幕間:アンジェラ・ボルジアの日常
ごきげんよう、私はアンジェラ・ボルジア、十一歳。
ルクレツィア様と同い年の従姉妹よ。
今日から、ルクレツィア様の侍女としてお仕えすることになったの。まだ一度もお会いしたことがないのだけれど、一体どんなお方なのかしら?
五歳上のお兄様であるチェーザレ様はとても恐ろしいお方だから、絶対に近づかないようにと大人たちから固く注意されたわ。けれど、ルクレツィア様の性格については何も聞いていない。……お兄様と同じように怖い方だったらどうしよう……。
不安で胸をドキドキさせながらお部屋で待っていると、扉が開き、可憐な少女が姿を現した。
「こんにちは! あなたがアンジェラ? 今日からよろしくね」
にっこり笑った顔が、まるで満開の花が咲いたよう。
(え……!? 可愛い……可愛すぎるーーーッ!! お日様の光を浴びてキラキラ輝く金髪に、瞳は……蜂蜜? トパーズの黄金? 光の加減によってはターコイズの青にも見えるわ……なんて綺麗な女の子なの……!)
「アンジェラ? どうしたの?」
「あ、失礼いたしました! ルクレツィア様、はじめまして。今日からどうぞよろしくお願い申し上げます!」
「ふふっ、いやだわ。そんなに畏まらないで。私達、従姉妹で同じ年でしょう? お友達になってくれると嬉しいわ」
「は、はい! 光栄に存じます!」
「ふふっ。ねえ、私ね、同年代の女の子のお友達がいなくてずっと寂しかったの。大人たちやお兄様の前ではダメだけど……二人っきりの時は、お友達でいてくれる?」
「あっ、それなら……はい! 喜んで!」
それからの毎日は、夢のように楽しかった。
「ねえ、アンジェラ、この髪型はどうかしら? 可愛い?」
「はい、ルクレツィア様! それなら、このリボンを結ぶともっと可愛くなりますわ!」
「きゃあ、可愛い! アンジェラ、素敵だわ! じゃあ、アンジェラの髪には……この空色のリボンが似合うわね。あなたの綺麗な瞳の色と同じだわ!」
二人でお気に入りのリボンを結び合い、姿見の前ではしゃぐ。
「ねえアンジェラ、私達よく似てると思わない? 髪の色も、肌の白さも。瞳の色だけは少し違うけれど……でも、こんなに似てるんだもの! お揃いの衣装を作りましょうよ!」
「素敵です、ルクレツィア様! きっと私達、双子に見えますよ!」
「うふふ、きっとそうね! ねえ、何色にする? お兄様がね、ピサからいっぱい上等な布地を贈ってくださったの。何色でもあるわ。私はね、白かピンクが良いな!」
「私は水色が好きです!」
「良いわね! 絶対似合うわ! この生地なんてどう? あなたの瞳と同じ、抜けるような空の色。私、アンジェラの瞳の色がだーい好きよ」
「きゃあ、ルクレツィア様、お顔が近いです!」
「うふふ、いいじゃないアンジェラ、照れないで!」
顔を寄せ合ってクスクス笑っていると、重厚な足音が響き、部屋の扉が開いた。
「おっ、可愛いルクレツィア、いたのか。侍女と二人して生地選びか? どんな衣装にするんだ?」
「あっ、お兄様! お帰りなさい! 会いたかった!」
ルクレツィアは弾けたように駆け寄り、その男性にしがみついた。男性は優しく抱きとめ、愛おしそうに彼女の頭を撫でる。
「俺も会いたかったよ、愛しいルクレツィア。また一段と美しくなったな。さあ、兄様によく顔を見せてくれ」
(えーっ!? この甘々な男性が、あの噂のチェーザレ様……!? 全然怖くないじゃない! ていうか、目の中に入れても痛くないレベルでデレデレじゃないの! 恐ろしいっていう噂は嘘だったのかしら……?)
私がポカンと呆気にとられていると、チェーザレ様はルクレツィアの頬を優しく撫でて微笑んだ。
「じゃあな、ルクレツィア。父上に挨拶してくる。また後でな」
「はーい、お兄様! 今夜は一緒に寝てもいい? いっぱいお話を聞きたいの!」
「いいぞ、ルクレツィア。じゃあまた夜に」
そう言って背を向けた、まさにその瞬間だった。
――ヒュッと空気が凍りついた。
(ひえっ……!? 見てしまった……! ルクレツィア様から背を向けた瞬間、地獄の鬼に変わったわ……! あの目、完全に人を殺す目だわ……恐ろしい、怖すぎる……ッ! 噂は本当だったのね……!!)
私の背筋に冷や汗が吹き出しているのも知らず、ルクレツィア様はうっとりと兄の背中を見送っていた。
「ねえアンジェラ、お兄様ってかっこいいでしょう? 優しくてね、私の自慢なの」
「は、はい……(ルクレツィア様限定で)お優しいですよね……! 羨ましいですわ……」
「そうでしょう?」
「「うふふっ」」
廊下の遠くに佇む家臣たちが、ドレスデザインを相談しながら微笑み合う私たちを遠目に見つめ、囁き合っていた。
「「「美しい……まるで双子の天使だ……」」」「「「ボルジアの癒しだ…」」」




