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EP 18

第4段階の解放

 ムーンキャピタルでの公開審査から帰還した翌日。

 ポポロ村は、これまでにないほどの活気と熱気に包まれていた。ゲル伯爵の経済封鎖が名実ともに打ち破られたことで、周辺の行商人たちが再び村を訪れるようになり、ニャングルの手配した物資も続々と運び込まれていた。

 村長邸の自室で、トオルは一人、空中のステータスウィンドウを見つめていた。

「昨日の公開審査で、一気にポイントが跳ね上がったな……」

 現在の残高は7,427pt。

 日用品や薬をチマチマと出していた頃とは桁が違う。だが、トオルの目はポイントの残高ではなく、その下に点滅している新たなシステムメッセージに釘付けになっていた。

ピロンッ♪

【条件達成:広域インフラの正当性を証明し、自治体の経済的自立を確立しました。】

【第4段階:『工具・素材』カテゴリが解放されました。】

「……来た!!」

 トオルは思わずガッツポーズをした。

 これまで解放されていたのは『小物』『衛生』『知識』といった、あくまで完成品や情報だけだった。しかし、ついに「インフラそのもの」を作るための物理的なパーツがアンロックされたのだ。

 リストをスクロールすると、釘、ネジ、木材、そして近代的な土木資材がずらりと並んでいる。

「これなら、ただの応急処置じゃない。この村の地下に、本物の上下水道網を敷けるぞ」

 トオルはすぐさま部屋を飛び出し、広場へと向かった。

 そこには、自警団の面々と共に、半神半人の鍛冶師・ヒエンが、愛用のハンマーを手入れしながら待機していた。

「おう、トオルの兄ちゃん。今日は一体どんな面白い設計図を見せてくれるんだ?」

 ヒエンが人懐っこい笑みを浮かべる。

「設計図だけじゃありません。今日は、実物を出します」

 トオルはステータス画面を操作し、新たなカテゴリからアイテムを選択した。

【スコップ(近代鋼・10本セット/10pt)を具現化しますか?】

【塩化ビニル管(塩ビパイプ各種ジョイント込み・大量/17pt)を具現化しますか?】

 ――YES。

 残高7,400pt。

 トオルの足元に、金属の重たい衝突音とともに、見慣れた銀色のスコップの束と、大量のグレーの長いプラスチック管(塩ビパイプ)が積み上がった。

「な、なんだこれは……?」

 ヒエンが、吸い寄せられるように近代鋼のスコップを手に取った。

 彼は柄を握り、軽く地面を叩き、刃の弾力を確かめるように曲げてみる。半神の腕力でしならせても、スコップは折れることなく、美しい反発力で元の形に戻った。

「おいおい、嘘だろ……!?」

 ヒエンの目が、鍛冶職人としての驚愕に見開かれる。

「なんだこの鉄は!? 不純物が一切ない! ドンガン地下帝国のドワーフが数ヶ月かけて打つ『ミスリル鋼』並みに硬くて、しかも恐ろしく軽いぞ! これを大量生産できるのか!?」

「ただの焼入れされた近代鋼ですよ。人間工学に基づいて、一番力が入りやすいように重心が設計されているんです」

 トオルが淡々と答えると、今度は獣人の自警団員がスコップを手にして地面に突き立てた。

 ザクッ!!

 硬い木の根が混ざった土が、まるで豆腐のようにスッパリと切り取られ、軽々と放り投げられた。

「すげぇ! 今までの木のスコップや粗悪な鉄の鍬とは次元が違う! これなら一日に何十メートルも溝が掘れるぞ!」

「獣人の筋力とこのスコップが合わされば、もはや重機並みですね」

 トオルは次に、塩ビパイプを一本持ち上げた。

「そして、掘った溝にこの『塩化ビニル管』を埋設します。軽くて絶対に腐らず、水漏れもしない、最強の水路です」

「この灰色の筒が……? 鉄でも木でもない、不思議な手触りだな」

 マンミアがパイプをコツコツと叩きながら感心している。

「ただ、これを村中に繋ぎ合わせるには、パイプ同士を接着するか、熱で曲げる必要があります。ヒエンさん、あなたの『神火』で、このパイプの表面を焦がさないように少しだけ温められますか?」

「お安い御用だぜ!」

 ヒエンが指先に小さな紅蓮の炎を灯し、二本の塩ビパイプの接合部を撫でるように炙った。プラスチックが熱で程よく軟化し、トオルがそれをグッと押し込んで接着する。

 数秒後、冷却された接合部は完全に一体化し、微かな水漏れすら許さない完璧なパイプラインが完成した。

「神話の炎で塩ビパイプの配管工事をする日が来るとはな……」

 トオルは苦笑したが、異世界の能力と現代の素材の親和性は抜群だった。

 村人たちの歓声とともに、大規模な水道管敷設工事がスタートした。

 獣人たちが近代スコップで猛烈な速度で溝を掘り、ヒエンが塩ビ管を溶接し、マンミアがシールドの重みで埋め戻した土をドスドスと踏み固めていく。

 主人公一人では到底不可能な大工事が、仲間たちの力によって恐ろしいスピードで現実のものとなっていた。

***

「……おいおいおい、なんやこのお宝の山は!」

 工事現場の様子を見に来たニャングルが、塩ビパイプと近代鋼のスコップを撫で回しながら、猫耳をピンと立てて鼻息を荒くしていた。

「この軽くて腐らん筒……それにこの極上の鋼! トオル、これドンガン地下帝国に持っていったら、ドワーフの連中が涎垂らして金貨の山と交換するで!」

「売り物じゃありません。村のインフラ用です」

「アホ! 村の分だけやのうて、余分に出して『隠田』のルートから密輸するんや! 関税なしでドンガンの最新魔導機械と交換すれば、この村の防衛力は帝国の要塞すら超えるでぇ!」

 ニャングルが十露盤を弾きながら、黒い笑みを浮かべる。

「ポポロ村はすでに帝国法を論破した。これからは、表は『合法』、裏はドンガンとの『密輸条約』で、完全に独立した経済圏を回すんや」

「勝手に国際的な密輸ルートを確立しないでくださいよ……!」

 トオルが頭を抱えかけた時だった。

「トオル君、お疲れ様!」

 パタパタと足音を立てて、キャルルが冷たい麦茶の入った水筒と、一枚の布を持って駆け寄ってきた。

「すごいね! これで村中に綺麗な水が届くようになるんだね。はい、汗かいてるからこれで拭いて!」

 キャルルが差し出したのは、可愛らしい「人参の刺繍」が施された真っ白なハンカチだった。

「ありがとうございます。わざわざ作ってくれたんですか?」

「うんっ! トオル君のために、昨日の夜、一生懸命縫ったの。……絶対、肌身離さず持っていてね?」

 トオルがハンカチで額の汗を拭うと、どこか甘く、安らぐような良い香りがした。

「いい匂いがしますね」

「えへへ……。これでトオル君がどこにいても、私、すぐに見つけられるから……♡」

 キャルルがはにかんだ瞬間、彼女のルビー色の瞳からスッとハイライトが消えたような気がした。

(ん? 今、なんて言った?)

「おい、三流公務員」

 木陰でポポロシガーを吹かしていたネギオが、伊達メガネを光らせながらボソリと呟いた。

「お前、それに気づいてないのか? そのハンカチの刺繍糸、月兎族の『闘気』と『体臭』を限界まで練り込んで編み込まれた、特級呪物クラスの『発信機(GPS)』だぞ。それを所持している限り、あの村長は数千キロ離れていても、匂いと波長でお前の座標を完全に捕捉できる」

「…………ッ!!」

 トオルの背筋に、氷の刃を押し当てられたような悪寒が走った。

 手の中の人参柄のハンカチが、急に恐ろしい追跡装置に見えてくる。

「も、もちろん大事にしますよ! ポケットの一番奥にしまっておきますから!」

「うんっ♡ トオル君、だぁーいすき!」

 満面の笑みでトオルの腕に抱きつくキャルル。

(逃げられない。俺はもう、物理的にも社会的にも、この村から絶対に逃げられない……!)

 トオルが冷や汗を流しながらも決意を新たにしている間にも、広場の地下では最初のパイプラインが開通しようとしていた。

「よし、水門を開けろ!」

 ヒエンの合図で、バルブが開かれる。

 ゴボァッ! という音とともに、広場に設置された蛇口から、携帯浄水フィルターを通して濾過された透き通るような水が、勢いよく噴き出した。

「おおおおっ!!」

「村の中央まで、泥水じゃない綺麗な水が直接届いたぞ!」

 村人たちが歓声を上げ、溢れ出る清流に手を伸ばす。

 それは、ポポロ村がただの農村から、近代的な『都市インフラ』を持つ要塞へと進化を遂げた第一歩だった。

 第4段階の解放。

 トオルと仲間たちの手によって、異世界の常識を覆す公共事業は、いよいよ本格的な土木工事のフェーズへと突入していく。

読んでいただきありがとうございます。

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