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EP 27

帳簿は嘘をつかない

 ポポロ村の広場、黄色と黒の『バリケードテープ』で囲われた役場の中央。

 急造された特設監査室の長机を挟み、帝国内務省の特別査察官と、ゴルド商会支店長ニャングルが対峙していた。

 周囲では銀甲冑の帝国騎士たちと、武器を下ろしたものの殺気を隠しきれない村の自警団が、一触即発の睨み合いを続けている。

「フン。無駄な足掻きを。その『裏帳簿』には、お前たちがドンガン地下帝国から魔導鉱石を密輸し、関税を逃れた記録が完璧に記されているのだ。帝国の最高財務官がチェックした証拠だぞ」

 査察官が冷笑を浮かべて腕を組む。

「完璧やと? 笑わすなや」

 ニャングルは高級和装スーツの袖をまくり上げ、キセルを机の端にガンッ! と叩きつけた。

「トオル、アレ出せ!」

「はい!」

 トオルは空中のステータス画面を展開した。残高は10,150pt。

【単色ボールペン(黒・10本セット/1pt)を具現化しますか?】

 ――YES。

 残高10,149pt。トオルの手に現れたのは、近代事務の利器である黒ボールペンと、以前具現化した『複式簿記の教科書』だった。

「ニャングルさん、これで容赦なく赤……いや、黒入れ(添削)してやってください」

「カッカッカ! 借りるでぇ!」

 ニャングルはボールペンを受け取ると、ノックボタンをカチッと鳴らし、査察官が提示した分厚い羊皮紙の『裏帳簿』を開いた。

「ええか、ポンコツ査察官。お前らの国の財務官とやらが使っとるのは、金が入った・出たしか記録せん『単式簿記』や。せやから、数字をちょろまかしてもバレへんと思っとる」

 ニャングルの猫の目が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細められた。

「だがな、ワシらポポロ村の財務は、トオルの持ち込んだこの『複式簿記』で完全に管理されとる! すべての取引を『原因』と『結果』の二面から記録し、貸方(右)と借方(左)を必ず一致させる、神すら誤魔化せん絶対真理の帳簿や!」

 シャカシャカシャカシャカッ!!!

 ニャングルは左手で魔導金算盤『十露盤』を狂ったような速度で弾きながら、右手でボールペンを走らせ、裏帳簿の数字を次々と『バランスシート(貸借対照表)』と『損益計算書』のフォーマットに書き直していく。

「ほれ、ここや! 第36ページの密輸記録。魔導鉱石を『金貨100枚』で仕入れたとなっとるな? ならば、その金貨100枚はどこから出た? うちの正規の帳簿から現金(資産)が減った記録はない。誰かから借りた(負債)形跡もない! 現金が減らずに在庫だけが増えるなんて、物理法則を無視した幽霊取引や!」

「なっ……! そ、それは別の裏金から……」

「アホ! 裏金を作るにも、もともとの資産か収益を偽装せなアカンやろ! ワシの組んだ複式簿記システムでは、金貨一枚、銅貨一粒のズレも即座に『貸借不一致』としてエラーを吐くんや! ほら見ろ、この偽造帳簿の数字を全部統合したら、架空の『純資産』が空から降って湧いたことになっとるわ!!」

 ニャングルがボールペンで、偽造帳簿の矛盾点に次々と黒いバツ印を書き込んでいく。

 インクを補充する手間もなく、滑らかに一定の太さで描かれるボールペンの線が、査察官の持ち込んだ『完璧な証拠』を無惨な落書き帳へと変えていく。

「それにやな」

 ニャングルは裏帳簿の紙面を指でこすった。

「このインク、まだ乾ききってへんぞ。数ヶ月前の取引記録やのに、昨日今日書かれたような滲み方や。……偽造するなら、せめて古く見せる魔法くらいかけんかい、ド三流が!」

「ひっ……!」

 査察官の顔から血の気が引いた。

 単式簿記の常識で作られた偽造帳簿は、近代会計学の『複式簿記』という顕微鏡を通した瞬間、あまりにもお粗末な矛盾の塊として暴かれたのだ。

「そこまでだ、三流の詐欺師」

 木陰から、ポポロシガーを吹かしながらネギオが進み出た。彼の伊達メガネが、冷酷な知性の光を反射している。

「帝国刑法第104条『公文書偽造および行使』、ならびに第112条『虚偽告訴』。帝国の正規ルートで提出されたはずのこの帳簿が偽造だと証明された以上、貴様は不当な権力行使による『職権濫用』の罪も免れんぞ」

 ネギオは吐き出す紫煙と共に、容赦のない法的制裁を突きつけた。

「な、なんだこの植物は! 貴様ら、帝国の査察官を脅す気か!」

「脅しているのではない、事実を述べているのだ」

 ネギオは手元の『近代法規集』をパラパラと捲った。

「このやり取りは全て、役場の公式記録として残されている。ゴルド商会を通じて、帝国内務省の監察局へ直接、この『偽造の証拠』と『複式簿記による矛盾の証明書』を送付させてもらおうか。……貴様の首が飛ぶのは、物理的か、社会的か、どちらが先だろうな?」

 完璧な会計と法務によるフルボッコ。

 査察官は膝から崩れ落ち、ガタガタと震え始めた。

「お、おのれ……! こんなはずでは……あのお方からは、絶対にバレない完璧な証拠だと……」

「あのお方?」

 トオルが眉をひそめる。

 査察官はハッとして口を噤んだが、もはや後の祭りだった。

「隊長! これ以上は我々の首まで飛びかねません!」

 青ざめた帝国騎士の一人が、査察官の襟首を掴んで強引に引き起こした。

「我々は『確かな証拠』があるという前提で動員されたのです! 証拠が偽造となれば、我々も共犯にされてしまう! 撤収だ! こいつを帝都の監察局へ連行しろ!」

「ま、待て! 離せ! 私は悪くない!」

 悲鳴を上げる査察官を拘束し、銀甲冑の騎士たちは逃げるようにポポロ村の広場から撤退していった。

 静寂が訪れた後。

「勝ったぁあああああッ!!」

 自警団の獣人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。

 帝国軍という圧倒的な武力を前に、剣を一度も振るうことなく、紙とペンと算盤だけで完全勝利を収めたのだ。

「カッカッカ! ざまぁみさらせポンコツどもが! ワシの帳簿にケチつけるからや!」

 ニャングルがドヤ顔でキセルを吹かし、トオルの背中をバンバンと叩く。

「ありがとうございます、ニャングルさん。おかげで助かりました」

「フン、トオル君。少しは私のおかげだということも忘れるなよ」

 ネギオが伊達メガネをクイッと押し上げる。

「ええ、本当に皆さんのおかげです」

 トオルが安堵の息を吐き出すと、黄色と黒のバリケードテープを潜り抜けて、キャルルが飛びついてきた。

「トオル君! よかった、連れて行かれなくて……! 私、本当にあの鎧の人たちをお肉にしようかと思っちゃった」

 瞳のハイライトが復活したキャルルが、トオルの胸に顔をスリスリと擦り付ける。

「や、やめてくださいキャルルさん。だから暴力は最終手段なんですって……」

 トオルは冷や汗を流しながらも、無事に機能した『行政の盾』の力に深く感謝した。

 ピロンッ♪

【高度な会計・法務システムにより、国家権力による不当な逮捕を完全に退けました。】

【村の自立と法的防衛の完遂により、貢献度ポイント +500pt を獲得しました。】

【現在の残高:10,649pt】

***

 しかし。

 ポポロ村が勝利の歓喜に沸く裏側で、真の黒幕は無傷のまま、次なる罠の準備を進めていた。

 ムーンキャピタルの豪奢な執務室。

 仮面結社『ナンバーズ』の首領、リアク侯爵(ゼロ)は、空中に展開された未来予知の盤面が、自らの送った査察官の失脚を示したのを見て、冷たく目を細めた。

「……なるほど。単式簿記の偽造証拠など、彼らの高度な財務システムの前には子供の落書き同然だったというわけか。皇帝が直接視察に赴くほどの村だ、これくらいは防いでもらわねばつまらん」

 リアクはチェスの駒――弾き飛ばされた『査察官』のポーンをゴミ箱へ放り投げた。

「偽造証拠が破られたのなら、次は『合法的な責任』という鎖で縛り付けてやればいい」

 リアクは机の上の分厚い帝国地図に、赤黒いインクのついた羽ペンを突き立てた。そのペン先が刺さったのは、ポポロ村の周囲に広がる、魔獣が跋扈する広大な荒野地帯だ。

「帝国の権力を使い、あの村を正式な『帝国の辺境領』として組み込む。そして、トオルという男に、その広大な領地すべての『統治責任』を丸投げしてやるのだ。……彼が愛する『誰もが安心して眠れる村』は、数万の領民と無限の魔獣の脅威という、巨大すぎる責任に押し潰されて崩壊するだろう」

 リアクの口角が、残酷に吊り上がった。

「見せてみろ、トオル。君のインフラが、どこまで巨大な重圧(ブラック環境)に耐えられるかをね」

 法と会計の盾で勝利を収めたトオル。

 だが、その有能さを証明したことが仇となり、彼は次なる『底なしの過労死包囲網』へと引きずり込まれようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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