↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/36

EP 26

濡れ衣と包囲網

 行政システム(役場)の導入により、ポポロ村にはかつてない平穏と秩序が訪れていた。

 トオルは副村長としての決裁業務を午前中で終わらせ、昼休みには役場の窓口スタッフたちと談笑しながら茶をすする。誰も過労で倒れることなく、システムが村を自動で回していく。

(素晴らしい。これが俺の求めていた『公僕の理想郷』だ……)

 定時退社を確信し、午後はスアイのサウナでどのくらい汗を流そうかと考えていた、その時だった。

「カン、カン、カンッ!!」

 広場の見張り櫓から、鋭い半鐘の音が鳴り響いた。

 魔獣襲撃の乱打ではない。人間――それも、武装した集団の接近を知らせる合図だ。

「どうしました、マンミアさん!」

 トオルが役場を飛び出すと、東の防壁の門が大きく開かれ、銀色の甲冑に身を包んだ一団が、土足で村のコンクリート広場へと踏み込んでくるところだった。

 総勢五十名。全員がルナミス帝国の紋章を掲げた正規軍の騎士であり、その中央には、豪奢な法服を着た神経質そうな男がふんぞり返っていた。

「帝国内務省、特別査察局である!」

 法服の男が、拡声の魔導具を使って広場全体に響き渡る声で宣言した。

「このポポロ村の副村長、トオル! 貴様を『国家反逆罪』および『大規模密輸罪』の容疑で直ちに捕縛する!」

「……は?」

 トオルは目をパチクリと瞬かせた。

「国家反逆? 密輸? 一体何の話ですか。俺たちはただ、村のインフラを整えて……」

「黙れ、極悪人め!」

 査察官の男が、懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、トオルの足元に叩きつけた。

「昨日、この村からムーンキャピタルへ向かっていた商人の馬車を検束した際、隠し底からこの『裏帳簿』が発見されたのだ! ここには、貴様がドンガン地下帝国と結託し、関税を逃れて大量の武器と魔導素材を密輸している証拠が克明に記されている!」

「裏帳簿……?」

 トオルが足元の羊皮紙を拾い上げようとした瞬間、銀甲冑の騎士たちが一斉に剣を抜き、トオルを取り囲んだ。

「動くな! 既に貴様の悪事は帝都の知るところとなっている。大人しく縄につけ。さもなくば、この村ごと帝国の反逆拠点として焼き払うぞ!」

 騎士たちの殺気が広場を制圧した。

 だが、その殺気をさらに上回る、底冷えのするような『異常な気配』が、トオルの背後から膨れ上がった。

「……トオル君に、剣を向けたね?」

 キャルルだった。

 彼女のルビー色の瞳から、光(ハイライト)が完全に消失していた。

 普段の明るい兎耳は頭にピタリと張り付き、両手にはいつの間にか、ミスリル合金で作られた重厚なダブルトンファーが握りしめられている。

「私のトオル君を、どこに連れて行く気? トオル君は私のものだよ。私の村の、私の副村長。……それを奪おうとする泥棒さんは、全員ここで『お肉』に変えてあげる」

「な、なんだこの女は! 殺気が……!」

 騎士たちが思わず後退る。

 さらに、ドンッ! と地響きを立てて、マンミアがシールド『アグニ』を地面に突き立てた。

「我が命の恩人であり、村の頭脳であるトオルに謂れのない濡れ衣を着せるとは。帝国の騎士だろうと容赦はせん! 自警団、構えろ!!」

「オオオオオオッ!!」

 マンミアの号令に応え、獣人の男たちが近代鋼のスコップや鉄の槍、さらには『エンジン式チェーンソー』のスターター紐に手をかけ、目を血走らせて騎士たちを取り囲み始めた。

 ヒエンの神火が指先でチロチロと燃え上がり、スアイの周囲の気温が一気に氷点下へと下がる。

 一触即発。

 いや、戦闘が始まれば、この規格外の化け物揃いのポポロ村住人たちは、五十人の帝国騎士など数分で皆殺しにしてしまうだろう。

(駄目だ!! ここで帝国の正規軍と戦ったら、本当に『国家への反逆』が確定してしまう!)

 トオルは血の気を引かせた。

 いくら村のインフラが強固でも、大義名分を得た帝国軍数万が本気で攻めてくれば、この村は終わる。黒幕の狙いはまさにそこにあるのだ。村人を暴発させ、自滅させること。

「みんな、ストーーーップ!! 武器を下ろして!!」

 トオルは全速力でキャルルと騎士たちの間に割って入った。

「トオル君、どいて。そいつら、一瞬で掃除するから」

 キャルルの声に感情がない。本気だ。

「駄目です! ここで手を出したら、俺たちは本当に罪人になってしまう! 暴力じゃなく、正しい『手続き』で戦うんです!」

 トオルは虚空を睨み、ステータス画面を乱暴に展開した。

 現在の残高は10,153pt。防犯・工事カテゴリから、一つのアイテムを選択する。

【バリケードテープ(非粘着・黄色/黒色・100m巻/3pt)を具現化しますか?】

 ――YES!!

 残高10,150pt。

 トオルの手に、黄色と黒のトラ模様が強烈な自己主張を放つ、ビニール製の幅広テープの束が現れた。

 トオルはそのテープの端を役場の柱に結びつけると、ダッシュで騎士たちと村人の間を縫うように走り回り、広場の中央をぐるりと囲い込むようにテープを張り巡らせた。

「な、なんだこの派手な紐は!」

 査察官が狼狽する。

 テープの表面には、赤々と太い文字でこう印字されていた。

『立入禁止(KEEP OUT)――これより内側、現場保存区域』

「いいですか、査察官殿!」

 トオルはバリケードテープの内側に立ち、公務員特有の「絶対に相手のペースに乗らない」冷徹な声色で宣言した。

「この黄色と黒の線は、現場の証拠を保全するための『絶対的境界線』です! 現在、俺にかけられた容疑の証拠は、あなたが持ち込んだその不審な裏帳簿のみ! 帝国法に基づく正式な『財務局の合同監査』が行われるまで、このテープを越えて俺の身柄や村の資産を拘束することは、越権行為に当たります!」

「えっ……お、越権行為……?」

 近代官僚組織の圧倒的な「専門用語(ハッタリ)」と、見たこともない強烈なトラ模様の結界を前に、査察官と騎士たちは思わず足を止めた。

 彼らもまた、法と規則に縛られた役人なのだ。「手続きの不備」をこれほど堂々と指摘されると、手を出せなくなる。

「トオル君、この線は何? これを越えたら死ぬ呪い?」

 キャルルがトンファーを下ろし、不思議そうにテープをつついた。

「心理的な呪い(ルール)です。とにかく、キャルルさんも自警団も、絶対にこのテープを越えて騎士たちを攻撃しないでください!」

 トオルがなんとか暴発を食い止め、時間稼ぎに成功した、まさにその瞬間だった。

「どけやァアアアアッ!!!」

 広場の奥から、土煙を上げて一人の男が猛ダッシュで突っ込んできた。

 高級和装スーツを泥だらけにし、首元の金無垢のチェーンを振り乱した猫耳の青年――ゴルド商会のニャングルだ。

「ゼェ、ゼェ……! ワシがちょいと隣街まで商談に行っとる間に、ウチのシマで勝手な真似さらしてくれとるやんけ、帝国の犬どもが!」

 ニャングルはバリケードテープの前に陣取ると、査察官が投げ捨てた『裏帳簿』を拾い上げ、睨みつけた。

「フン、ゴルド商会の支店長か。丁度いい、貴様も密輸の共犯として……」

「黙れやポンコツ査察官が!!」

 ニャングルの怒声が、広場をビリビリと震わせた。

 彼の目は血走り、頭の上の猫耳は怒りで完全に逆立っている。

「国家反逆? 密輸? アホ抜かせ! お前らが持ち込んできたこの三流の『偽造帳簿』、誰の目ぇ盗んで作った思とんねん!」

 ニャングルは片手に持った純金メッキの魔導金算盤『十露盤(そろばん)』を、空に向けてシャカシャカシャカシャカッ!!! と、摩擦で火花が散るほどの異常な速度で弾き始めた。

「ワシの管理する完璧な財務システム(帳簿)に、こんな小学生の小遣い帳みたいな雑な偽造データを紛れ込ませて、ワシの『数字の美学』を汚した罪……! 万死に値するわボケェ!!」

 それは、トオルを守るためというより、完全に「自分のプライド(帳簿)に泥を塗られた商人のガチギレ」だった。

 ニャングルは十露盤を査察官の鼻先に突きつけた。

「ええやろ。合同監査でもなんでもやったるわ! このニャングル様が、お前らの持ち込んだその偽造帳簿の矛盾を、一銭の狂いもなく一厘一毛まで完全に洗い出して、論理の海に沈めたる!! トオル、ワシの執務室から例の『真理の書』を持ってこい!」

「『複式簿記の教科書』ですね、分かりました!」

 トオルは深く頷いた。

 黒幕リアクの放った「偽造の証拠」という刃。

 しかし彼らは、最も敵に回してはいけない男の逆鱗に触れていたのだ。

 帝国軍の包囲網の中、剣や魔法ではなく、ペンと算盤による壮絶な『監査バトル』の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。