8.暗殺計画
「あなたの瞳をただひと目見たくて、あなたの声をどうしても聞きたくて。世界が終わろうともこの愛は永遠」
「いいね、ルクレツィア。 『世界が二人を分かつとも』っていうのはどうだい?」
「素敵! 続くのは『私の魂はあなたの影を追い続ける』。いかがかしら?」
「最高だ、ルクレツィア。これを僕らの合言葉にしよう! 嬉しいときも悲しいときも、お互いを想いあうんだ」
アルフォンソ様と紡いだ、私たちだけの秘密の詩。
あまりに嬉しくて舞い上がった私は、この喜びをお兄様に自慢したくて、幼い頃のようにこっそりとお兄様の執務室へと忍び込んだ。
けれど、部屋に彼の姿はなかった。
(あら、いないのね。……そうだわ! 隠れておいて、お兄様が帰ってきたら飛び出して驚かせてやろう! ふふっ、楽しみだわ)
私は子供の時のように悪戯を思いついて、大きな飾り棚の影に身を潜めた。
戻ってきたお兄様が連れていたのは、配下の暗殺者だった。聞こえてきたのは、冷気で凍りつきそうなほど低いお兄様の声。
「アルフォンソを消せ。できる限り残忍に苦しませるのだ。失敗は許さん。分かったな」
「はっ、承知しました、若様。……しかし何故、ナポリの王子を?」
「あいつはやり過ぎた。我が最愛の心を奪うなど許せん! たかがナポリの王子ごときが、ボルジアの娘の愛を独占するなどとおこがましい! ルクレツィアは俺だけを見つめていれば良いのだ。あいつは俺だけの女だ!」
頭を殴られたような衝撃だった。棚の影で、私は息をすることすら忘れて呆然とした。
「畏まりました。では急ぎ手配を」
「待て。決してルクレツィアに気取られてはならん。現場を見せてもならん。美しく純真なあいつの心を一切曇らせてはならんのだ」
「それでは、1ヶ月後の教会会議が最適かと存じます。男は会議、女は社交。全く別会場で、期間中は顔を合わせないのが通例ですから、ルクレツィア様が現場に居合わせることはないでしょう」
二人の足音が遠ざかり、静寂が戻った部屋で、私は足がガクガク震え立っていられず、座り込んだ。
お兄様は……まさか私のことを、妹ではなく一人の女として愛しているというの?
思考の渦の中で、凄まじい数の「過去の違和感」の点が、一本の戦慄の線で繋がっていく。
(まさか、ペザロ伯爵が失脚したのも……すべてお兄様が仕組んだことだった……!?)
けれど、泣いている暇なんて一秒もない。タイムリミットは1ヶ月後の教会会議。
私はすぐさまアルフォンソ様のもとへと走り、人払いして告げた。
「アルフォンソ様、逃げて。兄があなたの暗殺を計画しています」
「………逃げないよ、ルクレツィア。僕だってそんなに弱くないつもりだ。それに僕に何かあればナポリも黙っちゃいない。義兄様だって、そんな考えなしじゃないだろう?」
王子としてのプライドからか、アルフォンソ様は優しく首を振る。けれど私は、彼の両肩を強く掴んで叫んだ。
「駄目よ、聞いて。兄を侮ってはいけないわ! 兄はこうと決めたら、世界を敵に回してでも必ずやり遂げる人よ。あなたに害が及んでから復讐したって、私には何の意味もないの! 命あっての物種よ、お願いだから逃げて、生きて。生きてさえいれば、いつかきっと、必ず……!」
必死の訴えに、アルフォンソ様はハッとしたように目を見張り、やがて静かに頷いた。
「……分かったよ、ルクレツィア。君がそこまで言うなら従おう」
それからの私たちは早かった。ただ逃げるだけではお兄様に追いつめられる。だから私たちは二段階の偽装工作を計画した。お兄様が容易に追跡できない極秘の逃走ルートの策定、逃亡先での生活資金の手配……やるべきことは山積みで、期間はたったの1ヶ月。
だけど、絶対にやり切ってみせる。為せば成る! 私の愛する人を、ボルジアの闇に殺されてたまるものですか!
――数日後。何も知らないお父様とお兄様が、私を呼び出した。
「ルクレツィア、次の教会会議だが、お前もボルジアの一員として、女性陣の社交に参加してみるか? わしはまだ早いと思うのだが、チェーザレが強く薦めるのだ。どうだ?」
お父様の言葉に、私は得意の、ひまわりのような満面の笑みを浮かべてみせた。
「はい、お父様。私ももう大人ですもの。我が家の為に精一杯努めますわ」
「期待しているぞ、ルクレツィア。お前のその笑顔で、我がボルジアの味方をもっともっと増やしてくれ」
満足そうに微笑むお兄様を見つめ、私は心の中で「(家族として)」という痛烈な皮肉の注釈をつけながら、甘い声を返した。
「はい、お兄様。愛するお兄様の為になるのでしたら、喜んで!」
その瞬間、お兄様の顔がパッと輝いた。私の完璧な演技に騙された彼の脳内では、今頃壮大なお花畑が展開されているに違いない。
(やはりルクレツィアは俺を愛している! あの邪魔な王子さえ消せば、また俺達の甘い生活が戻ってくるのだ……!)
暗い独占欲に瞳を濁らせ、勝利を確信して笑うお兄様。
その対面で、私は静かに闘志を燃やしていた。
(ねえお兄様、ボルジアの知略は、あなただけのものじゃないのよ。私だって考える頭を持っているわ。他のことはどうでもいいけれど、アルフォンソ様だけは駄目。絶対にあなたの魔の手から守り抜いてみせるわ。――見てなさいよ!)




