5.おままごとの結婚
迎えた婚礼の披露宴。きらびやかな大広間には、多くの貴族たちが集まっていた。
私は、大好きなひまわりの黄色に金糸を縫い込んだとっても綺麗なドレスに黄薔薇のブーケを持って、純白の礼服を着たお兄様にエスコートされて会場に入る。
「まあ可愛らしい花嫁様!濃い金髪に金糸の衣装が映えて、光り輝いているわ!」
「可憐なお顔立ちに黄薔薇のブーケが相まってまるで光の天使だ」
「チェーザレ様も素敵ね!燃え盛る炎のようなオレンジの髪が勇壮さを引き立てているわ」
「普段は死神なんて呼ばれているそうだけれど…ルクレツィア様を見つめる瞳の甘いこと!妹君を大切に思ってらっしゃるのね」
「なんて美しいご兄妹だ!…ふふっこんなこと言ってはなんだが…本来の花婿よりお似合いじゃないか?」
概ねお兄様と私を賛美してくれているが、意地悪な声もちらほら聞こえてくる。大人って怖い!
そして本来なら、私は花婿のおじさま――ペザロ伯爵の隣に座り、夫婦としての最初のダンスを踊るはずだった。
けれど、私の手を取ってダンスフロアの中央へと堂々と連れ出したのは、さも自分が花婿であるかのように不敵に微笑むお兄様だった。
「お兄様、さすがにこれはやりすぎですわ。ペザロ伯爵のお顔が引きつっています」
「気にするな、ルクレツィア。あのような爺にお前との最初のダンスを譲るなど、我がボルジアのプライドが許さん」
お兄様は周囲のヒソヒソ話を完全に無視して、私と優雅にステップを踏む。いけないとは思いつつ、でもお兄様とのダンスは楽しい!
ダンスが終わると、お兄様は私の席の隣に陣取り、給仕が持ってきた可愛らしい人形のマジパンをつまんだ。
「ほら、あーんだ。ピサから戻った時と同じように、兄様が食べさせてやろう」
「ちょ、お兄様……みんなが見ていますわ……!」
「見せておけばいい。お前を泣かせる奴は、この俺が絶対に許さないという警告だ」
本物の夫を完全に無視して、私をこれでもかと甘やかすお兄様。対して、恐怖と屈辱で真っ青になっているペザロ伯爵。
案の定、お兄様の脅迫のせいで、結婚生活が始まっても伯爵は私の機嫌を損ねるのを異常に恐れた。妻なのに、下にも置かないもてなし様だった。
伯爵は毎日部屋に遊びに来て、カード遊びをしたり甘いお菓子を振る舞ってくれる。でも伯爵はお兄様じゃない。夜も一緒に寝てくれない。なんとか笑わせようとしても、ずっと私の顔色を伺っているだけで全然面白くない。楽しくない。つまらない。
ローマに帰りたい。お兄様に会いたい。そんなことばかり考えるようになって、笑顔の誓いも忘れかけたある日、約束の日がついに来た!
誰も教えてくれないから何も分からなかったけれど、突然、教皇庁の馬車が迎えに来て、降りたらローマの屋敷だった。
「お兄様!」
お兄様は、五歳の頃と同じようにふにゃりと笑い、両腕を広げて出迎えた。
「おかえり、俺の可愛いルクレツィア。これからしばらくは兄様とゆっくり過ごそうな」
お兄様は本当に嬉しそうに私を抱きしめ、私の髪に愛おしそうに頬をすり寄せてくる。
「はい!お兄様、本当に、本当に会いたかった」
やはりお兄様の腕の中は安心する。もう離れたくない…。
「それで、お兄様?何故私は家に戻れたの?伯爵はどうされたの?」
瞬間、お兄様の腕が奇妙に震えた。
「ああ、お前は心配しなくていい。伯爵は我が家を裏切っていた。それで、伯爵家は取り潰しになったんだ。愛しいルクレツィアを没落貴族に預けておく事はできないだろう?だからお前を迎えにやったんだ」
(…え…?取り潰し?他の国なのにそんなことできるの?そもそもそんな予兆はなかったわよね?)
そうなのだ。ペザロ伯爵は私を遊ばせておいてくれたけど、私は知略謀略に長けたボルジアの娘。来客の顔や回数はもちろん、家臣達の動きもきっちり把握している。妙な動きは全くなかった。馬車が迎えに来るまでの毎日は平穏無事すぎて、それも退屈の原因だったのだ。
(なんだか変な感じがするわ。まあ、無事に帰れたことだし、伯爵のことは追々でいいわ。いずれまた結婚しなくちゃいけないだろうし、それまでは、お兄様に甘えるのが最優先よ)
こうして実家に戻った十五歳の私は、しばらくの間、お兄様の溺愛に包まれることになる。
――運命の二人目の夫、真実の愛に出会うまでの、嵐の前の静けさの日々を。




