↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/62

30.恋の鞘当て

「ごきげんよう、義姉上」


「ジュリオ様、ごきげんよう」


声をかけてきたのは、殿下の従兄弟にあたるジュリオ様だった。フェラーラ侯爵家の次男で、私がこの国へ嫁いできた当時からとても親しく接してくれる、爽やかで優しい弟のような存在だ。いえ、二つ年上だから兄だわね。


「義兄上はどちらへ? 祝宴のさなかに、義姉上を独り放っておくなんて酷いな。僕ならそんなことしないのに…」


「そんなことを仰っちゃダメよ、ジュリオ様。殿下はさっきも私を助けてくださったのよ? とてもお優しいわ」


「……そうかなあ? でも義兄上は無骨でしょう。義姉上の好きな絵や詩の話なんて、とてもできそうにないけれど」


ジュリオ様が少し意地悪そうに微笑むと、私はふふっと首を振った。


「そうね。でも、最近は詩のお勉強に励んでらっしゃるのよ。ご存じでしょう?」


「プッ……! ああ、イザベラ義姉上がみんなの前で告発したときの話ですね。あれは聞きましたよ。失礼ですが、なかなかに酷い出来でしたね」


「ふふっ、そんなこと仰っちゃいけないわ。まだ学びの途中なんですもの。それにね、今度二人で、殿下のお部屋を絵で飾ることになったの。一緒に考えるのよ!とても楽しみだわ」


「……へえ、お二人で、ねぇ。で、一体誰に描かせるつもりなんです?」


「そうねぇ。殿下のお部屋に飾るのだから、新進気鋭の若手よりは、名声のある大家にお願いするのがいいかしら」


「となると、候補はジョヴァンニ・ベッリーニか……あるいはレオナルド・ダ・ヴィンチですかね?」


「そうそう! 私もまさにそのお二人が思い浮かんだの! でも……」


二人で顔を見合わせ、一拍置いて声が綺麗に重なった。


「「ダ・ヴィンチは筆が遅い!」」


「ぷっ……あははは!」


思わず吹き出してしまう。ジュリオ様とは絵の趣味や感覚がとても合うので、こうして話しているだけで本当に楽しくて時間があっという間に過ぎてしまう。


そこへ、先ほどイザベラ様に引きずられていったはずのフランチェスコ公が、再び戻ってきた。


「ジュリオ、私の夫を紹介するわ!」


「これはこれはイザベラ義姉上、ごきげんよう。フランチェスコ公、はじめまして」


「ああ、ジュリオ殿。ルクレツィア殿と随分仲が良いようですな? 一体何のお話をされていたのかな。某(それがし)も是非とも仲間に入れていただきたい」


どこかジュリオ様を牽制するような目でフランチェスコ公が割り込んでくる。私は嬉しくなって扇を傾けた。


「絵のお話ですの。先ほどお話ししていた、殿下のお部屋に飾る絵のことで……誰にお願いしようかと相談していたのです。フランチェスコ公もイザベラ様も絵画には大変お詳しいですから、ぜひご意見を伺えると嬉しいわ」


「僕らは、ダ・ヴィンチかベッリーニが良いんじゃないかと話していたんですよ。ですが、ダ・ヴィンチは完成までに時間がかかりすぎるでしょう?」


「確かにその通りであるな! もし新進気鋭の若手を狙うのであれば、ミケランジェロやラファエロ……それからティツィアーノなども注目株ですぞ」


「ラファエロ! 彼の描く聖母子像は本当に素晴らしいですものね!」


「そうでござる! 実は某(それがし)の妹も彼に肖像画を描いてもらいましてな、それがもう実に見事な出来栄えでして!」


「まあ! そうですの! ではラファエロも有力な候補ですわね! いよいよお部屋作りが楽しみになってきましたわ!」


私が目を輝かせていると、横から冷ややかな声が突き刺さった。


「ふん、調子に乗るんじゃないわよ、ルクレツィア! 彼の絵なら、私のほうが先に描いてもらうんだから!」


「そうですの? 羨ましいわ、イザベラ様! 完成したらぜひ拝見したいわ。いつ頃完成されるご予定なんですの?」


「……ッ! ま、まだ先よ! い、忙しいお方らしいのよ! あんたが今から頼んだって、きっと断られるに決まってるわ!」


「そうですの……それは残念ですわね……」


しょんぼりする私を見て、ジュリオ様が優しく助け船を出してくれた。


「でも、義姉上! 打診だけでもされてみてはいかがです? 断られるとは限りませんよ」


「そうだそうだ! 某(それがし)も受けてくれると思いますぞ? こんなにも美しいルクレツィア殿からの頼みを断る男など、この世にいるはずがございません!」


「そうですよ、義姉上! ……そうだ、絵の完成を待つ間、僕から義姉上に愛の詩を贈りましょう!」


「では某(それがし)は宝石を!」


「ちょっと!! 話が変わってきてるじゃないの、ジュリオ! フランチェスコ様もよ! 今日は私たちの結婚式でしょう!? なにこの女狐に鼻の下を伸ばしてるのよーッ!」


金平糖をぶちまけたようなイザベラ様の金切り声が、大広間に響き渡った。


(あら……またイザベラ様を怒らせてしまったわ……。せっかく絵のお話で仲良くなれるチャンスだと思ったのに……)


カンカンに怒ってフランチェスコ公の腕を引っ張っていくイザベラ様の後ろ姿を、私はただただ寂しく見送るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。