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39.包囲網(ジュリアーノ視点)

「ナヴァラが落ちたか。これでフランスの影響力がまた弱まったな。めでたいことだ。シスト、スペインとの同盟はどうなった?」


「はい、叔父上。恙無く完了いたしました。『共に手を取り合ってフランスをイタリアから追い出そう。スペイン国内における免罪符の収入は全て進上するから、戦費はそれで稼ぐといい』と言ってやりましたら、一も二もなく書状に署名いたしましたよ」


「ふん、業突く張りの野蛮人め。まあ良い……では、そろそろ本命のフェラーラに取りかかるか」


「それではまず、ミランドラを攻めましょう。あそこは未だにフェラーラと同盟関係にあり、しかもフランス軍の重要な補給基地となっております。ミランドラを手中に収めれば、フェラーラ攻略も格段に容易くなりましょう」


「うむ、良案だ。今回はこの儂が直々に前線で指揮を執る。直ちに出兵の準備をせよ!」



極寒のミランドラ前線。吹きすさぶ寒風の中、教皇軍の兵士たちは凍えながら身を縮めていた。

「……うう……寒い……」

「こんなに寒くちゃ、手がかじかんで槍もまともに握れんぞ……」

「普通、冬は休戦するものだろう? よりにもよって、こんな寒波の時期になぜ戦争を起こすんだ……?」

「……お偉方に聞こえたらどんな処罰を受けるか分からんぞ! 口を慎め!」

そこへ、暗闇からすっとジョヴァンニ枢機卿が姿を現した。

「あっ、ジョヴァンニ枢機卿……! い、いえ……今のは……」


ジョヴァンニは貴族特有の薄い微笑を浮かべたまま、静かに言葉をかけた。


「皆には苦労をかけますね。ですが、これは教皇様の思し召しによる聖なる戦争です。どうか堪えてくださいね」


「ジョヴァンニ枢機卿! そこで何をしておるのだ!」


ジュリアーノ教皇の怒声が響く。ジョヴァンニは一瞬だけ兵たちに目を遣ると、恭しく深く頭を下げた。


「教皇猊下。兵たちを叱咤激励しておりました。……しかし、この極寒では流石に攻めあぐねておりますな」


「何を生ぬるいことを言っておるのだ! 城攻めを始めてからもう十日だぞ! お前たちの攻め方が甘いのだ!」


「教皇猊下、城攻めの指揮を執っておられるのは私ではなく、シスト枢機卿でございます。……まあ、彼はここの女国主とは昔からの友人だそうですからね……」


「何だと!? シストの奴、手加減しておるとでもいうのか!?」


「いえ、まさか。教皇様の甥御様であり、お気に入りのシスト枢機卿に限ってあり得ませんでしょう……。 それより猊下、チェーザレ殿がスペインからの援軍として到着しております。本陣……と言ってもただの農家の倉庫ですが、そちらで作戦会議といたしましょう。さあさあ、こちらへ」


倉庫の中では、甲冑を纏ったチェーザレ・ボルジアが待っていた。


「ご機嫌麗しゅう、ジュリアーノ教皇猊下。スペイン国王の命により、馳せ参じました」


「ふん、チェーザレか。……それで? このミランドラを素早く落とす策はあるのか?一応聞いてやろう」


「大砲を使いましょう。城壁に向かって容赦なく撃ち込むのです。幸い、この極寒で城の周囲の堀が分厚く凍りついております。大砲を氷の上に引き進め、至近距離から破壊し尽くせば良い。国主たる者、民衆に危険が及ぶと分かれば降伏するのが最善と判断するはず。……その上で、降伏の条件として『民の命はもちろん、財産の強奪や乱暴は固く禁じ、国主一族の財産と命も完全に保証する』と提示するのです。そうすれば、一瞬で決着がつきます」


「ふん……流石はボルジアの生き残りだな。相変わらず悪知恵がよく回ることだ。よし、その案で行こう! 撃ち込むのは今夜からだ。一晩中ぶっ通しで撃ち続けろ! 砲音と地響きで眠れぬ夜を過ごせば、敵の恐怖はさらに増すだろう! フハハハ!」


夜が訪れ、猛烈な砲撃が始まった。

「もっとだ! もっともっと撃ちまくれ! フハハハ! 壊せ! 吹き飛ばせ!!」

一晩中、大砲の轟音を楽しんだ儂は、夜が明けるとこの上ない成果に息を吐いた。


「ふん、よく壊れたことだ。儂は少し休む。湯浴みの準備をせよ」


倉庫の奥へ歩みを進めたその瞬間——キィィィィン……!という耳をつんざくような不快な金切り音が響いた。


(何だ……? この音は——)


ドォオオオオオンッッ!!!!


凄まじい衝撃とともに爆風が吹き荒れ、視界が一瞬で激しい土埃に包まれた。

薄暗い倉庫の中にいたはずなのに、ふと見上げると青空が広がっている。屋根が完全に吹き飛んでいた。


「ジュリアーノ教皇! ご無事ですか!? 教皇猊下!」


「ケホケホ……! ジョヴァンニ枢機卿か……儂はここだ……」


「フェラーラ軍から援軍が駆けつけました! 我々の本陣に向かって大砲を乱射しております! ご無事で本当に良かった……ほんの少し弾道がずれていれば……!」


教皇がふと横を見ると、先ほどまで湯を張っていた侍従が血の海の中で倒れていた。


「……フハハ! フハハハハ! やはり儂は神に選ばれた絶対の存在だ! 大砲の弾丸ごときで儂を殺すことはできぬ! チェーザレに命じて、即刻フェラーラ軍を退けさせろ!」


「は、はい! ですが教皇猊下、ここも危険です! 早く避難を——」


「ええい、うるさい! 儂はミランドラの城へ行く! 直々に降伏を迫ってやるのだ! 城門が開いてなかろうが知ったことか! 城壁に梯子をかけろ! 乗り越えて行ってやるわ!」


怒号を上げて乗り込んでいくと、ミランドラの女国主は恐怖に打ち震え、涙目になりながらすぐに降伏を受け入れおった。


(ふん、簡単なことだ。女子供など、儂が睨みつければイチコロよ。それにしてもシストの奴め! あいつはチマチマとした小狡い悪事をさせれば役に立つが、戦争となるとてんで駄目だ。使えん奴だ、どこか遠くの地方へ追い払ってやる。それに引き換え……ジョヴァンニ枢機卿だ。あいつは使える。ボルジアの愚息との橋渡し、兵の動かし方……何より、真っ先に儂の身を案じて駆けつけてくれた。シストの後釜はジョヴァンニで決まりだな……。ケホケホッ! ……ふん、フェラーラのボルジア娘め。実の兄に攻め立てられる気分はどうだ? 待っておれ、儂が直々にその泣きっ面を見に行ってやるからな……ケホケホッ!)


「教皇猊下、どうかもう少しお休みになってください。お咳が止まらず、お身体が非常にお辛そうです……」


「大砲の直撃を受けた時の土埃を吸い込んでからだな……。フェラーラの小僧め、絶対に許さん……」


「お気持ちは痛いほど分かりますが、教皇様のお身体が何より心配です。 こちらの薬湯をお召し上がりください。咳によく効く特別な湯でございます」


「……うむ、ジョヴァンニ枢機卿は本当に気が利くな。頂こう」


「ミランドラも落ち、フェラーラ軍も後退いたしました。後の処理は他の者に任せ、猊下は一度ローマへお戻りになってはいかがでしょうか? フェラーラ本国への本格攻略に備え、お身体を万全に整えられた方がよろしいかと……」


「ケホケホ……! そうだな。ミランドラの新しい国主は適当な奴を選んでおけ。ジョヴァンニ枢機卿、お前に任せる」


勝利の余韻に浸りながらローマの宮殿で休養を取っていたが、体調は一向に回復しなかった。それどころか、高熱まで出始める始末だった。


(真冬にマラリアなどあるはずがない……ただの風邪か? 儂も年を取ったということか……。まあ良い、儂にはジョヴァンニ枢機卿という実に頼もしい腹心がいる。あいつに任せておけば万事上手くやるだろう。……ケホッ、ゴホッ!ゴホッ……! ……少し、休むとしよう……)

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