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EP 20

鉄の骨格

 ポポロ村の東側に構築された、V字型の深い塹壕と逆茂木による迎撃陣地。

 死蟲軍の第一波を無傷で退けたこの「キルゾーン」の背後に、トオルは次なるインフラの建設を計画していた。

「ここに、高さ三メートル、厚さ五十センチの『防壁』を一直線に建てます。もし塹壕を越えられたとしても、この壁で村への侵入を完全にシャットアウトするためです」

 トオルが防水メモ帳に引いた図面を見せると、集まった自警団の男たちやヒエンが頷いた。

「なるほど。この前の『コンクリート』ってやつを流し込んで、石の壁を作るんだな! スコップもあるし、ネコ車で運べばすぐだぜ!」

 ヒエンが近代鋼のスコップを肩に担いで快活に笑う。

 しかし、トオルは首を横に振った。

「コンクリートだけで壁を作っては駄目なんです」

「なんでだ? あんなにカチカチで、馬車の車輪でもビクともしなかったじゃねえか」

「コンクリートは、上から押しつぶされる力――『圧縮』には非常に強いんです。ですが、横から引っ張られる力や、曲げられる力――『引張(ひっぱり)』には極端に弱い。もし大型の魔獣が壁に全力で体当たりした場合、コンクリート単体だと、曲がる力に耐えきれずにあっさりとヒビが入り、崩壊してしまいます」

 前職で建築や土木の基礎を学んでいたトオルならではの視点だった。

「なるほど……石は硬いが、しなりがないから脆いということか。では、どうするのだ?」

 マンミアが不思議そうに問う。

「石の鎧の中に、『鉄の骨』を通すんです」

 トオルは空中のステータス画面を展開した。現在の残高は7,738pt。

 建築・工具カテゴリから、新たな資材を連続で選択する。

【鉄筋(異形棒鋼・大量/15pt)を具現化しますか?】

【安全ヘルメット(20個/5pt)を具現化しますか?】

【番線(結束線)とシノ(工具セット/3pt)を具現化しますか?】

 ――YES!

 残高7,715pt。

 ガシャァアンッ!! と、重たい金属音が響き、トオルの足元に表面がデコボコとした無数の鉄の棒が山積みになった。その横には、黄色いプラスチック製のヘルメットの束と、黒い針金、そして先端が少し曲がった鉄の工具(シノ)が現れた。

「まずはこれ。工事現場の基本は『安全第一』です」

 トオルは黄色いヘルメットを村人たちに配った。

「上から物が落ちてきた時、頭を守るための保護帽です。現場に入る時は必ず被ってください」

「おお、軽いのにやけに頑丈だな! しかも目立つ黄色だ!」

 ヒエンが嬉しそうにヘルメットを被る。獣人の男たちも、耳を巧みに避けながらヘルメットを装着していく。

 マンミアは自分の馬の下半身と人間の上半身を交互に見比べ、「……私はどこに被ればいいのだ?」と真剣に悩んでいたが、最終的に普通に頭にちょこんと乗せて顎紐を締めた。

「よし。全員被りましたね。次に、この『鉄筋』を格子状に組んでいきます」

 トオルが異形棒鋼を一本持ち上げた。

「表面がボコボコしているのは、コンクリートとガッチリ噛み合うためです。ヒエンさん、この鉄筋を図面通りの長さに切り出して、曲げてもらえますか?」

「おう! 俺の神火に任せな!」

 ヒエンが指先から紅蓮の炎を放射し、鉄筋を赤熱させて飴細工のように曲げていく。半神の彼にかかれば、巨大な鉄筋加工機など不要だった。

 切り出された鉄筋を縦横に交差させ、壁の骨組みを作っていく。

「トオル、この交差した部分は魔法で溶接するのか?」

「いえ、これを使います」

 トオルは黒い細い針金(結束線)を交差部分に巻きつけ、フック状の工具『シノ』をその輪に引っ掛けた。そして、クルクルッ、と手首を素早く回転させて針金をねじり上げ、鉄筋同士をガッチリと固定した。

「おおっ! 一瞬で縛り上げたぞ!」

「この『シノ』という道具でねじるだけで、強固に固定できるんです。これを『結束』と呼びます。さあ、皆さんもやってみてください!」

 トオルがシノと結束線を配ると、村の男たちはすぐに見よう見まねで結束作業を始めた。

「おっ、クルクル回すの、なんか楽しいな!」

「よし、俺のほうが速く縛れるぜ!」

 獣人特有の器用さと負けず嫌いが発揮され、鉄の骨格は恐ろしいスピードで編み上げられていった。

「トオル君。鉄を中に入れたら、錆びてボロボロになっちゃわないの?」

 見学に来ていたキャルルが、少し心配そうに兎耳を傾けた。

「そこが、鉄とコンクリートの奇跡的な相性なんです」

 トオルはヘルメットのひさしをクイッと上げ、誇らしげに語った。

「コンクリートは強いアルカリ性を持っています。鉄はアルカリ性の環境下では絶対に錆びません。さらに、鉄とコンクリートは熱で膨らんだり縮んだりする割合(熱膨張係数)がほぼ同じなんです。だから、温度変化で中で鉄が剥がれることもない」

「ええっ、そうなの!?」

「ええ。引張に強い鉄と、圧縮に強いコンクリート。お互いの弱点を補い合い、長所を極限まで引き出し合う。近代建築を支える最強の構造、それが『鉄筋コンクリート(RC構造)』です」

 木枠(型枠)で鉄の骨組みを囲い、その中にネコ車で運んできたドロドロのコンクリートを流し込んでいく。

 夕方になり、型枠を外した時。

 そこには、継ぎ目のない一枚岩のような、高さ三メートルの堅牢極まる灰色の防壁が完成していた。

「す、すげぇ……!」

 マンミアが壁を手で撫で、その冷たく硬い感触に震える。

「私のパイルバンカーを全力で撃ち込んでも、この壁を貫通できるかどうか……。中に鉄の骨が通っていると思えば、どれほどの安心感か」

「これで、どんな巨大な魔獣が体当たりしてきても、簡単には崩れません。村の物理防衛は、一つの完成形を迎えましたよ」

 トオルがヘルメットを脱いで汗を拭うと、村人たちから割れんばかりの歓声が上がった。

 ピロンッ♪

【鉄筋コンクリート(RC構造)による強固な物理防壁を構築しました。】

【村の絶対防衛基盤の確立により、貢献度ポイント +500pt を獲得しました。】

【現在の残高:8,215pt】

「ふふっ。防壁工事、お疲れ様」

 歓喜に沸く現場に、涼やかな声が響いた。

 機能的な作業ツナギを着こなした銀髪の美女、スアイだ。彼女の肌からは、心地よい熱気と仄かな木の香りが漂っている。

「スアイさん。サウナの開拓、進んでますか?」

「ええ。あんたたちが壁を作ってる間に、私の『ポポロ・ウィンターリゾート』の第一期工事も完成したわ。今日はそのプレオープンよ。汗を流した男たち、全員まとめて私の極寒テントサウナで『ととのえ』てあげるわ」

「うおおおっ!! スアイ様のサウナだぁああ!!」

 過酷な土木作業を終えた村の男たちが、歓喜の雄叫びを上げてポポロ山麓へと駆け出していった。

***

 ポポロ山麓、スアイが開拓したリゾートエリア。

 そこには、断熱性の高い分厚いテントが張られ、中ではスアイが自作した薪ストーブの上に、熱く焼けた石(サウナストーン)が積まれていた。

「いい? 焼けた石にこのアロマ水をかけるの。これを『ロウリュ』って言うらしいわね。あんたのいた世界の知識、なかなか使えるじゃない」

 スアイが石に水をかけた瞬間、ジュワァアアアッ! という心地よい音とともに、白樺の香りを乗せた熱波がテント内に充満した。

「あっっつ!! でも、すげぇ気持ちいい!!」

 ヒエンが汗だくになりながら笑う。トオルも、筋肉痛になりかけていた全身の血流が巡り、疲労物質が流れ出ていくのを感じた。

「十分に温まったら、外の水風呂よ」

 テントを出ると、スアイが氷魔法で整えた特製の水風呂が待っていた。さらに、その中には村で採れた怪奇野菜『マイナス茄子(常に氷点下を維持する茄子)』がプカプカと浮いており、水温を一桁台の極寒に保っている。

「ひぃっ!? つめたいっ!!」

 熱々の体で水風呂に飛び込み、悲鳴を上げる男たち。

 だが、その直後、山麓の涼しい夜風を浴びてインフィニティチェアに寝そべった瞬間、彼らの魂は肉体から解き放たれた。

「……あぁ……」

「溶ける……空に吸い込まれる……」

 心臓の鼓動が静まり、全身を駆け巡る血液の感覚だけが研ぎ澄まされていく。究極の深いリラックス状態。いわゆる『ととのう』現象だ。

「最高だな……」

 トオルが星空を見上げながら呟くと、隣のチェアでヒエンが「あぁ、生きてて良かったぜ」とだらしなく笑った。

 風呂上がりには、ダストンが用意した『冷えたイモッカ(芋焼酎のソーダ割り)』と、ヒエンが焼いた『肉椎茸とガーリッ君のステーキ』が待っていた。

 防壁の完成という絶対的な安心感の中で、男たちは最高の情緒報酬を貪るように味わった。

***

 だが。

 光が強くなれば、落ちる影もまた濃くなる。

 ポポロ村から遠く離れた、天魔窟の中枢母巣(ハイヴ・コア)。

 モニターの前に座る魔人ギアンは、ピエロマスクの奥で狂気的な哄笑を漏らしていた。

「アハハハハッ! 鉄と石の壁を作った? 馬鹿だなぁ、そんな固定された陣地なんて、僕の新しいおもちゃの標的にしてくださいって言ってるようなもんじゃないか!」

 ギアンの背後。

 孵化室の暗がりから、ズシン、ズシンと大地を揺るがす重たい足音が響いていた。

 そこにいたのは、通常のネクロアントではない。

 鋼鉄をも弾き飛ばすほどの分厚いミスリル甲殻を持ち、巨大な角を備えた重戦車――『死甲虫機(ネクロビートル)』。

 さらにその奥には、複数の死蟲機を悪魔合体させた巨大な異形、戦線統括指揮官たる『死蟲将軍機(ネクロジェネラル)』の禍々しいシルエットが浮かび上がっていた。

「さあ、見せておくれよ。君たちのその小綺麗なインフラが、圧倒的な質量と暴力の前に、絶望とともにひしゃげる最高の喜劇(コメディ)をねぇ!」

 進化した死蟲軍の最凶の刃が、完成したばかりのポポロ村の防壁へと、確かな殺意を持って向けられていた。

読んでいただきありがとうございます。

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