47.偽の和睦(ジュリアーノ視点)
「教皇猊下、フェラーラ公が到着されました」
「ゲホッ……! けほっ! 来おったか……! すぐに会う、謁見の間へ通せ……! ゲホッ、ゲホッ、ゴホン!」
「猊下、お身体は大丈夫ですか……?お咳が酷うございます。 本日の謁見は延期されてはいかがでしょうか」
「馬鹿者め! 儂は大砲の直撃でも死なん男だぞ……ゲホッ! こういうことはな、勢いが大切なのだ……ゲホッ!」
ふん、のこのこ出かけて来おって、愚か者が。今度こそ完膚なきまでに捻り潰してやる。待っておれよ。
重々しい扉が開き、大広間の大理石の床を踏みしめて、体躯の大きな男が入ってきた。
「最も聖なる教皇猊下。私は神の僕として、服従と畏敬をあなた様に捧げます」
「うむ……フェラーラ公。挨拶は受けてやろう。それで? 何をしに参った?」
フェラーラの若造め、頭を垂れながらも鋭い眼光で儂を睨みおったな。
怒れ、怒れ。その憤怒が強ければ強いほど、お前の破滅は近づくのだ。
「謝罪を……。尊き猊下に逆らい、フランスと同盟を結びましたこと、深くお詫び申し上げます。……その反省の証として、先の戦で捕虜となったファブリツィオ将軍、及びローマ兵達全員を無傷でお返しいたします」
「ふん……では謝罪の儀式に移ろうか。そこへ跪け」
「……はっ」
膝をつき、深々と頭を下げるフェラーラ公。
大男が折り畳まれて小さく縮こまる様は、実に爽快だ。一国の主ともあろう者が、腹に据えかねておるだろうなぁ。ああ、胸がすくわ!
と、奴がもう立ち上がろうとした。
「誰がもう良い、と言った!? ゲホッ!……その程度で許されると思ったか!……ゲホッ、ゲホッ!」
「……っ! も、申し訳ありません……!」
「ふはは! いい土下座だ! 皆、よく見ておけ! 傲慢なフェラーラ公の土下座なぞ、滅多に見られるものではないぞ!」
ざわざわ……と、周りを取り囲むローマ貴族や枢機卿たちが顔を見合わせ、眉を顰めているのが伝わってくる。
そうだろう、屈辱だろう、恐ろしいだろう。だが、儂に歯向かう者は皆、こうなるのだ!
儂は奴の哀れな土下座を見物しながら、ゆっくりと足を引きずって近寄り……その頭を、靴の底で踏みにじってやった!
奴の手が、大理石の床の上で激しく震えている。さぞや悔しいだろう! 怒りを爆発させて、ここで儂に殴りかかっても良いのだぞ?そうすれば、不敬罪で即刻捕縛できる。そうなれば願ったり叶ったりだ。
「……どうぞ……お許しください……教皇猊下。平にお願い申し上げます……」
声が怒りと屈辱で低く震えている。
ふん……我慢強い奴め。
……くそっ、病み上がりの身体だ、奴の頭を踏みつけるだけで、もう体力の限界が近づいておる。老いた身体が恨めしい。
「良い……許してやっても良い。……詳細な条件は、明日、和睦の儀式にて話すとしよう……ゲホッ! ジョヴァンニ枢機卿、儂の手を取れ!」
「……はっ、猊下」
今日のところは奴を自由にさせてやろう。
今夜が、貴様が公爵として過ごせる最後の夜なのだからな。明日が楽しみだ……。
だが、今日はもう……休むとしよう……。
翌朝再び、重々しい気品に満ちた謁見の間に奴が現れた。
「昨夜はゆっくりできたか?」
「はっ。久しぶりに弟イッポーリトとも語り合うことができました。教皇猊下に深く感謝申し上げます」
「それは良かった……ゲホッ!……では、早速和睦条件の摺り合せに入ろうか」
「はっ。なにとぞ深いお慈悲を賜りますようお願い申し上げます」
「……ゲホッ!……単刀直入に言おう。フェラーラを渡せ。お前たち一族はフェラーラから出ていくがいい」
「……っ!? そ、それは……!」
「……ゲホッ!……何だ? 不服か?」
「……承服しかねます! フェラーラは何代にも渡り、我が一族が慈しみ、治めて参りました。いわば我が子のようなもの。それを手放せとは無体でございます! ……代わりに、金貨十万枚を賠償金としてお支払いいたします。それでどうかご容赦いただけませんでしょうか!?」
『金貨十万枚!?』
『国家予算並みの大金だぞ…』
『そこまで譲歩するというのか…』
クソっ!貴族たちが煩い!
「……ゲホッ、ゲホッ!……話にならんな。神の代理人たる儂の望みは、フェラーラそのものだ……ゲホッ!……教皇国に寄越せ!」
「……恐れながら、猊下。いかように仰られても、それだけは承服できかねます! 金貨十万枚で足らぬなら……ロドリーゴ前教皇から免除していただいている上納金を、元の金貨一万枚に戻し……過去五年間免除された分、金貨五万枚も即座にお支払いいたします! 加えてフランスとの同盟をこの場で破棄し、教皇猊下に全面的に恭順いたします! どうか……どうかご容赦ください!」
「話にならん!……ゲホッ!……儂が望むのはフェラーラだ。それ以外のものは一切受け付けん……ゲホッ!……衛兵!……ゲホッ! フェラーラ一行を捕らえよ! 地下牢へ入れろ!……地下牢だ……ゲホッ!……頭を冷やしてよく考えることだな!」
『合計で金貨十五万枚…』
『小国なら国家予算二年分でも余るほどの金額だ…』
『これほど譲歩しても教皇は許さないというのか…これでは、まるで…』
『しっ!それ以上は口に出しては駄目だ…教皇に粛清されるぞ…!』
……ゲホッ、ゲホッ!……貴族どもめ、煩い!儂のやることに口答えする勇気も無い癖に、好き放題囀りおって。顔は覚えたぞ。次はお前たちが標的だ。
各国の使節や諸国が注目しておる手前、公然と殺しはせんが……冷たく暗い地下牢に入れられれば、どんな頑なな奴でも音を上げるだろう。音を上げずとも、教皇への反逆罪をでっち上げ、ローマ内の通行権を剥奪すれば、首を縦に振るまでいつまでも合法的に勾留できる。
チェックメイト。これで、儂の勝ちだ。
高飛車なボルジアの小娘も、今頃フェラーラでさぞや悔しがっておるだろう……ゲホッ!
……それにしても、ここのところ酷く咳が残るな。年のせいか、風邪すら一向に治らん。
まあいい、奴らを捕らえてしまいさえすれば、勝ったも同然。煩わしい書類は明日でよかろう。
少しベッドで休むとしよう……。




