33.杜撰すぎる犯行
息せき切って殿下の執務室へ駆け込むと、そこには虫の居所が悪そうな、実に苦々しい表情の殿下が待っておられた。
「……ジュリオが謀反を起こそうとした、らしい」
「……らしい、とはどういうことですの?」
「なんとも馬鹿らしい発想で馬鹿らしい計画を立て、馬鹿らしい結果を出したのだ。いや……結果すら出していないな。……はあ、馬鹿馬鹿しい。アレッサンドロ、お前から説明してやってくれ」
殿下は深い溜め息をつき、頭を抱えてしまわれた。横からアレッサンドロ様が、いつもの軽い調子で解説を引き継ぐ。
「ジュリオ様は殿下を暗殺して、次期公爵の地位とルクレツィア様を奪うおつもりやったようです。暗闇に紛れて斬りかかる予定やったそうですが、殿下の殺気ばしった目を見た途端、怖なって動けんくなったそうですわ。どうせ、ワインを飲みとうて堪らんかったんでしょ、殿下? ほんで、僕がタマタマ近くにいまして、喧嘩しとるソイツらを捕まえたんですわ。よう聞いたら『お前が先に刺せ』『駄目だ、行ったら俺が殺される』とか物騒なこと言うてますんで、事情聞いたら暗殺計画ですやろ? びっくりしましたわ」
あまりの情けなさに、私は言葉を失って呆然とした。
「……ええと……」
「いい、何も言うな。君にも分かるだろう? まず、俺が死んでも公爵位はジュリオには渡らない。彼は従兄弟で、しかも分家の次男に過ぎんからな。俺が子を残さず死んだ場合は、イッポーリトが還俗して公爵を継ぐはずだ。俺はいつものように居酒屋で飲んで帰って、寝て起きたら、こんな話を聞かされた。なんとも馬鹿らしい顛末だ」
「ええと、その……ジュリオ様は私を妻にしようと? 何故……?」
「何故って、それは……君に惚れたからだろう。気付かなかったのか? 俺ですら気付いたぞ。俺が離れた隙に君にすり寄って。全く、フランチェスコ公と言いジュリオと言い…君はもう少し男心に…いや違う、これは嫉妬とかじゃなく……」
あらぬ方向を見て固まってしまった殿下。ふとアンジェラ達を見やると、二人ともなんとも言えない生温い笑顔を浮かべている。
「…まぁ…。驚きましたわ、本当の弟のように思っておりましたもの。フランチェスコ公は義姉弟ですし…。……でも、何故ご自分が公爵になれると思われたのかしら?」
あ、殿下が動き出したわ。
「…コホン。唆した奴がいる。そいつの尋問に時間を取られ、君の部屋に行くのが遅くなった。すまない」
「そんなことは良いのですけれど……その方は一体何故、そんな荒唐無稽な話をジュリオ様に吹き込んだのかしら?」
「どうも教皇に抱き込まれた内通者のようだ。内紛を起こし、フェラーラを空中分解させて、教皇国に併合するつもりなのだろう」
「そんな! それでは……」
「ああ、相当にきな臭い。また戦争になるかもしれんな」
「そうですわね。……それにしても、殿下。狙われていることにお気付きにならないなんて……ふふふっ」
「……うっ。俺も、どうかと思う。ハハッ」
危険を通り越したお間抜けな事態に、思わず笑いがこみ上げてしまう。
「お二人とも、笑い事やありませんよ。せやから、お一人の夜遊びは控えてくださいって言うてましたやん。第一、ジュリオ様の処罰はどうされますん? お身内やからと放置したら、また同じことが起きますよ」
「アレッサンドロ、そう言うな。それにしても、お前は何故あそこにいたんだ?」
「あ〜それは、アンジェラちゃんのお手柄ですわ。『ヤバいエメラルド』って怪しい暗号を教えてくれはって、そんで僕、殿下を尾行してました。なぁ、アンジェラちゃん?」
「ちゃんと伝わっていて安心いたしましたわ。お城の中で滅多なことを言うと、私が襲われそうで怖くて」
「そんなん、僕が守ったるやんか。かわいいアンジェラちゃんに指一本触れさせへんで」
「結構ですわ。あまりまとわりつかないでくださいませ。私の『玉の輿計画』を邪魔なさらないで」
「つれないな〜、アンジェラちゃん。……せやけど殿下、僕一人だけやと守るのも限界ありますし、ルクレツィア様にも改めてちゃんとした護衛を選び直した方がええんとちゃいますか?今の護衛の中にも内通者いましたしね」
「ああ。今回、身内すら信用できんことがよく分かった。どうしたものか……」
考え込む殿下の手をきゅっと握り、私は緊張を隠すように勢いよく胸を張った。
「殿下! それなら……兄の元部下たちはいかがでしょうか? あの者たちなら絶対に信頼できます。兄は……乱心により裏切られましたが、彼らのボルジアへの忠誠は本物です。彼らなら敵方に抱き込まれることもなく、身を挺して守ってくれますわ!」
殿下の目が一瞬泳いで、お顔がポッと赤くなる。またお熱?犯人の尋問でお疲れになったのかしら?
「…っ!…君がそこまで言うなら、良いだろう。すぐ雇うといい」
「ありがとうございます! では明日にでも正式に手配いたしますね。……でもアンジェラ、あなた自身の安全にも気をつけてね。あなたが居なくなったら、私……」
想像しただけで胸がキュッとなり、目元が涙ぐんでしまう。
「そやで、アンジェラちゃん。僕も居なくなったら悲しいし……」
「アレッサンドロ様は結構です。……ルクレツィア様、大丈夫ですわ。私たち二人とも、幸せになることは最初から決まっておりますもの」
私とアンジェラは優しく微笑み合い、そっと手を取り合った。
「眼福やなぁ〜、ねぇ殿下。って、そんな羨ましそうな目で見たらいけませんって!」
「……黙れ」
緩んだ口元を慌てて引き締め、アレッサンドロ様を睨みつける殿下。その顔を見て、部屋の中の緊張が一気に解けていく。
「おぉ〜怖。そういえば、チェーザレ様は釈放されて、今、ナヴァラ王国を攻めてるらしいですよ」
「まあ! お兄様が!?」
「善戦してるらしいですよ。詳しい情報が入ったら、またご報告しますわ」
「お兄様、軍人に復帰されたのね。サンシアお義姉様はお元気かしら……後でお手紙を書きましょうね、アンジェラ」
陰謀と嵐の予感を前にしながらも、執務室にはどこか温かくほっこりとした空気が満ちていた。




