54.愛を詰め込んだ名(サンシア視点)
ある日突然、父であるスペイン国王に呼び出された。
「我が娘、サンシアよ。そなたの夫チェーザレが死んだ。これをもって、お前の幽閉を解く。どこへなりと好きに行くが良い。以上だ」
(質問は受け付けない、ということね)
「……かしこまりました。出発の用意がございますので、これにて失礼いたします」
深く一礼し、謁見の間を後にする。
(……何故? どこで? ……あの子の名は、つけてくださったの? ……そんなこと気に留める余裕もなく逝ってしまわれたの……?)
頭の中が真っ白になり、心が感覚を失っていた。機械的に手を動かし、荷物を詰めていく。
そんな私のもとに、フェラーラから一通の手紙が届いた。
差出人はルクレツィア。そこには、私が心底知りたかったことが、たくさん綴られていた。
私との間に生まれた娘を、鼻高々に自慢していたこと。
娘からの小さな贈り物を宝物のように見せびらかしたこと。
不器用なチェーザレ様が、娘のために何日も悩み抜き、名前を考えてくれたこと。
名は、ルクレツィアと義母上様から取ってルイーザとしたこと。
生きて帰りたい、もうすぐ帰るつもりでいたこと。
私への愛を、言葉にして遺してくれたこと。
手紙には、血と土で汚れた小さなロケットペンダントが添えられていた。チェーザレ様が、息絶えた後もなお、胸元で強く握りしめていたのだという。
『……殿下が仰っていました。このペンダントを見つめる時、兄は我が子を深く愛する、どこにでもいるただの父親の顔をしていた、と。……そして最期に、サンシアお義姉様の艶やかな笑顔を見たかった、と』
手紙はそんな言葉で締めくくられていた。
ところどころ文字がかすかに震えている。紙面には、いくつもの涙の跡が大きな染みとなって残っていた。
ルクレツィアは、兄の死の痛みをひとつひとつ噛みしめながら、私に届けるためにこの手紙を丁寧に書き綴ってくれたのだ。
(ふふっ、妹の名を入れるなんて、最後までルクレツィアが一番なのね。……それに、馬鹿ね。 危険な突撃なんてしなくたって、後戻りしてでも、何日かかってでも、迂回して敵を避けて逃げ延びれば良かったのに……! そんなに急いで私のもとへ帰りたかったの……!? ペンダントだけが無事に帰ってきたって……生きて笑っているあなたが帰ってきてくれなきゃ、何の意味もないじゃないの……!! 酷いわよ…私の喧嘩相手を早々に降りてしまうなんて!)
汚れたペンダントを胸に抱きしめ、こらえきれずにその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。叫んだ。
まるで私を真似るように、すやすやと眠っていたはずの娘が、突然火がついたように泣き始めた。
「……ああ、ごめんなさいね。びっくりさせてしまったわね、私の可愛いお姫様……」
涙を拭い、震える腕で愛しい我が子を抱き上げる。
小さな頬に自分の頬を寄せ、涙でいっぱいの瞳を見つめて優しく語りかけた。
「……あなたのお名前はね、『ルイーザ』よ。あなたのお父様が、うんと頭を悩ませて、心を込めて考えてくださった最高の名前なの……。本当に良かったわね、ルイーザ……」
これからは、チェーザレ様の分まで……たくさん、たくさん、この手で抱きしめて「ルイーザ」と呼んであげよう。
チェーザレ様が遺してくれた、愛が詰まったこの名前を。
さあ、私はもう自由の身だ。どこへでも行ける。どんな世界をルイーザに見せようか?
「まずは、ルクレツィア叔母様に会いに行きましょう。ルイーザ、どう?嬉しい?」




