EP 12
難民の到着
日が落ちたポポロ村の広場に、凍てつくような秋の夜風が吹き抜けていた。
村の西側、ムーンキャピタルへと続く街道の入り口に立っていたトオルの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「……あれは」
闇の中から、亡霊のような足取りでぞろぞろと現れた数十人の集団。
薄汚れた布切れを纏い、足元は裸足かボロボロの草履。寒さと飢えで頬はこけ、何人かは自力で歩くことすらできず、家族らしき者に肩を貸されて引きずられるようにして進んできている。
ゲル伯爵が意図的にムーンキャピタルから追放した、貧民や難民の第一陣だった。
「ひどい……」
キャルルが両手で口元を覆う。
「伯爵の奴、こんな老人や小さな子供まで、着の身着のままで追い出したっていうの!?」
「アホやな。いや、アホを通り越して外道や」
ニャングルが羅宇煙管をギリッと噛み締めた。
「ムーンキャピタルは今、貴族の『見栄』を保つために香水や美容にアホみたいに予算を突っ込んどる。税金が払えんくなった下層民を街からポイ捨てして、この村に押し付ければ、食糧を食いつぶして勝手に自滅するやろうっちゅう算段やな」
その言葉の通り、難民たちはポポロ村の門をくぐった途端、安堵からか次々とその場に崩れ落ちた。
「た、助けて……」
母親に抱えられた幼い子供が、ガタガタと震えながら青白い唇を震わせている。低体温症だ。このまま夜の冷気に晒されれば、一時間も持たずに命を落とすだろう。
「村長! 直ちに村の備蓄毛布をかき集めよう! それから焚き火だ! 私の闘気で摩擦熱を……!」
「マンミアさん、摩擦熱はストップ! それと、闇雲に動いちゃ駄目です!」
パニックになりかけたマンミアを、トオルの鋭い声が制止した。
その声には、普段の温厚な副村長の響きはなかった。災害時、市役所の避難所開設訓練で何度も陣頭指揮を執ってきた『公務員』の声音だった。
「これだけの人数が一度に押し寄せたんです。毛布も焚き火の薪も、すぐには足りません。パニックになれば二次災害が起きます!」
トオルは虚空を睨み、『公共事業』のウィンドウを叩いた。
現在の残高は5,198pt。
知識カテゴリから、迷わず一つのマニュアルを選択する。
【『防災マニュアル(避難所運営・トリアージ編)』(20pt)を具現化しますか?】
――YES。
手の中に現れた分厚いマニュアルのページを片手で開きながら、トオルは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「マンミアさん! 自警団を動かして、第10話で作った『簡易テント』を広場の中央に全部展開してください。風を遮る壁を作ります!」
「は、はいっ!」
「キャルルさんは重症者の見極め(トリアージ)を! 治癒は本当に命が危ない人だけに絞ってください。あなたの魔力も無尽蔵じゃない!」
「わ、わかった!」
トオル自身は、震える母子の元へと駆け寄った。
子供の体は氷のように冷たく、すでに意識が混濁し始めている。
「しっかりしてください! 今、温かくしますから!」
トオルは再びスキル画面を開き、野外カテゴリへアクセスした。
【エマージェンシーシート(アルミ蒸着PETフィルム・50枚セット/10pt)を具現化しますか?】
――YES!
残高5,168pt。
トオルの足元に、銀色と金色のパッケージが大量に詰まった段ボール箱が出現した。
彼は素早くパッケージを破り、折りたたまれた極薄のシートをバサッと広げた。シャカシャカと音を立てて広がるそれは、光を反射してギラギラと輝く銀色のフィルムだった。
「な、なんだその薄っぺらい銀紙は!?」
「そんな布切れじゃ、寒さは凌げないよ!」
駆けつけた村人たちが悲鳴のような声を上げる。
「ただの銀紙じゃありません! いいから、子供を包んで!」
トオルは母親ごと、その銀色のシートでぐるぐると包み込んだ。
エマージェンシーシート。別名、サバイバルシート。
厚さはわずか十数ミクロンしかないが、表面に蒸着されたアルミニウムが、体から放射される体温(赤外線)を九十パーセント以上反射し、内部に熱を閉じ込める。風を通さず、水も弾く。現代の防災において、極寒を生き抜くための最強の防寒具の一つだ。
「あ、あれ……?」
シートに包まれた母親が、信じられないというように目を見開いた。
「あ、温かい……! なにこれ、毛布なんかより全然温かい! 体の芯から熱が跳ね返ってくるみたい……!」
「う、うーん……ママ、あったかいよぉ……」
青ざめていた子供の頬に、みるみると血色が戻っていく。
「おおおっ!? 魔法だ! 魔法の銀衣だ!」
「ミスリルを紙のように薄く伸ばした結界布に違いねぇ!」
(だから、ただのPETフィルムにアルミを蒸着させただけだって言ってるのに……)
内心でツッコミを入れつつ、トオルは自警団の若者たちに箱を押し付けた。
「これを全員に配って、包まって休むように伝えてくれ! 風が入り込まないように、しっかり端を握らせるんだ!」
「おうっ! 任せとけ副村長!」
広場に展開されたテントの中に、次々と銀色のシートに包まれた難民たちが運び込まれていく。
シャカシャカというフィルムの音が広場に響き渡り、寒さに震える声はみるみるうちに安堵の吐息へと変わっていった。
「はぁ……はぁ……」
トオルは額の汗を拭った。防寒と場所の確保はなんとかなった。だが、これで終わりではない。
「おい、トオル!」
キセルを片手に、ニャングルがズンズンと歩み寄ってきた。その猫耳は不機嫌そうに後ろに倒れている。
「お前、アホか! 難民なんて一文無しの貧乏人やぞ! あんな銀色の魔法布みたいな高価なモン、タダで五十人も配り歩きおって! 収支バランスが完全に崩壊しとるやろが!」
「……ニャングルさん」
トオルは真っ直ぐに、その金色の猫の目を見つめ返した。
「俺の夢は、困っている人がいつでも安心して駆け込める場所を作ることです。金が払えないからって、目の前で凍えている人を見捨てるような村なら、俺がインフラを整備する意味なんてありません」
揺るぎない公僕としての矜持。
それを見たニャングルの動きが、ピタリと止まった。
「……ッ!」
ニャングルの脳内で、損得勘定の算盤が激しく火花を散らした。
(なんやこのお人好しは! 利益ゼロどころか大赤字のボランティアやないか! なんでこいつは、こんな無償の善意を平気でばら撒けるんや! ワシの……ワシの冷徹な商人の算盤が、狂うてまうやろがぁあああ!!)
ガリッ! とキセルの吸い口を強く噛み締めたニャングルは、ギリギリと歯軋りしながら十露盤を空に向けてシャカシャカと弾き始めた。
「しゃあない……! この大赤字、ワシが裏から無理やり黒字にしたるわ!」
ニャングルは懐からゴルド商会の小切手帳を引きちぎるように取り出すと、部下の商人に向かって怒鳴りつけた。
「おい! ウチの倉庫に眠っとる保存食の干し肉と、固くて売れ残っとるライ麦パン、全部この村に持ってこい! それから村のおばちゃん連中叩き起こして、大鍋でスープ作らせぇ!」
「えっ……でも支店長、代金は……」
「アホ! これは『未来の労働力』への先行投資や! この村はこれからデカくなる! 今ここで恩を売っとけば、こいつらは安い賃金でウチの商会の荷運びも土木工事も喜んでやるようになるんや! 損して得取れや、ボケェ!!」
理屈をこねくり回してはいるが、要するに「トオルの善意のケツ拭きを自腹でやってくれる」ということだ。
トオルは思わずクスリと笑った。
「ありがとうございます、ニャングルさん。助かります」
「勘違いすな! お前には後でキッチリ、新しいインフラ資材の優先卸売権で耳を揃えて返してもらうからな!」
プイッとそっぽを向くニャングルの尻尾が、なぜか嬉しそうにピンと立っていた。
ピロンッ♪
【難民の凍死を防ぎ、初期避難所を完璧に構築しました。】
【人道的支援と行政手腕を評価。貢献度ポイント +300pt を獲得しました。】
【現在の残高:5,468pt】
ポイントの通知音を聞きながら、トオルはテントの中で温かいスープを啜り、涙を流して喜ぶ難民たちの姿を見つめた。
銀色のエマージェンシーシートの海が、焚き火の光を反射してキラキラと輝いている。
「トオル君……」
背後から、治癒を終えて少し青白い顔をしたキャルルが、トオルの背中にそっと身を預けてきた。
「トオル君がいなかったら、この人たち、みんな死んじゃってた。……やっぱりトオル君は、私の自慢の副村長だよ」
キャルルがトオルの腕に自分の腕を絡ませ、ギュッと抱きしめる。
「こんなに優しくて頼りになるトオル君……他の女の人が見たら、絶対に放っておかないよね。……うん、やっぱりトオル君の服の裏地に、発信機代わりの毛でも縫い付けておこうかな……」
(だから時々重たいんだってば!)
内心で冷や汗を流しつつ、トオルは苦笑して彼女の頭を撫でた。
だが、トオルの頭の中では、すでに次の『問題』が重くのしかかっていた。
難民五十人が村に加わったのだ。
今はテントと銀紙で凌げているが、これからの彼らの住居はどうするのか。食糧は? 飲み水は? そして何より、排泄物などの『公衆衛生』をどう管理するのか。
「……ゲル伯爵の嫌がらせは、むしろこれからが本番だな」
人口が急増した限界集落。
トオルが前世の知識と『公共事業』の力で解決すべき村の課題は、一気に都市レベルのハードルへと跳ね上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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