31.謀反の企み(ジュリオ視点)
一週間も続いたイザベラ義姉上の祝宴が終わり、フェラーラ宮廷はようやく一息ついていた……ように見えた。
けれど、僕は実に忙しかった。
「そろそろ、義兄上に死んでもらおうかな?」
薄暗い私室で、僕は側近に向かって事もなげに言ってみせた。
「いよいよ、決行ですか?」
「うん。邪魔なイザベラ義姉上もマントヴァへ去ったしね。義兄上がいなくなれば、次の公爵継承者は僕だけだ。今が絶好のチャンスだよ」
「承知いたしました。では、手落ちのないよう実行役を手配いたします」
義兄上のタイムテーブルは、驚くほど単純でほぼ毎日同じだ。
簡素な朝食後、二時間ほど剣術の鍛錬。その後、昼食までの二時間で怒涛の書類仕事。昼食後は軍の訓練と視察。稀に義姉上と街の視察。
それから夕食までは自由時間だが、腹が立つことに最近は絵や詩について義姉上に教わっているらしい。無骨な男のくせに、義姉上の気を引こうと必死なのが透けて見えて惨めだ。
……それはさておき、問題は夕食後だ。
一時間ほど義姉上と部屋で歓談したあと——ここからが最大の隙になる。
なんと義兄上は、平民に変装して街に出るのだ。しかも、護衛も付けずに!
加えて、毎日同じ居酒屋に寄る。夕食を食べた直後だというのに、肉やらワインやらをモリモリ食べているらしい。あんなに食べて太らないんだから羨ましい……。そういえば、イザベラ義姉上も「なんであの人はあんなに食べて太らないのよ!」とよく怒っていたっけ。まあ、イザベラ義姉上は四六時中何かを口にしているから、単に自業自得だと思うけれど。
……また話が逸れた。
とにかくね、夜の散歩、それも居酒屋近くの暗闇で仕留めればいいんだよ。いくら義兄上が強いからって、平民の格好をしていたら長剣なんて持っていない。大人数で囲んで一気に襲えばイチコロさ。念には念を入れて、刃に塗る毒も手配済みだ。
どう? 完璧な計画だろう?
僕はフェラーラ侯爵家の中でただ一人、爵位もなく、剣の腕もないからずっと周りに馬鹿にされてきた。
けれど、見てごらんよ。僕はこんなにも賢いんだ! ただ綺麗な顔をして芸事に秀でているだけの男じゃないんだよ。
それに、僕には人望がある。
この計画だって、僕が言い出したんじゃない。義兄上を嫌っている貴族たちから熱心に口説き落とされたんだ。『次の公爵にはジュリオ様に是非ともなって頂きたい』だってさ。やっぱり分かっている人は分かっているんだね。
僕が公爵になったら、義姉上を娶って、朝から晩まで大好きな音楽や絵画のことを語り合うんだ!
義姉上がフェラーラに来てもう三年。未だに子ができないのは、義兄上が彼女に膨大な政務ばかり押し付けているせいだ。女の幸せは愛されること、そして美を愛でること。僕が義姉上をあの無骨な男から救ってあげなきゃね。
……それに、侍女のアンジェラ!
あの娘は、顔は義姉上にそっくりなのに、どこか小悪魔みたいで妙に男を惹きつける。ああ、なんだか想像するだけで楽しくなってきたぞ!
次の朝。
昨夜は素晴らしい未来の構想を練りすぎてすっかり寝不足だったけれど、実に爽やかな素晴らしい朝だ。回廊を歩いていると、ちょうどお目当ての可憐な姿が見えた。
「アンジェラ!」
「ごきげんよう、ジュリオ様。今日も……美しいエメラルドですこと」
アンジェラが僕の目をじっと見つめて囁く。
「あっ、もしかして僕の瞳を褒めてくれてるの? 嬉しいな!」
「ふふ、今日はいつもにも増してご機嫌ですね?」
「そうなんだ! ねえ、アンジェラ。もうすぐすごいサプライズがあるんだ! 楽しみにしててよ!」
「まあ、どんなことが? 教えてくださいませ?」
アンジェラがコテンと首をかしげ、可愛らしく上目遣いで僕を覗き込んでくる。胸がキュンと跳ね上がる。
「そんな可愛い顔をしたってダメだよ。最高機密なんだ。でも、義姉上も絶対に喜んでくれると思うんだ!」
「ヒントだけでも……だめですか?」
アンジェラは吐息が触れるほどの距離まで寄り添い、僕の胸元にそっと手を添えてきた。甘い香りにクラクラしそうだ。
「し、しょうがないな……。まだ秘密だけどね、近いうちに僕、大出世するんだ! それこそ、フェラーラが大激震するくらいね!」
「まあ……!」
「ね? そうなったら、義姉上ともっと一緒にいられるようになるよ。……もちろん、アンジェラ、君ともね」
僕は無邪気な笑みを浮かべて見せた。
(……アンジェラは絶対、僕のことが好きなんだな。分かるよ。でも、ごめんね。僕が本当に好きなのは義姉上なんだ。だけど心配しないで。僕の一番にはしてあげられないけれど、二番目の妃にしてあげるからね。待っていて。もうすぐ義兄上がいなくなって、君たちを迎えに行くから——)
僕は有頂天になりながら、間もなく訪れる「僕の時代」に心を躍らせていた。




