40.ここにある愛
ミランドラが陥落し、城から逃れてきたミランドラ女伯爵を一族とともにフェラーラ城で保護した。
「本当に辛かったわね、ミランドラ女伯爵。けれど、次期伯爵である息子さんも、ご家族の皆様もご無事で本当によかったわ。……これからどうされるの?ここフェラーラでお休みになっても良いのよ?」
「はい、公妃殿下。マントヴァに私の父がおりますので、ひとまずそちらへ身を寄せようかと存じます」
「それは良い考えだ。マントヴァには妹イザベラがいる。口添えの書状を書いておこう」
「ありがとうございます、殿下。……ですが、私はこのままで終わるつもりは毛頭ございません……! 勢力を整え、必ずや我が故郷ミランドラを教皇軍の手から奪還してみせます!」
「素晴らしい心意気だ。俺もフランスへさらなる援軍を要請するつもりだ。共に手を携え、この乱世を生き抜こう」
「はい……! 感謝いたします。……公妃殿下、お心は大丈夫ですか? チェーザレ様がフェラーラ軍を退けさせたと伺いました。……お身内同士で争うこととなり、お辛いでしょう……」
「……ええ、ありがとう。でも……これも戦国の世の定めよ。それぞれが、自分が生き抜くために必死で足掻いている……。仕方のないことだと分かってはいても……やはり、辛いわね……」
私はミランドラ女伯爵と互いに手を取り合い、静かに悲しみを分かち合った。
「……ごめんなさい、いつまでも泣き言を言っている暇はありませんわね。ミランドラ女伯爵、どうぞお元気で。また必ず、奪還されたミランドラでお会いしましょうね」
「はい! 必ずや!」
その夜、私室で寝る支度をしていると、殿下が静かに部屋に入ってこられた。
「ルクレツィア、大丈夫か? 俺が前線から戻ってきてから、どうも元気がない。……戦に負けるのが怖いか?」
「いいえ、恐怖ではありませんの。……ただ、色々なことを考えてしまって。ミランドラのこと、兄のこと……生きるということは、一体どういうことなのだろうかと。……それと、あの……お義父様の葬儀の後にお話しした……」
「うん」
「私……まだ、自分の気持ちが分からないのです」
「うん」
「けれど……こうも思いますの」
「うん」
「二人きりでいる時は……もう少し……」
「……」
「……距離を縮めたい、と……」
「……こうか?」
殿下が静かに歩み寄り、触れるか触れないかというほど繊細に、けれど温かく私を抱きしめてくださった。
(ああ……)
胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。正解が分かった気がした。
今までの私にとって、「生きる」ということは激しさそのものだった。情熱的で燃え上がるような愛、生き抜くための苦しく惨烈な戦い……。
けれど、それだけではないと今、知った。こんなにも優しく、心穏やかになれる愛だって存在するのだ。
翌朝、閣下はヴェネチア軍からの侵攻を防ぐため、再び前線へと出陣されることとなった。城門前で見送る。
「ルクレツィア、行ってくる。城と国のことは頼んだぞ」
「はい、殿下。どうぞお任せください。ご武運を」
閣下は優しく微笑むと、私の髪をそっと撫で、額に優しく唇を寄せてから馬に跨がった。
その光景を、少し離れた柱の陰から見ていたアンジェラとアレッサンドロが囁き合っていた。
『まあ! アレッサンドロ様、ご覧になりました!? 今、殿下がルクレツィア様の髪を撫でて……!』
『見た見た! おでこにキスまで……! いや〜羨ましいなぁ』
『これは……もしかして、お二人の間柄が……!』
『うん、そうやなぁ。間違いなく前進しとるわ』
『……アレッサンドロ様、ここのところキリッとしてらしたのに、私相手だとまたそんな変な言葉遣いに戻りますのね』
『アンジェラちゃん、あっちの堅苦しい方がええのか? あの話し方は肩が凝るから嫌なんだが……愛しいアンジェラのためなら変わってやる。 どない?』
『もう! そんなにおふざけになって! ……あなたも殿下に同行されるのでしょう? どうぞ無事で帰ってきてくださいね』
『おっ、僕のこと心配してくれてるん? 惚れた? 絶対惚れたよな!?』
『冗談ばかり仰ってないで、行ってらっしゃいませ! ご武運を!』
アレッサンドロはひらひらと手を振りながら、馬を走らせて去っていった。
見送りの列もまばらになり、私は、まだ寂しそうに見送るアンジェラに歩み寄った。
「アンジェラ、アレッサンドロと何を話していたの? 随分と良い雰囲気に見えたけれど?」
「ルクレツィア様までからかわないでください! ……ルクレツィア様こそ……」
「なあに?」
得意の笑顔を貼り付ける。一切文句を言わせない種類の笑顔。
「いえ……なんでもございません。皆様、ご無事で帰られると良いですね」
「ええ……本当にね。今はただ祈るばかりだわ。……でも、泣いている暇はないわね。もう少ししたら傷病兵を受け入れるための準備を始めましょう。教会と病院の受け入れ体制を至急確認しておいてくれる?」
「かしこまりました!」
こうしてまた、生き抜くための過酷で愛おしい日々が始まる。
胸の奥に、消えることのない温かな灯火をともして。




