7.甘い結婚
ある晴れた日の午後。陽だまりの差し込む教皇庁の中庭で、私はお兄様から贈られた豪華な装丁の詩集を開いていた。
私の拙い朗読に合わせるように、隣に座るアルフォンソ様が、リュートの弦を優しく、繊細に爪弾いてくれる。
中庭に響くのは、引き裂かれた恋人たちの哀しい運命を歌った悲恋の詩。
美しい音色にのせて物語を読み進めるうちに、私はすっかり感情移入してしまい、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
「ああ、なんて悲しいお話……!」
「泣かないで、ルクレツィア」
アルフォンソ様はリュートを奏でる手を止めると、そっと私の頬の涙を指先で拭ってくれた。そして、彼の美しいサファイアの瞳で私を真っ直ぐに見つめ、甘く囁いたのだ。
「でも……君の笑顔は日光に煌めく金のようで、君の涙はまるで月光で編んだ真珠だ。 どちらも僕の心を狂わせるほどに美しいよ」
「まあ……!」
あまりにもロマンチックな言葉に、私の胸はトクンと跳ね上がる。ボルジアの娘として、ここは負けるわけにはいかない。私は彼の整った顔をうっとりと見つめ返し、即興で詩を返した。
「それなら……あなたの瞳は私たちの未来を映すサファイア、声は夜露を震わす銀の鈴だわ。 ――ねえアルフォンソ様、良いことを思いつきましたわ。 私たちだけの、秘密の詩を編んでみませんこと?」
「僕たちだけの秘密の詩? それは素敵だね、ルクレツィア。ぜひ君と紡ぎたいな」
「ねえ、もう一つ良いこと!その詩を刻んだ指輪をお揃いで作りませんこと? 世界でただ二つ、私たちだけの指輪」
「いいね!そして指輪を眺める度、触れる度に僕たちの愛を実感するんだ」
私たちが微笑み合い、これから交わす「愛の言葉」をどんな指輪に刻もうかと内緒話に花を咲かせていた、その時。
中庭に続く回廊の柱の陰から、二つの視線が私たちをじっと見つめていた。
一つは、お父様の優しく温かい視線。
「ルクレツィアが幸せそうで良かった。 前の結婚では政略とはいえ、あの子には可哀想なことをしたからな……」
私の甘い笑顔を見て、心からホッとしたように神に感謝するお父様。
そしてもう一つは――お父様の隣に立つ、お兄様の視線だった。
「父上。……ええ、そうですね」
お兄様は、氷のように冷たい声で短く同意した。
その顔は、「完璧なボルジアの司令官」のポーカーフェイスを保っている。……けれど、その胸の内は、今にも中庭のすべてを焼き尽くさんばかりの、漆黒の嫉妬の炎が狂おしく渦巻いていた。
(ルクレツィア!お前の瞳が映すのは俺だけでいいんだ!あいつに読み聞かせているのは、俺が選び、俺がお前に贈った詩集じゃないか!?そんな甘い笑顔を他の男に向けるんじゃない……!)
お兄様の黒い瞳の奥で、ドロドロの独占欲が限界突破していく。私のために異国からわざわざ宝飾品を取り寄せてくれたお兄様だったが、まさかその宝石で、私が他の男と「秘密の指輪」を作ろうなどとは夢にも思っていなかったのだ。
(許さん、アルフォンソ……。 俺の天使に気安く触れるその指も、甘い言葉を囁くその口も、すべて引き裂いてやりたい……!)
お兄様から放たれる、空気が歪むほどの凄まじい殺気。
背筋に走った強烈な悪寒に、私は「……あら?」と一瞬首を傾げたけれど、大好きなアルフォンソ様が私の手を取ってくれた瞬間、そんな不穏な気配は幸せの彼方へと消し飛んでしまうのだった。




