EP 19
村の基礎工事
ポポロ村に恵みの雨が降った翌日。
畑の作物にとっては喜ばしい天候だったが、村のメインストリートは最悪の惨状を呈していた。
「あかーん! 車輪が泥にハマってピクリとも動かんやんけ!」
ぬかるんだ道の中央で、ニャングルが泥だらけになりながら悲鳴を上げていた。ゴルド商会から仕入れた物資を積んだ荷車が、車軸の深さまで泥に沈み込んでいる。
「むむぅっ……! 踏ん張りが利かん!」
自警団長のマンミアも、自慢の蹄を滑らせて泥だらけになっていた。ケンタウロスの巨体と重装備は、足場が悪い泥濘においては致命的な弱点となる。
「……インフラの基本は『水』と『道』だ。上水道の次は、やっぱり道路網の整備だな」
長靴を履いたトオルが、防水メモ帳にペンを走らせながら深くため息をついた。
どれだけ豊かな物資があろうと、それを運ぶ道が死んでいれば経済は回らない。さらに、いざ魔獣や軍隊が攻めてきた時、足場が悪ければ自警団の機動力は半減してしまう。
「トオル君、どうするの? 魔法で土を固めるにしても、この広さじゃ村中の魔法使いの魔力がすっからかんになっちゃうよ」
キャルルが心配そうに長い兎耳を垂らす。
「魔法の力に頼り続けると、術者が倒れた時に村の機能が完全にストップします。大事なのは、誰でも作れて、半永久的に維持できる『物理的な基盤』です」
トオルはそう宣言し、空中のステータス画面を開いた。
現在の残高は7,400pt。
まずは、正確な設計図を作るための道具と知識を引き出す。
【『測量技術書』(30pt)を具現化しますか?】
【巻尺(メジャー・50mスチール製/2pt)を具現化しますか?】
――YES。
残高7,368pt。
トオルの手に、分厚い測量の専門書と、黄色い丸型のメジャーが現れた。
「マンミアさん、ちょっとその巻尺の先端を持って、あそこの杭まで引っ張ってくれませんか?」
「う、うむ。こうか?」
カチャカチャカチャ……。
マンミアが引っ張ると、金属製のメジャーが小気味よい音を立てて伸びていく。
「これは……鉄の紐に、細かい線と数字が規則正しく刻まれているな?」
「ええ。『メートル』という単位です。この世界では親指の幅や歩幅で長さを測っているようですが、それだと人によって誤差が出ます。まずは村の共通規格を定めて、道路の幅と傾斜を正確に計算するんです」
トオルは『測量技術書』に基づき、雨水が自然と側溝に流れるように、道路の中央をわずかに高くする『拝み勾配(かまぼこ型)』の設計図を引いた。水たまりができない道を作るための、土木工学の基本である。
「よし、これで道の形は決まりました。次は、この泥の道を『石』に変えます」
「石に変えるって……まさか、山から石畳を切り出して敷き詰めるのか? そんなどえらい重労働、何ヶ月かかる思とんねん!」
ニャングルがキセルを落としそうになりながら叫ぶ。
「切り出しませんよ。石は、『粉』から作ります」
トオルは再びステータス画面を操作した。
【ポルトランドセメント(25kg袋×20袋/15pt)を具現化しますか?】
――YES。
残高7,353pt。
ドサッ、ドササッ!! と重たい音を立てて、トオルの足元に茶色いクラフト紙の袋が山のように積み上げられた。
「なんだ、この重たい粉は……? 小麦粉じゃないよな?」
様子を見に来ていたヒエンが、不思議そうに袋を持ち上げる。
「それは『セメント』です。石灰石や粘土を焼き固めて粉砕したもので、これに水と砂、そして砂利を混ぜて練ると、化学反応を起こしてカチカチの石……『コンクリート』になるんです」
「水を混ぜるだけで石になる魔法の粉だと!?」
村人たちがざわめく。
「ヒエンさん、村の男たちを集めて、川原から砂利と砂を運んできてください。比率はセメント1に対して、砂3、砂利6の割合です」
「おう! 任せとけ!」
半神の腕力を持つヒエンと、屈強な獣人の自警団員たちが、近代鋼のスコップを振るって猛烈な勢いで砂利を集め始めた。
しかし、いかに彼らの力があっても、重たい土砂や練り上がったコンクリートを泥道の中で運ぶのは骨が折れる。バケツリレーでは日が暮れてしまう。
「運搬の効率化も必要だな」
【一輪車(ネコ車・深型/5pt)を3台具現化しますか?】
――YES。残高7,338pt。
トオルの足元に、青く塗装された鉄製の『ネコ車(一輪車)』が三台現れた。
「うおっ! なんだこの奇妙な手押し車は。車輪が一つしかないぞ?」
「『一輪車』です。車輪が一つだから、狭い足場や泥道でもバランスを取りながら進める。しかもテコの原理で、重い土砂でも一人で楽に運べるんですよ」
試しに、熊耳の獣人が土砂を山盛りに積んだネコ車を持ち上げた。
「お、おおおっ!? 嘘だろ、こんなに重いのに、前輪に重さが逃げてスイスイ進むぞ!」
「すげぇ! これなら荷車の半分以下の労力で何往復もできる!」
男たちが歓声を上げ、ネコ車を使って次々と土砂とセメントを木箱へ運び込む。
そこに水を加え、スコップで豪快に練り混ぜていく。
「おやっ? トオルの兄ちゃん、この泥、なんだか熱を持ってきたぞ!?」
混ぜていたヒエンが驚きの声を上げる。
「水とセメントが結びつく時の『水和熱』という化学反応です。この熱が出ている間に、設計図の通りに道に流し込んで、表面を平らにならしてください!」
ドロドロのコンクリートが、ぬかるんだメインストリートに流し込まれていく。トオルが木の板を使って表面を滑らかに均し、拝み勾配をつけていく。
数時間後。
太陽の光を浴びて乾燥したコンクリートは、白っぽい灰色へと色を変え、完全に硬化していた。
「こ、これは……!!」
マンミアが、恐る恐るその灰色の道の上に蹄を下ろした。
カツンッ。
硬質で心地よい音が響く。泥のように沈み込むこともなく、滑ることもない。完璧に平らで、一枚岩のように強固な道。
「すごい……! 私の全体重をかけて踏み込んでも、ビクともしないぞ!」
マンミアが興奮した様子で、コンクリートの道の上を小走りで駆け回り始めた。タッタッタッ、と蹄の音が軽快に響く。
「これなら、いざという時の突撃も最速で決まる! 素晴らしい、素晴らしいぞトオル!」
「車輪も全く沈まへん! これなら積載量を三倍にしても馬が引けるで!」
ニャングルが荷車を押しながら、猫耳をピンと立てて歓喜している。
村人たちも、泥だらけの長靴を脱ぎ、硬く平らな道を確かめるように歩き始めた。
「すげぇ……魔法も使わずに、泥の道を石の道に変えちまった……!」
「これで雨の日でも、靴を汚さずに広場まで歩けるね!」
ピロンッ♪
【測量技術とコンクリート打設により、村の交通インフラを抜本的に改善しました。】
【労働環境および物流への多大な貢献により、貢献度ポイント +400pt を獲得しました。】
【現在の残高:7,738pt】
ポイントの通知音を聞きながら、トオルは額の汗を拭った。
「これで物流と生活の基盤は固まりました。次は、このコンクリートを応用して、村の東側に絶対的な『防衛壁』の基礎を作りますよ」
「おう! 鉄のスコップとこの石の粉があれば、どんな要塞でも作れそうだな!」
ヒエンがハンマーを肩に担ぎながら笑う。
そんな中。
新しい道具を手に入れてテンションが上がりきった獣人の自警団員たちが、ネコ車(一輪車)を並べて何やら不穏な動きをしていた。
「おい、この一輪車、タイヤがゴムでできてるからめちゃくちゃスピード出るぞ!」
「よぉし、誰が一番速くコンクリートの道の端まで行けるか、レースしようぜ!」
「俺は砂利を山盛り積んでハンデつけてやるよ!」
ブォンッ! という謎の掛け声とともに、筋骨隆々の男たちがネコ車を押しながら、真新しいコンクリートの道を猛烈なスピードで爆走し始めた。
「あっ! こら、お前ら! 出来立ての道路でネコ車レースをするな! 制限速度は時速二十キロだ!!」
トオルが公務員の顔になって注意するが、競争本能に火のついた獣人たちは「ウオオオオッ!」と砂煙を上げて駆け抜けていく。
「あーあ、せっかくの綺麗な道なのに……トオル君、大変だねぇ」
キャルルがクスクスと笑いながら、トオルの顔の汗を例の『人参柄のハンカチ(特級GPS呪物)』で優しく拭いてくる。
「……キャルルさん、そのハンカチで拭かれると、俺の現在位置情報が更新されてる気がして妙に背筋が寒くなるんですけど」
「えへへ♡ 気のせいだよ、トオル君♡」
ハイライトの消えた瞳で見つめられ、トオルは深々とため息をついた。
インフラの整備は順調に進んでいる。だが、この強力すぎる素材と個性的な村人たちが組み合わさった時、ポポロ村はただの農村から、誰も手がつけられない『重武装要塞都市』へと急速に変貌を遂げつつあった。
そしてその急成長は、ムーンキャピタルのゲル伯爵、ひいては帝国の暗部を牛耳る仮面結社の耳にも、確かな脅威として届き始めていたのである。
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