EP 22
チェーンソーの咆哮
ドッガァアアアアアンッ!!!
ポポロ村の防壁前で、絶望的な質量の衝突音が轟いた。
「ぐ、がぁあっ……!!」
ケンタウロスの自警団長マンミアが、四肢の蹄で大地を削りながらズルズルと後退していく。
彼女の正面には、体長十メートルを超える異形の魔獣『死蟲将軍機』がそびえ立っていた。マンミアの決死のタックルを分厚い装甲で受け止めた将軍機は、その巨大な両腕のカマを高く振り上げる。
「マンミアさん!」
防壁の上からトオルが絶叫する。
将軍機の背中にある噴射器官からは、周囲の空気を黄色く染めるほどの猛毒の瘴気と、金属すら溶かす酸の霧がシュウシュウと漏れ出していた。近づくだけで肺が焼け爛れる死の領域。
(駄目だ、普通の武器じゃあの装甲は抜けない。それに、あの瘴気を吸い込んだら自警団が全滅する……!)
トオルは空中のステータス画面を叩き割るような勢いで展開した。
現在の残高は8,207pt。第4段階『工具・素材』のリストから、切り札となる機材を即座に選択する。
【チェーンソー(エンジン式・大型/15pt)を具現化しますか?】
【防塵マスク(N95規格・10枚セット/2pt)を具現化しますか?】
――YES!!
残高8,190pt。
トオルの足元に、真っ赤なボディを持つ巨大なエンジン式チェーンソーと、白いカップ型のマスクの束が現れた。
「俺じゃ重くて扱いきれない! 誰か、腕に自信がある奴は……!」
「あら。ずいぶんと物騒で、面白そうな鉄の塊じゃない」
トオルの背後から、ふわりと冷たい風が吹き抜けた。
機能的な作業ツナギを身に纏い、銀色の髪をなびかせた絶世の美女――元アバロン魔皇国の氷魔将軍、スアイだ。
「スアイさん!」
「サウナの薪割り用に一本欲しかったのよ。貸しなさい、副村長」
スアイは軽々と、重量十キロを超える大型チェーンソーを片手で持ち上げた。
「使い方は?」
「ここの紐を勢いよく引っ張って、エンジンの回転数を上げるんです。ですが、奴の周囲の毒ガスを吸い込んだら危険です! これを!」
トオルはN95規格の防塵マスクをスアイに手渡した。
「ただの布マスクじゃありません。微小な粒子やウイルスを95パーセント以上カットする、産業・医療用の絶対防護フィルターです。これを隙間なく顔に密着させてください!」
「ふふっ、本当に変な道具ばかり出す男ね」
スアイは素直に白いマスクを顔に装着し、ゴム紐を耳にかけた。美しい顔の半分が隠れたが、その瞳にはかつて『将軍』として戦場を蹂躙した頃の、冷酷で好戦的な光が宿っていた。
「さあ、いくわよ」
ブルンッ!
スアイがスターターの紐を勢いよく引く。
ガガガガッ……ブルルルルルルンッ!!
ポポロ村の空気を震わせ、2ストロークエンジンの暴力的な咆哮が轟いた。ガイドバーに沿って、無数の刃を持つソーチェンが目にも留まらぬ速度で回転し始める。
「な、なんだその唸る鉄の獣は!?」
マンミアを押し潰そうとしていた将軍機が、未知の駆動音にビクッと反応した。
「マンミア、退きなさい! 私の獲物よ!」
スアイが防壁の上から跳躍する。
「ギョェエエッ!」
将軍機が迎撃のために猛毒の瘴気を一斉に噴射するが、N95マスクで呼吸器を完全に保護されたスアイは、顔色一つ変えずに瘴気の霧を突き抜けた。
「まずは、その硬い殻を脆くしてあげるわ……『絶対零度』!」
スアイの空いた左手から放たれた極低温の冷気が、将軍機の分厚い装甲を瞬時に凍結させる。マイナス百度を超える冷気によって、鋼鉄のような甲殻の分子構造が硬直し、ガラスのように脆い状態へと変化した。
「そして、この唸る鉄の牙で……粉砕するっ!!」
ギャァアアアアアアアアッ!!!
スアイがフルスロットルでチェーンソーを振り下ろした。
凍結して脆くなった将軍機の甲殻に、高速回転する鋼の刃が食い込む。魔獣の硬い甲殻が、まるで薄い氷のように次々と削り飛ばされ、火花と氷の破片が猛烈な勢いで撒き散らされる。
「ギ、ギェエエエエエロッ!?」
将軍機が痛みと恐怖に絶叫するが、チェーンソーの刃は止まらない。
スアイはそのまま横薙ぎに刃を滑らせ、将軍機の巨大なカマの腕を両方とも根元から切断し、返す刀で胴体を斜めに真っ二つに両断した。
ズッシャァアアアアンッ!!
猛毒の酸を撒き散らす間もなく、将軍機の巨体が完全に沈黙し、地面に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
スアイがエンジンの回転を落とし、防塵マスクを外して銀髪をかき上げる。
圧倒的な質量と装甲を誇った将軍機が、たった一撃で木っ端微塵にされた光景に、周囲のネクロビートルやネクロマンティスたちは統制を失い、パニックを起こして蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。
「す、すげぇ……あのバケモノが、一瞬で挽肉になっちまった……」
「スアイ様万歳! トオルの兄ちゃんの鉄の獣、万歳!!」
自警団の男たちが、地鳴りのような歓声を上げる。
「トオル……すまない、またしてもお前の道具に救われた」
へたり込んでいたマンミアが、トオルを見上げて深々と頭を下げた。
「無事でよかったです、マンミアさん。俺の道具だけじゃない、スアイさんの魔法と、皆さんの時間稼ぎがあったからこその勝利ですよ」
トオルが微笑むと、キャルルが泣きながら飛びついてきて、トオルの胸に顔を埋めた。
「よがっだぁ……! トオル君が死んじゃうかと思って、すっごく怖かったよぉ……!」
(だから、泣きながら俺の服に新しいGPS用の毛を擦り付けるのをやめてください!)
ピロンッ♪
【死蟲将軍機を討伐し、村の絶対防衛を完遂しました。】
【軍事的脅威の排除と戦術兵器の提供により、貢献度ポイント +1,500pt を獲得しました。】
【現在の残高:9,690pt】
かつてない桁外れのポイント報酬。
トオルは小さくガッツポーズをした。これで、村のインフラはさらに次の次元へと引き上げられる。
***
その夜、ポポロ村の広場は、これまでにない規模の盛大な勝利の宴に包まれていた。
広場の中央には、ドラム缶ほどもある巨大な中華鍋が据えられ、燃え盛る薪の炎で熱せられた大量の油がパチパチと音を立てている。
「ガハハハッ! さぁ野郎ども、極上の『戦勝祝い』を食うドスよ!」
厨房を預かるのは、元合体魔将でちゃんこ屋『土雷亭』の親方・ダストンだ。
彼がまな板の上に置いたのは、昼間討伐した死蟲将軍機の巨大な尾肉だった。毒袋を丁寧に取り除き、純白でぷりぷりとした極上の筋肉部分だけを切り出していく。
「特大のネクロバグの尻尾! これに卵と小麦粉をまぶして、一気に揚げるドス!」
ジュワァアアアアアッ!!!
巨大な身が油に投じられると、広場一帯に暴力的なまでの香ばしい匂いが弾けた。
「お待たせしたドス! 限界集落ポポロ村名物、『特上・ネクロバグ海老天丼』ドス!!」
トオルの前に出されたのは、顔より大きい木鉢に山盛りにされた白飯と、その上にドンッ! と乗った、長さ三十センチを超える黄金色の天ぷらだった。そこに、甘辛い特製のタレがたっぷりと回しかけられている。
「いただきます……ッ!」
トオルは両手で巨大な天ぷらを掴み、豪快にかぶりついた。
サクッ。
心地よい衣の音の直後、中から弾け出したのは、伊勢海老を百倍に濃縮したような爆発的な旨味と甘みだった。
「美味すぎる……!」
熱々の肉汁と甘辛いタレが、硬めに炊かれたサンライスと完璧に絡み合う。死闘の後の疲労した体に、暴力的なカロリーと旨味が染み渡っていく。
前世の市役所で、冷え切ったコンビニ弁当を泣きながら食べていた頃とは次元が違う。これが、生きるための「食事」だ。
「ぷはぁっ! 労働の後のイモッカと天丼は最高ね!」
「オラオラ、もっと持ってこい! 腹の虫が鳴り止まねぇぜ!」
スアイやヒエン、自警団の男たちも、笑顔で丼を掻き込んでいる。
村人全員が、自分たちの力で勝ち取った勝利の味を噛み締めていた。
しかし、その熱狂の輪から少し離れた場所で、ニャングルが一人、羅宇煙管をふかしながら深刻な顔で十露盤を弾いていた。
「……トオル、ちょっとええか」
ニャングルが、手招きでトオルを人影の少ないテントの裏へと呼んだ。彼の懐には、帝国特有の真紅の蝋で封がされた、一通の羊皮紙が収められていた。
「どうしたんですか、ニャングルさん。顔色が悪いですよ」
「アホ。ワシの顔色やない、この村の将来が真っ暗になるかもしれんのや」
ニャングルは周囲を警戒しながら、羊皮紙をトオルに突きつけた。
「ゴルド商会の帝都本店からの急報や。……死蟲軍の精鋭を無傷で粉砕し、難民を受け入れ、鉄と石で強固な城壁を築き上げた『ポポロ村』の噂が、ついに王都の最深部まで届いたらしい」
「……!」
「限界集落のはずが、帝国の正規軍すら凌駕する防衛力と、謎の高度なインフラ技術を持つ独立要塞に変貌しとる。この異常事態を、帝国上層部が見逃すはずがない」
ニャングルはキセルを強く噛み締めた。
「トオル。ルナミス帝国の第2代皇帝、あの冷徹なる哲人政治家・マルクス皇帝陛下ご自身が、この村を『直接視察』しに来るそうや。お忍びの極秘行脚でな」
「皇帝が……直接!?」
トオルは息を呑んだ。
ゲル伯爵のような一地方の貴族とは次元が違う。この大陸の半分を支配する超大国のトップが、ポポロ村を「国家の脅威」かどうか見極めにやってくるのだ。
「もし皇帝の逆鱗に触れたり、危険分子やと判断されれば、帝国の全軍をもって村ごと消し炭にされるで。……お前、どうする気や?」
ニャングルの問いに、トオルは手元の防水メモ帳を強く握りしめた。
「どうするも何も、俺のやることは変わりませんよ」
トオルの瞳に、揺るぎない公僕の光が宿る。
「相手が皇帝だろうと難民だろうと、ここは『誰もが安心して駆け込める場所』です。インフラを整え、おもてなしをして、うちの村の安全性を証明するだけです」
国家の頂点たる皇帝と、一介の過労死公務員。
インフラが生み出した強大すぎる力が、ついに世界のパワーバランスそのものを揺るがす、次なるステージへの幕が上がろうとしていた。




