↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/36

EP 13

自警団ファーストエイド

 難民の第一陣がポポロ村に到着してから、数日が経過した。

 エマージェンシーシートと簡易テント、そしてニャングルが自腹(という名の先行投資)で提供した食糧の甲斐もあり、難民たちの間に死者は一人も出なかった。彼らは徐々に体力を回復し、今では村の農作業や土木工事を手伝うようになっている。

 だが、村の人口が急増したことで、治安維持と周辺警戒を担う『ポポロ村自警団』の負担は跳ね上がっていた。

「気合いだ! 気合いで血を止めろ! 泣き言を言う暇があるなら、傷口に泥を詰めてでも立ち上がれ!」

「ひぃぃっ! マンミア団長、泥は痛いです! 痛すぎます!」

 朝の広場に、マンミアの怒号と若い団員の悲鳴が響き渡っていた。

 見れば、森の巡回中に野生の魔獣と遭遇したらしい若い獣人の団員が、腕から血を流してへたり込んでいる。傷はそこまで深くはないが、ダラダラと出血が続いていた。

「ええい、情けない! ならば村長を呼んでこい! 村長の治癒魔法で一瞬で塞いでもらうまでだ!」

「ストーーップ!!」

 見かねたトオルが、全速力で二人の間に割り込んだ。

「マンミアさん! 泥を詰めるのも、すぐにキャルルさんを呼ぶのも禁止です!」

「むっ。副村長ではないか。しかし、傷ついた兵を治すのは……」

「キャルルさんの魔力は無尽蔵じゃないんです! 彼女の治癒は、本当に命に関わる重傷患者のために温存しておくべき『最終ライン』です。かすり傷やちょっとした出血のたびに彼女を呼んでいたら、キャルルさんが過労死してしまいますよ!」

 トオルの切実な声に、マンミアはハッとして口を噤んだ。

 数日前の死蟲軍との戦いで、キャルルが血を吐きながら自分を治癒してくれた光景がフラッシュバックしたのだろう。ケンタウロスの耳が、しゅんと下がる。

「……確かに、お前の言う通りだ。だが、我々にはポーションを買う金も、治癒の魔法もない。怪我をした時は気合いで治すしか……」

「気合いで細菌感染は防げません。いいですか、魔法がなくても、正しい『知識』があれば、誰でも誰かの命を救えるんです」

 トオルはそう宣言し、空中のステータス画面を呼び出した。

 難民救助で稼いだポイントがあり、現在の残高は5,468pt。知識カテゴリと小物カテゴリから、二つのアイテムを選択する。

【『応急処置マニュアル(ファーストエイド基本編)』(20pt)を具現化しますか?】

【安全ピン(100個入り/1pt)を具現化しますか?】

 ――YES。

 残高5,447pt。

 トオルの手に、イラスト付きの薄いマニュアル本と、プラスチックのケースに入った大量の銀色の留め具が現れた。

「自警団の皆さん、少し集まってください! 今から、魔法に頼らない『近代応急処置』の講習を行います!」

 トオルの呼びかけに、周囲で訓練していた団員たちがぞろぞろと集まってきた。

「まずは止血です。血が出たら泥を塗るなんて論外! 綺麗な布で、傷口を直接強く押さえつけてください。『直接圧迫止血法』といって、これだけで大半の出血は止まります」

 トオルは清潔な布を取り出し、若い団員の腕の傷口に当てて、上から手でグッと強く圧迫した。

「痛っ!」

「少し我慢して。……ほら、五分も押さえていれば、血は止まるんです」

 布をそっと剥がすと、見事に血は止まっていた。団員たちが「おおっ」と感嘆の声を漏らす。

「次は骨折や脱臼をした時の固定法です。腕を折った時、そのままブラブラさせて移動すると傷が悪化します。そんな時は……マンミアさん、ちょっと腕を貸してください」

「む? わ、私か?」

 マンミアが戸惑いながらも、トオルの前に進み出る。

「はい。例えば、ここにいる『25歳の女性』が、転んで腕を骨折したと仮定します」

 ピクッ!

 マンミアの頭の上の耳が、弾かれたように跳ね上がった。

「なっ!? に、25!? なぜそこで年齢を強調するのだ! 私はまだ花の……っ!」

「25歳の女性が、誰にも看病されず、孤独に一人で腕を骨折したとします」

「ぐふっ……!!」

 マンミアが胸を押さえて膝から崩れ落ちそうになる。見えない精神的ダメージがクリティカルヒットしたらしい。

(ごめんマンミアさん、わかりやすいシチュエーションを考えただけなんだけど……)

 トオルは内心で冷や汗を流しつつ、講習を続けた。

「……ええと、包帯や三角巾がない場合でも、自分の服を使って腕を固定できます。マンミアさん、上着の裾を、折れた腕を包み込むように上に捲り上げてください」

 マンミアは涙目で頷き、指示通りに上着の裾を持ち上げて腕を覆った。

「そして、この『安全ピン』を使います」

 トオルはケースから安全ピンを取り出し、捲り上げた裾と、胸元の布を一緒に突き刺して留めた。

「なっ……! 布に針を刺すだと!? そんなことをすれば布が裂けて……」

「大丈夫です。安全ピンは布を傷つけにくく、一度留めれば外れない構造になっています。ほら、これで即席の『スリング(腕吊り)』の完成です」

 パチン、パチンと三箇所ほど安全ピンで留めると、マンミアの腕は服の裾をハンモックのようにして、胸の前にしっかりと固定された。

「おおおっ……! これは凄いぞ!」

 マンミアが目を丸くして、自分の腕を見下ろす。

「布一枚で腕の重さが完全に分散されている! 動いても痛みが走らないし、何よりこの銀色の針、全く外れる気配がない!」

「すげぇ……魔法も使ってないのに、あっという間に治療できちまった!」

「これなら、巡回中に怪我しても、俺たち同士で助け合えるぞ!」

 自警団の男たちが、安全ピンの入ったケースを覗き込んで歓声を上げた。

 トオルは『応急処置マニュアル』をマンミアに手渡した。

「この本には、火傷の処置や、熱中症の対策、人工呼吸のやり方までイラスト付きで載っています。マンミアさん、これを自警団の必修科目にしてください。皆がこの知識を持てば、村の生存率は劇的に上がります」

「……トオル」

 マンミアはマニュアルを両手で受け取り、深く、深く頭を下げた。

「感謝する。お前の知識は、ただの道具ではない。我々から『死の恐怖』を遠ざけ、命を繋ぐための最強の盾だ。このマンミア、お前を副村長として、いや、命の恩人として一生敬おう!」

 周囲の自警団員たちも、「副村長! 一生ついていきます!」と一斉に敬礼の姿勢をとる。

 市役所時代には決して向けられることのなかった、純粋で熱烈な信頼の眼差し。トオルは照れくさそうに頭を掻いた。

 ピロンッ♪

【自警団に近代応急処置を普及させ、村の生存率と衛生リテラシーを向上させました。】

【貢献度ポイント +150pt を獲得しました。】

【現在の残高:5,597pt】

 ポイントの通知音にホッと息を吐いた時だった。

「お前、自分のやっとることのヤバさが分かっとるか?」

 ポン、と肩を叩かれ、振り返るとそこには羅宇煙管(キセル)をふかしたニャングルが立っていた。

「ヤバさって……怪我の処置を教えただけですよ?」

「アホ。ただの農民の集まりがな、魔法にも頼らずに互いの命を救い合う技術を持ったんやぞ」

 ニャングルの猫の目が、鋭く細められた。

「軍隊において、一番金がかかるんは『兵の補充』や。怪我をして死ぬ確率が極端に低い部隊……それは、他国から見れば『底なしに継戦能力が高い、死なない軍隊』に化けつつあるっちゅうことや」

「軍隊……」

 トオルはハッとして、自警団の男たちを見た。

 安全ピンを配り合い、マニュアルを覗き込んで熱心に止血の練習をしている彼らの姿は、もはやただの寄せ集めの農民ではない。規律と知識を持った、一個の組織として機能し始めていた。

「ゲル伯爵は難民を送り込んでこの村を潰そうとしたが、お前はそれすら吸収して村をデカくしとる。……近いうちに、伯爵はもっと直接的でエグい手を打ってくるで。覚悟しときや」

 ニャングルの警告は、静かにトオルの胸に落ちた。

 俺はただ、誰も死なない村にしたいだけだ。

 だが、インフラを整え、人が生きる力を強めることは、異世界においては『強大な権力と軍事力の誕生』と同義なのだ。

「……望むところだ。俺の仕事は、市民を守ることだからな」

 トオルは安全ピンの残ったケースを握り締め、村の西側――ムーンキャピタルの方角を静かに見据えた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。