32.殿方って……(アンジェラ視点)
有頂天になっているジュリオ様と別れ、ふと前を見ると、ふやけた笑顔でひらひらと手を振る栗色のふわふわ髪が目に入った。
「あ、アンジェラちゃんやん。今日もかわいいなぁ〜」
彼はアレッサンドロ・ピア伯爵。公子殿下の護衛筆頭……なのだけれど、まあこの軽薄さ。こんな男でよく殿下の護衛が務まるものだと、いつも呆れてしまう。おまけに、地方出身だからなのか、変な言葉遣いだし。まあ、良いけど。
「分かりきっていることを仰っても、嬉しくありませんわ、アレッサンドロ様」
「アンジェラちゃんってば照れてもうて、そこもかわいいわぁ。そんで? わざわざ僕に会いに来てくれるて、何かあったん?」
「何も。……でも『美しいエメラルド』はもうすぐ、フェラーラ中の富全て合わせたものより価値が出るそうですわよ」
私の言葉に、アレッサンドロ様の瞳が一瞬きらっと光った……気がした。まあ、気のせいかしらね。
「……ふーん? ……そしたら、僕も頑張らんとあかんなぁ〜」
「ええ、頑張りなさいな。では失礼いたしますわ」
(大丈夫かしら、あのバカにちゃんと伝わったかしら……?)
なんて不安になりながら歩いていたら、突然ガシッと袖を引かれて跳ね上がった。
「きゃっ!?……イッポーリト枢機卿様、驚きましたわ。ごきげんよう」
彼は殿下の弟君で高貴な聖職者……なんだけど、折に触れては私に絡んでくる非常に面倒な男だ。
「アンジェラ! 今の『美しいエメラルド』とは何のことだ!? まさかジュリオの瞳のことか!?」
「あら、盗み聞きとは悪趣味な……」
「ジュリオを好きなのか!? あいつは爵位も何もない若造だぞ! 君の心に……私の入る隙はないのだろうか!?私なら、君に思う存分贅沢させてあげられるぞ!」
必死すぎる顔で詰め寄ってくる枢機卿に、私はすっと目を伏せると、胸の前で何かに耐えるようにぎゅっと小さく拳を握ってみせた。
ふふん、サンシア様の『男を落とす恋愛講座』で学んだ必殺の演技だ。
「……嬉しい……。でも……あなたは神にお仕えになる御身。辛いけれど……このお気持ちは胸の奥深くに閉じ込めておきますわ……」
「……アンジェラ……! 君の気持ちは分かった……! 私たちは、心の恋人だ……!」
感極まって私を抱きしめようと手を伸ばしてくる枢機卿。私は甘えるように彼の胸にそっと手を当て、体温を感じさせながらするりとその腕から逃げ出した。
「いけませんわ……私たちは心の中だけで……ね?」
手を可愛くひらひらと振ってその場を去る。
(まったく、男ってやつは……! この国には、ジュリオ様といいアレッサンドロ様といい、碌な殿方がいないわね。大丈夫かしら、この国……)
後ろから「かわいい……っ!」と身悶えする枢機卿の声が聞こえてきて、私は心の中で盛大に溜め息をついた。
数日後の夜。
ルクレツィア様はいつものように政策論議をしようと、私室で殿下のお越しを待たれていた。ところが、待っても待っても殿下はお越しにならない。
暇だから世間話でも……と思ったけれど、殿下との議論を控えたルクレツィア様ときたら、頭の中が慈善だの農業だの政治のことばかりで実に退屈だ。
(まだなのかしら。早く寝ないと、美容に悪いじゃないの……)
私がいい加減痺れを切らした頃、ようやく扉が開き、アレッサンドロ様が入ってきた。
(ちょっと、待っているのはあなたじゃないのよ)と内心で毒づいたけれど、彼の纏う雰囲気がいつもと全く違うことに気づいて息を呑んだ。
「どうしたの? 殿下は……?」
「はっ、公子妃様。……殿下が執務室で待ってはります。すぐにおいでいただけますやろか?」
いつもの軽薄な笑みは一切消え失せ、引き締まった護衛の顔。
その声を聞いた瞬間、ルクレツィア様の可憐なお顔にサッと緊張が走った。




