EP 16
畑の改革者
ムーンキャピタルでの「公開審査」まで、あと二日。
トオルは村長邸のデスクで、村の食糧備蓄の台帳と睨み合っていた。難民五十人を受け入れ、感染症の危機は去ったものの、急増した人口の胃袋を満たすためには、抜本的な農業生産の向上が不可欠だった。
「……計算上は足りるはずなんだが、最近、農地での収穫量が落ちている」
トオルが呟くと、お茶を淹れていたキャルルが心配そうに兎耳を垂らした。
「泥沼さんの畑だね。村で一番広い農地なんだけど、最近、作物の元気がなくて。おまけに、ガーリッ君とメロロンの様子もおかしいの」
「ガーリッ君とメロロン……」
トオルは頭を抱えた。
ガーリッ君は、極上のスタミナ成分を持つが、致命的な口臭とウザ絡みをしてくるニンニクの魔植物だ。
そしてメロロンは、甘い言葉で農家を籠絡し、家庭崩壊(キャバクラ通い状態)を引き起こす恐るべき魔性果実である。村の有力農家である泥沼夫妻は、このメロロン栽培に手を出したせいで、今や完全な冷戦状態の『仮面夫婦』と化していた。
「現地を見に行きましょう。食糧問題は村の死活問題だ」
トオルとキャルルが泥沼夫妻の畑に到着すると、そこは異様なカオス空間と化していた。
『ねぇねぇオジサン! このメロン女、ワシの土の養分吸いすぎだって! 息苦しいんだけど! てかオジサンの奥さん、昨日もイケメン風の野菜に水やってたよ!?』
『ああん……泥沼さんのくれるお水、とっても美味しい……♡ もっと、もっと私に頂戴……♡』
畝の右側でガーリッ君が喚き散らし、左側で肥大化したメロロンが妖艶に身をよじっている。
その真ん中で、農家の泥沼源蔵と妻の恵は、互いに一言も口を利かず、死んだ魚のような目で機械的に水を撒いていた。
「ひどい有様だな……」
「トオル君、これって魔植物同士が喧嘩してるの?」
「いや、これは土が死にかけているんです」
トオルは足元の土を一つかみ取り、指先で崩した。パサパサに乾燥し、マナ(生命力)の気配が著しく薄い。
「同じ土地で、養分を大量に消費する作物ばかりを連続して育てた結果、『連作障害』……異世界風に言えば『マナ枯渇』が起きているんです。だからガーリッ君もメロロンも、少ない養分を奪い合って暴走している」
トオルは空中のステータス画面を開いた。
現在の残高は6,287pt。知識カテゴリから、ある一冊の専門書を選択する。
【『農業用輪作ガイド』(30pt)を具現化しますか?】
――YES。
残高6,257pt。
トオルの手に、図解入りの農業専門書が現れた。
「泥沼さん、奥さん! 栽培のやり方を変えましょう。このままじゃ、土地が完全に死んでしまいます」
トオルは本を開き、二人に図面を見せた。
「同じ作物を同じ場所で作り続けるから、土の成分が偏るんです。今年はメロロンを植えた場所には、来年は『ダイズラ豆』のような豆類を植えてください。豆類は、根っこに共生する菌の働きで、大気中のマナ(窒素)を土の中に固定してくれます。そして三年目には月見大根のような根菜を植える。こうやって、数年サイクルで作物をローテーション――『輪作』させるんです」
「り、輪作……? 豆を植えるだけで、土の魔力が回復するのかね?」
泥沼源蔵が驚いたように本を覗き込む。
「はい。さらに、収穫後の不要な茎や葉は、俺が配ったゴミ袋に入れず、土にすき込んで『堆肥』にしてください。これで土は永遠に豊かさを保てます」
近代農業において、中世の食糧事情を劇的に改善した「ノーフォーク農法」などの輪作体系。
魔法の肥料など使わずとも、自然のサイクルを利用するだけで、農業生産力は爆発的に跳ね上がるのだ。
「なるほど……。じゃあ、まずはこの枯れかけた土を一度深く掘り返して、殺菌しなきゃならないね。でも、この広大な畑を二人で耕し直すには……」
恵が途方に暮れたように呟いた。
「俺の炎で焼いてやるよ。手間が省けるだろ?」
不意に、背後から朗らかな男の声がした。
振り返ると、赤髪を短く刈り込んだ精悍な青年が立っていた。手には鍛冶用のハンマーを持っている。亡き初代皇帝に瓜二つの顔立ちを持つ、半神半人の鍛冶師・ヒエンだ。
「ちょっと、邪魔よ。火で焼くより、私の氷で土の中の害虫ごと凍結・粉砕した方が早いに決まってるでしょ」
さらにその後ろから、タローマンで売っていそうな機能的な作業ツナギを着こなした、銀髪の絶世の美女が現れた。元アバロン魔皇国・四天王の氷魔将軍であり、現在はポポロ山麓でサウナリゾートを開拓している女帝、スアイだ。
「ヒエンさんに、スアイさん! どうしてここに?」
キャルルが目を丸くする。
「いや、村の入り口で、トオルの兄ちゃんが面白い土木工事をしてるって聞いてな。俺の鍛冶の参考になるかと思って見に来たんだ」
ヒエンが快活に笑う。
「私はサウナの熱源にする薪を探しに来ただけよ。でも、このパサパサの土を見てたら、開拓者の血が騒いだの」
スアイはツナギの袖をまくり上げた。
「……じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
トオルが頼むと、二人の神話級存在はニヤリと笑った。
「紅蓮の神火よ!」
「絶対零度の氷砕!」
ヒエンの指先から放たれた浄化の炎が、畑の表面を舐めるように焼き払い、雑菌と病害虫を一瞬で灰に変える。
直後、スアイの放った極低温の冷気が土中の水分を凍結膨張させ、カチカチだった土の塊をふかふかのパウダー状に粉砕していった。
人間とエルフが数ヶ月かかる農地開拓が、神と魔将のコンビネーションにより、わずか数分で完了してしまった。
「す、すげぇ……土が新品みたいにふかふかだ……!」
泥沼夫妻が震える声で歓喜する。
「よし、土の準備はできたな。トオルの兄ちゃん、俺、腹減ったんだけど。この規格外のガーリッ君と肉椎茸、食ってもいいか?」
ヒエンは、畑の隅に転がっていた育ちすぎた肉椎茸と、うるさいガーリッ君をひょいと摘み上げた。
「ええ、構いませんが……俺のテントにコンロがありますから、使いますか?」
「いや、俺の炎がある」
ヒエンは持参していた分厚い鉄板を石の上に置くと、指先から神火を放って一瞬で鉄板を熱した。
そこに、厚さ五センチはあろうかという肉椎茸のステーキを豪快に乗せる。
ジュワァアアアアッ!!
暴力的なまでの脂の弾ける音が響き、芳醇なキノコと木質のアロマが周囲に爆発的に広がった。
「ひぃぃっ! オジサン助けて! 焼かれる! ワシ焼かれちゃう!」
ガーリッ君が喚くのも構わず、ヒエンはハンマーの平らな部分でガーリッ君をゴリッと叩き潰し、鉄板の上の肉汁に放り込んだ。
ジューーーッ!
その瞬間、ガーリッ君の放っていた「銀河系最悪の口臭」が、熱と肉椎茸の脂に触れることで、食欲を狂わせる『極上のガーリック・ステーキソースの香り』へと化学変化を起こしたのだ。
「うおっ……なんて匂いだ……!」
トオルの喉がゴクリと鳴る。
ヒエンは焼き上がった肉椎茸をナイフで切り分け、トオルたちに差し出した。
「ほら、食ってみろ」
トオルは熱々の肉椎茸を口に放り込んだ。
「……ッ!!」
サクッとした表面を噛み破ると、中から高級和牛のサーロインと全く同じ、甘く濃厚な肉汁が溢れ出した。そこに、ガーリッ君の強烈な旨味と刺激がガツンと脳天を突き抜ける。
脂のしつこさは一切なく、いくらでも食べられる。異世界の規格外の素材と、神の炎が生み出した奇跡のB級グルメだ。
「美味しい……! ガーリッ君のウザさが、完全に旨味の暴力に変わってる!」
「ふふっ。これなら、開拓作業の後のサウナ飯にぴったりね」
スアイも満足げに頷いている。
ピロンッ♪
【農業用輪作ガイドにより連作障害を解決し、村の農業生産力を抜本的に向上させました。】
【貢献度ポイント +400pt を獲得しました。】
【現在の残高:6,657pt】
豊かな食糧基盤が確立されたことで、難民を含めた村人たちが飢える心配は完全に消え去った。
むしろ、ポポロ村の農業生産力は、近隣の都市を凌駕するレベルへと跳ね上がろうとしていた。
「トオル、待たせたな!」
広場の方から、馬車の車輪の音とともに、出張から戻ってきたニャングルの声が響いた。
「周辺のギルドへの根回しは終わったで。いつでもムーンキャピタルに乗り込める準備は万端や」
ニャングルがキセルを燻らせながら不敵に笑う。
「ゲル伯爵の公開審査……。向こうは権力と法でワシらを潰す気やろうが、返り討ちにして、あの街の利権を根こそぎひっくり返したるわ」
「ええ。こちらの手札も揃いました」
トオルは、ふかふかになった畑と、笑顔で肉椎茸を頬張る村人たちを振り返った。
村の食糧と安全は確保した。あとは、自分たちが作り上げたインフラの価値を、世界の中心で証明するだけだ。
「行きましょう。ポポロ村の『公共事業』がどれほどのものか、教えてやりますよ」
過労死公務員トオルと、強欲な猫耳商人、そしてヤンデレ村長の三人は、決意を胸にムーンキャピタルへの馬車に乗り込んだ。
読んでいただきありがとうございます。
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