、現場監督の顔になった。
「ヒエンさん! このパネルを一番日光が当たる角度――南向き三十度で、診療所と役場の屋根の上に架台を組んで固定してください!」
「おう! 神火で鉄骨を溶接して、ビクともしねぇ頑丈な屋根置き台を作ってやるぜ!」
ヒエンの規格外の神火と鍛冶技術、そして自警団の怪力によって、重たいソーラーパネルはあっという間に診療所の屋根へと運ばれ、寸分の狂いもなく設置された。
トオルはその裏から伸びる耐候性ケーブルをテキパキと繋ぎ合わせ、地上に設置した蓄電池ユニットへと接続する。
「そしてこれが『蓄電池』です。昼間の間に太陽から作った電気をここに目一杯溜め込み、夜になったら家庭用電源として取り出す。燃料はタダ、排気ガスもゼロ、音もしない。太陽が出ている限り、無限に電力を供給し続けられます」
「太陽を……箱の中に閉じ込めて溜め込むやと!?」
ニャングルの十露盤がカタカタと震えた。
「そ、そんなもんが実用化されたら、魔石を独占してふんぞり返っとる帝国やドワーフの魔石ギルドの利権が、根底から吹き飛んでまうやないか……!」
「利権なんて関係ありません。必要なのは『安定した命の灯り』です」
トオルは診療所の中に配線を引き込み、天井にLED直管蛍光灯を取り付けた。
手元のスイッチを、パチリ、と押し込む。
カッ……!!!
その瞬間、プレハブ診療所の中が、影一つない純白の光で満たされた。
天井から降り注ぐ光は、手術台のステンレスを眩しく照らし出し、部屋の隅々まで真昼の明るさへと塗り替えた。ロウソクのような頼りない揺らぎはなく、一定の光量で静かに空間を照らし続けている。
「うわぁぁぁっ……!」
キャルルが思わず両手で目を覆い、それから恐る恐る手を開いて歓声を上げた。
「すごい! 昼間より明るい! 影が消えて、患者さんの傷口の細い血管までくっきり見えるよ!」
「熱も出ませんし、火も使いませんから、アルコール消毒液をどれだけ使っても引火の心配はありません。これで夜間の緊急手術も二十四時間いつでも行えます」
「トオル君……! ありがとう! これなら、夜中に運ばれてきた人だって、絶対に一人も死なせずに助けられるよ!」
キャルルは感極まり、ルビー色の瞳を潤ませながらトオルの首元に飛びついてきた。
「トオル君って本当にすごい! 村のみんなを照らす太陽そのものだよ……♡ もう、ずっとこのお部屋で二人きりで光を浴びていたいな……」
ギュッと抱きしめられる腕の力が尋常ではなく、トオルは息を詰まらせた。
「キ、キャルルさん、嬉しいですけど首が絞まってます! 診療所の中で患者第一号になりたくないです……!」
「あ、えへへ、ごめんね♡」
照れ笑いするキャルルから解放され、トオルは大きく深呼吸をした。
***
ソーラー発電の導入による恩恵は、診療所だけに留まらなかった。
トオルは余剰電力を使い、防壁の外側の主要ルートや見張り櫓にも高輝度のLED投光器を増設した。
夜になると、スイッチ一つで防壁の外周数百メートルが白昼のように照らし出される。
「おい見ろ! 森のキワまで丸見えだぞ!」
「あそこだ! 闇に紛れて忍び寄ろうとしていた夜行性の魔狼どもが、光に怯えて目を回して逃げていく!」
見張り櫓の自警団員たちが、歓喜の声を上げる。
これまでは夜になると松明の届く十メートル先すら見えず、奇襲の恐怖に怯えながら夜警を行っていた。しかし今や、遠距離から魔獣の接近を完全に察知し、ヘビークロスボウで一方的に狙撃できる迎撃体制が完成したのだ。
さらに、役場の前では夜間工事のための投光器が煌々と輝き、昼間に農作業を終えた村人たちが、涼しい夜風の中でコンクリートの打設や木材の加工を安全に進めていた。
夜の闇という最大の活動停止要因が消え去ったことで、ポポロ村の労働力と防衛力は、実質的に「二倍」へと跳ね上がったのだ。
ピロンッ♪
【ソーラー発電パネルおよび蓄電池を設置し、魔導エネルギーに依存しない完全独立電源を確立しました。】
【夜間医療の24時間稼働と夜間防衛網の飛躍的強化により、貢献度ポイント +500pt を獲得しました。】
【現在の残高:11,669pt】
深夜。
村長邸の執務室の窓から、トオルは静かに外を眺めていた。
暗黒の大陸の中に、ぽっかりと浮かび上がるように白く輝くポポロ村。
診療所の窓からは優しい明かりが漏れ、防壁の上では投光器が静かに外敵を退け、大通りを照らす街灯の下を、自警団の夜回り隊が足音高くパトロールしている。
そこにあるのは、魔力でも神の奇跡でもない。
自然の力を正しく捉え、人の手で制御し、命を守るために積み上げられた『物理インフラ』の結晶だった。
「……夜を支配する都市、か」
ポポロ山麓のサウナの屋根からその光を見下ろしていたスアイが、冷えたイモッカのグラスを傾けながら呟いた。
「あのアバロン魔皇国の中央都市ですら、夜は闇と瘴気の天下だったわ。あの男の作る光は、魔物も闇も……そして人間の悪意すらも、一切隠れ場所を与えないつもりね」
魔導国家ルナミス帝国にも、資源大国レオンハート獣人王国にも存在しない、前代未聞の「不夜の要塞」。
自立した電源を手に入れたポポロ村は、いよいよ他国のエネルギー支配から完全に脱却し、誰にも止められない独立への道を力強く歩み出していた。
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